第10話 『統制者』は嗤う

 それは、伝説中の伝説である。


 知り得るものは世界全体を見ても、ほんの一握りだろう。フィッフスのような研究者たちの、ごくわずかなものたちが、密かに語り継ぐ伝説である。


 いまやその多くが忘れ去られた『百魔剣物語』

 その『終章』

 それは王国時代の創作だ、と言われるほど、眉唾物の話である。


 王国は百振りの魔剣を作らせた。

 だが、その中には、あまりにも強大すぎる力を持ったものもあった。

 時の王は、これらがもし、自分に向けられた場合を想定したという。そして百の剣、全てを上回る、一振りの剣を作り、手元に置いた。


 その剣に名はない。


 ただ、百魔剣を統べる、という意味で、こう呼ばれた。


「我、『統制者』なり」


 フィッフスはへたり込みそうになる力の抜けた膝を、なんとか立たせた。それでもがくがくとした震えは止められなかった。


 伝説が、目の前にいる。

 絶対の破壊をもたらす、伝説が。


 地下にあった剣が、何らかの魔剣であることは予想していた。だが、まさかそれを上回る存在が現れるとは。


 恐怖がフィッフスを全身を包み込む。それは串刺しにされた死体を見るよりも、遥かに強く、フィッフスの勇気を奪い取っていく。


「そこをどけ、女」


 アルバの口と声を借りて、『統制者』は言う。


 ここで何かを言わなければ、自分は本当に倒れてしまう。命を絶たれるまでもなく、存在の恐怖だけで、身動き一つできなくされてしまう。フィッフスはそう感じた。


 だから、叫んだ。


「まだ殺したりないのかい!」

「これはこの小僧が望んだことだ」


 予想外の言葉が返り、フィッフスの感情が、恐怖も含めて霧散する。


「なんだって……?」


『統制者』は嗤う。


「小僧に対する敵、すべてを斃すこと。それを叶えてやる代わりに、我はこの小僧と契約を交わし、現世へ復活した。我はその契約を果たしているだけだ」


「なら、なんだって子どもまで手にかけたんだい! アルバはそんなこと、望んじゃあいないよ!」


「それはどうかな?」


『統制者』は嗤う。


『統制者』という魔剣にとって、人間という生き物は、自分よりも劣った、愚かしいものでしかないのかもしれない。全てを知り尽くしたような口調は、完全にフィッフスを嘲笑っていた。


「我は忠実に契約者の心の内を実行しているだけだ。こいつにとっての敵は、この地を襲っている男たち。自分の発言を認めない仲間の一部。それを見ているだけで何も言わず、助けてもくれなかった仲間の一部。それから……」


 ぐるぐると、アルバの心の中を探るように、『統制者』は次々とアルバにとっての『敵』を語り上げる。


 フィッフスは、ぞっとした。


『統制者』はその強大な魔力によって、人格まで持ち得た、最強の魔剣である。人のように思考し、人のように言葉を紡ぐ。それはフィッフスの聞いた伝説の『百魔剣物語』の中でも語られているところである。


 だが、その人格はあくまでも何者かに作られたものでしかなく、より深い人間的な思考には届いていないのだ。


 例えば、一瞬でも、過去に『嫌だ』と感じた記憶があれば、それは『敵』と見做す。人間的な前後関係、善悪、敵味方の判断などなく、全てを『敵』としてしまうのだ。


 そして、『敵』に対して『統制者』が取る処置はたった一つ。


 消し去ることだ。


「あんたにはわからないんだよ! アルバは、そんなことは望んでいない!」

「お前は対象ではない。そこをどけ」


 言った瞬間、『統制者』の姿がその場から消えた。


 フィッフスは反射的に杖を振るった。前方に、扇上に拡散するように放たれた魔法の衝撃波は、幸運なことに目にも映らない速さで移動中だった『統制者』を捉えることに成功した。肉体的には十歳に満たない少年の身体である『統制者』は、その衝撃波に堪らず跳ね飛ばされ、地面に転がった。


 だが、すぐさま起き上がる。人間の関節の動きの摂理を無視したような不可思議な挙動で起き上がった『統制者』は、真っ赤な目でフィッフスを見た。


 フィッフスは呻いた。


 わかったのだ。


『統制者』がいま、自分を消し去る対象に入れたのだと。


 来る。


 フィッフスは慌てて次の衝撃波を放とうとしたが、『統制者』の動きは速かった。地面を蹴り、一瞬にして間合いを詰められた。


 ああ、ここまでだね。


 奇妙なほど冷静に、フィッフスは頭で理解した。それでも『媒体』の衝撃波の発動を止めようとはしなかった。例え自分の命が消えたとしても、最後に放ったこの一撃が、『統制者』をほんのわずかでも留めることができるなら。時間稼ぎになって、リディアが、子どもたちが、少しでも遠くへ逃げられるのならば。


 あたしは、それで構わないよ。


 フィッフスは小さく、呟いたつもりだったが、それは音にはならなかった。


『統制者』の紅い剣が、フィッフスの腹部を一突きにせんと繰り出されるのが見えた。


 そして……

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