方法5-2︰姐さん、事件です!(涙は武器になりません)
ヘルズヘブンは1階部分が吹き抜けの高い天井を持つホールになっていて、2階は周囲を囲むような廊下になっていた。
ホールの突き当りはステージで、その手前までテーブルと椅子が並べられていた。
ワタシたちが入るとその中央で二つのグループが睨み合っていた。
少し離れてまわりを他の客たちや店員たちが囲んでいる。
グループの片方には見たことのある悪魔たち。そちらが百頭宮のグループで、もう片方が仙女園のグループなんだろう。
ベルトラさんは双方の間に入っていった。
「あんたら、ウチのアガネアがダメ甲だとか言ったらしいな」
ベルトラさんが先手を打つ。その隣でワタシはフードを取った。
小さなざわめきが起こる。仙女園の悪魔たちは少し不安そうだ。
これでツカミはバッチリ。出オチとも言う。
「それは誤解ですよ、ベルの姐御。僕らはどうしてそちらの擬人が配膳係なんてやってるのか教えてくれと言っただけです。
そしたらそいつらが怒っちゃって、これは何か痛いところでも突かれたんだろうか、不思議だなあ、と思ってたんです。もし甲種なら、もっとふさわしい待遇があるでしょうに」
ウロコの生えたヤギみたいな悪魔が言い返す。
「あたしだって、まかない食堂の料理人なんだがな」
「それは姐御が料理人になりたかったからでしょう。そちらの擬人さんは配膳係になりたかったんですか?」
「あたしにだって見習い期間はあった。そういうことだ」
新しい設定キタ! 忘れないようにしないと。
ええと──。
ワタシはアガネア。永らくなんちゃらの大秘境帯で森の動物さんたちと暮らしてた美少女擬人。こう見えても甲種なんダゾ☆ わけあって料理人を目指して上京。昔のお友達、アシェトのところで働くことになったの。
新しい職場は個性的な悪魔ばかりで事件だらけの毎日。いったいワタシ、どうなっちゃうの〜!?
って、憶えてられるかこんなの! すでに大秘境帯の名前とか忘れてるし。
そろそろ誰かワタシの公式設定集とか出してくれないかな。主にヘゲちゃんあたりが。
「甲種擬人が料理人志望、ですか」
「なにか問題が?」
「いえ、もったいないなぁ、と。どうしてまた料理人に? あ、申し遅れました。僕は仙女園のディオメギス。お会いできて光栄です。百頭宮の擬人、アガネア嬢」
ウロコヤギはワタシに向かって芝居がかったお辞儀をする。
はい。詰んだ。詰みましたね。もうダメだ。わざわざ会話をベルトラさんに任せてたのがバレだんだろうか。
「こちらこそ」
それだけの言うのが精一杯。これ以上どうしろって? さっきから動悸が激しくて頭が回らない。目の前のことに集中しにくくなってる。
「ワタシが甲種擬人じゃない、と、そう、思ってる?」
黙ってるのもマズいと思って口を開いてみたものの、ダメだ。
ウロコヤギの質問とまったく関係ないわこれ。自分でもガッカリするほどのポンコツぶり。
「いえいえ。さっきも言いましたけど、それは誤解です。僕らはあなたが甲種だとも何だとも思ってません。新
聞には甲種だって書いてありましたけど、ああいうのはとにかく盛り上がればいいっていう、そういうものですからね。やはり自分の目で見ないとなんとも」
あ、いかん。目の端に涙が浮かんできそう。“やれやれ、困った奴らだぜ”といったふうを装いつつ眉間を強くつまむ。
……よし、おさまった。
「デモンストレーションであなたたちを血袋に変えるわけにはいかない」
これで引き下がってくれ。いや、ください。頼む! 眉間をグニグニしながらどうにかひねり出したセリフなんだから!
「ふむ。何もそこまでしてもらわなくても。もしあなたが甲種なら、そうですね。ここにいる全員を身動きできなくすることくらい簡単なのでは? あるいは全員に見破れない大きな幻術を展開する、とか」
え? そうなの? そういうもの? っていうかそんなことできないんだけど。
あー。どうしよ。なんて言えばいいんだろ。
やっぱ考えなしに人前に出てどうこうできるほど頭よくないんだよ。
ヤバいヤバいヤバい。
というかワタシ、ビックリするくらい人前がダメだった。
なぜか怖くてたまらない。いつもみたいな軽口も出てこない。息が苦しくなって逃げたしたくなる。怖い。
急に顔を羽で撫でられたような感触があった。驚いて触れてみると手が濡れてる。
あ、ワタシいま泣いてる。
自覚するともうダメだった。涙か溢れて止まらない。
どうにか両手で顔を覆うので精一杯。まわりがザワついてる。しかもだんだん大きくなってきてる。
「おまえら、いい加減にしろ!」
ベルトラさんが怒鳴ると、とたんにまた静まり返った。
「これは口止めされてたんだが、こうなっちゃ言うしかない。
すまん。アガネア。後で八つ裂きにするなりなんなりしてくれ。もしできるならな。
というのもこうだ。アガネアがずっと大秘境帯にいたことはみんな知ってるな? その理由に関わることだからだ。
実はこのアガネアは悪魔でありながら心優しい平和主義者。しかし得意なのはひたすら攻撃と破壊に特化した術ばかり。おまけにあのアシェトさんとも五分の実力だ。
甲種として暮せば力を求められる。しかし自分の力で誰かが傷つくのは見たくない。そこでこいつは大秘境帯で孤独に暮らすことを選んだ。
けれど時が経ち、一つの事実に気が付く。どんな凶悪な悪魔でも、食事の喜びは自分と同じ。ならば自分は料理を通して悪魔たちを幸せにしよう、と。
そこで唯一の理解者だったアシェトさんを頼ってはるばるやって来たってわけだ。
ディオメギス。どうやらアガネアはお前にあれこれ言われて昔の辛いことを思い出したり、穏便な術が使えない不甲斐なさに悔しくなったりしたんだろう」
両肩にベルトラさんの暖かく大きな手がかけられる。ふいに気持ちが落ち着いた。
「さ、もう泣くな」
最高! 素晴らしい! マーベラス!! すごいですベルトラさん!! さっきからの話をぜんぶ伏線として回収しつつ、大逆転のハッタリを打つ。
おまけにこの話ならこれ以上ネチネチ突っ込まれもしない。
ワタシはどうにか泣き止むと顔を上げた。
みんなきっと納得や感動の表情を浮かべてるに違いない。
ワタシでさえベルトラさんの言ってることが事実なんじゃないかって気がしたくらいなんだから。
おや? そうでもない。
というか、なんだろうこの空気。なんかものすごく気まずい瞬間を目撃しちゃった人みたいな。
「あー、えっと。ベルの姐御がそう言うなら疑うつもりはないんですよ。もしハッタリだとしてもそこまで言うわけないですからね。ええ」
なぜウロコヤギは視線を背けながら喋ってるんでしょうか。
と、そのとき。
ドバンッ! 派手な爆音。
「話はすべて聴かせてもらいました!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます