胸ぐら

 家に帰れば、サチ姉の部屋を封じていた南京錠が外れていた。まさかサチ姉が、と思ったけれども、内側から外の南京錠を外すなんて不可能なわけで、ありえるとすれば母親が中にいるという考えだけだった。戸を開けてばったり出くわしたらなにをされるかたまったものではないので、戸に耳を当てるだけにとどめた。とはいえ、物音らしい物音は聞こえなくて、ただ、ゴオと重たい音が流れてゆくばかりだった。

 アヤメと話の続きがしたくて期待していたのだけれども、部屋にアヤメはいなかった。本なりゲームなりで時間をつぶしてみるものの、しまいには諦めて寝てしまった。アヤメの新事実の怒涛に思いのほか疲れていたのか、あっという間に寝入ってしまった。

 夢の世界ででもアヤメに会えればとひそかに期待していたけれども、だが、タクトの暗闇の世界は暴力で壊されてしまった。頬にじいんと響く激痛に飛び起きてみれば、日が昇っていて、目の前に母親がいた。目を覚ますと反対側の頬にも一撃をあてて、鍵はどこだ、と問い詰めてきた。当然タクトには身の覚えもないから、そう答えればもう一度張り手をくらった。お前しかいないと罵られれば、だれしも頭にくるもので、いらだちを隠さずに文句を垂れれば、今度はこぶしを振りあげて、頭をぶった。より激しく母親を罵ってこぶしを固くしても相手は止まるところを知らず、余計に勢いづいていた。

 母親からの更なる一撃を覚悟した瞬間、振り上げられた手首をわしづかみにする手があった。母親が本気の顔をして力を振りかざそうとするも、微動だにしなかった。父だった。

 父は、鍵は自分が持っている、と言った。昨日用事があって鍵を開けたのだけれども、出たあとにかけ忘れた。母親は力をゆるめたかと思うと、父の手が離れたとたん、逆手で父の頬をぶって、地団太を踏むように足音を立てながら部屋を出ていった。父はその背中に、ごめんね、と呼びかけるけれども、目はタクトに対してウィンクしていた。そうしてからコクリとうなずくと、学校は休校だと教えてくれた。

 普通ではなかったのはそれまでで、それからはいつも通りの流れ、朝食と弁当を作って、ご飯を食べて、シャワーと歯磨きをして、着替えるといった流れ作業をこなした。出かける前にサチ姉に会ってみようと思い立ったけれども、なにごともなかったかのように鍵がかかっていて入れなくなっていた。タクトには会わせたくないと思っている母親のことだから、当然予想できることではあったけれども、不快感が湧きあがるのもまた当然の流れだった。

 タクトが募ったイライラを発散するのは芝生はがしだった。庭の一角に広がっている芝生――もちろんタクトが育てた――をスコップで四角に切り分けて土から引きはがしてゆく。このやろう、と毒づきながらスコップを突き刺して、どうして鍵なんか、とつぶやきながら芝生を取りあげた。

 タクトの思いつきは昨日のことを思い返していたときに降りてきた。寝そべってきれいだった空と心地よい感覚にはやはり雑草ではなく芝生で味わうものだと考えたのである。二十枚ほどの芝生を台車に載せて、必要な道具一式を積みこんで、タクトは家を後にした。まだアヤメはタクトのもとに来ていなかった。

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