植物の繋ぐ物語

夏みかん

これは私の父と母の物語

私は今、犬のぷーちゃを膝にのせて、これを書いている。

ノートはパソコン、富士通の最新版だ。なんと6万もした。

母とその頃折り合い悪く、仲直りに買ってくれたのだが、母の気持ちがよく表れている金額だ。あの母が6万も出すとは。


今日はひな祭り。お雛様を飾られた村の治水館など見学し、様子を写真に撮って夜中に眺めていた。


ふと、灯りをつけましょぼんぼりに~、とどこかで鳴った気がして、耳を澄ますと祖母がこの夜中に一階のリビングにて歌っているのだ。

私はお花をあげましょ桃の花~、と小声で合わせて、これを傍で聞く母の心地とはどのようなものだろうか、と考えた。


最近母が童心に帰っているなというときがあり、その瞬間瞬間を、私は写真に収めている。

ご近所の方が夏ちゃんに、と桃の花の枝を沢山下さった。

私はなんだかこそばゆい気持ちでこれを受け取り、母たちが喜んで飾っているのを傍で眺めていた。


外へ出れば、空気に甘い香りが混じっている。

明日は近所の神社で結婚式が行われるらしく、出来たら参列して写真コレクションに収めたい所存だが、そうは上手くはいかないだろう。

今日、うちのぷーちゃが神社のアイドル犬、ゆうちゃんを噛んでしまったとのことで、私はひやーっと肝を冷やした。


な、なんちゅことを!


しかし笑って許してくださったとのことで、私はなんだか恥ずかしい。

あ、さて、そろそろ本題に移りますか。


私の母が子供だった頃、神社の梅の花を手折り、遊んでいる山の手の方に住む悪ガキ集団に出くわした。

母は母で、その頃頻繁に神社の運動場に訪れていたお化け屋敷のお化けの手を引っ張るという遊びに夢中になっており、ケケケケ、ケケケ、と二人はお互いを認め合いながらもそれぞれの遊びに興じて、実に充実した小学生時代を過ごしていたらしい。


さて、母が中学生になる頃だ。

のっしのっしと、大男が駅前の麻雀の部屋から出てきて、足元は便所スリッパ、着ている物は当時ヤンキーの間で流行った犬のマスコットがでかでかとプリントされた白黒のトレーナー、足元は意外と細身なジーパンを履いて、何か手に持って煙草咥えているのに出くわした。


母はいつもこの大男を見ていた。大男も母を見ていた。


母はこいつがいつも連れている綺麗な姉ちゃんが、昨日の明け方何か言い争いながらこの街角から別の男の車に乗って出て行くのを見ていたし、大男はなんだか腫れぼったい、眠ってないなという目をしてしきりにあくびを噛み殺し、スリッパをはだしでじゃりじゃり言わせて歩いて来る。


母はぷすっと、笑って見せた。

大男も、にやっと笑った。

目の前まで来て、「ん!」と手に持っていた包みを、ずいっと母の方に突き出し「これー、やるわ」と言って、大男は去って行った。

どうせ駅前のお好み焼き屋に行き、そこで漫画読んで寝るのだろう。

母は包みを見てみた。

開いてしまった桃の花。昨日はきっと、閉じていたに違いない。


それから母は、大男のことは何となく頭の隅に置いて、高校を卒業し、晴れて社会人として働きだした。

工場系列に団体で入社、友達ばかりなので気楽なものだ。

金曜日の夜9時には金ドラを見るために女衆は帰ってしまうので、男たちは「なんじゃいなそれー」とガックリしていた。目当ての子もそうじゃない子も、みーんな帰ってしまうのだ。


母は電車通勤だった。

その夜電車を小さなホームで待っていると、ひらひらと駅の豆電球に照らされた駅沿いの桃の花が風で舞い、母の目の前に落ちてきた。

母はそれを掌に載せ、なんとなく唇に付けてみた。最近のCMの真似だ。

すると、何か気配を感じ、ふと隣を見ると、シュッとした男性がスーツを着て、同じように桃の花びらを唇に付けて見せた。


母は一瞬、誰だか分らなかったという。


瞬間、電車がゴオッと通り過ぎ、バッと桃の花びらが舞い踊った。

二人は桃の花びらに包まれて、それは幻想的だったという。

そうだ、最初から二人は出会っていたのだ、生まれたときから、出会う運命だったのだと、母は直感し、父は「あんなに強気に出たのはあれが生まれて初めてだったなあ」と阪神対広島カープを見ながらお腹をぽりぽり掻いてそう言っていた。


父が言うには、母はちょっとロマンチスト。

しかし母が言うには、父はもっともーっとロマンチスト!


私に言わせりゃ、ゲロ甘だわ!とこういった心境です。


兎にも角にも、この町で二人は生まれ、出会い、そうしてここに至るとそういう訳です。

私は書いてしまってから、犬がいないのに気が付き、「ぷーちゃ、ぷーちゃ?」と探すとぷーちゃは私の部屋で水を飲み、そのお尻を拭いてから、振り返るとおらず、パソコン部屋に行くとうーんと力んでおりました。


忙しいね笑。


そう言いながら、私は私にとっての運命の出会いは既に遂げていると、じーっと顔を見つめて来るぷーちゃを見ながら思うのです。


桃の花は、綺麗に飾り付けられて、玄関に飾られました。

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