桜チル桜サク

豆野 ずんだ

「また、会いに来てくれる…?」

奏子かなこ!よせ!やめろ!!奏子!!!」

あの日、彼女は俺の目の前で死んだ。あの制服、俺と同じ高校のはずだ。十七歳くらいだろうか。死因は…言いたくない。思い出したくもない。今にも咲きそうな桜のつぼみはかなく散ってゆくさまを。俺は…俺は……。


ジリリリリ…ジリリリリ……。ガシャ。

「はぁ…はぁ……」

目覚ましを止めた俺は、ゆっくりと身体を起こし時計の針をのぞく。秒針が寝起きの俺を見つめる。外では子供たちの声やカラスがカァカァと鳴いている声も聞こえる。

「五時か…」

ある日から俺は寝るたびにひどく残酷な夢を見る。そう、少女が自分の目の前で死ぬ夢だ。なぜ死んだのかわからない、知らないはずの彼女の名前を叫び続けている夢を見る。起きたら何もかも忘れている。彼女の名前を思い出そうにも思い出せない。

「確か、か…か……」

やはり思い出せない。今まで何度も試みたが駄目だった。

「おーいしゅん!そろそろ起きたか」

この声は、玉城亮たましろりょう、俺の兄だ。俺たち兄弟は俺がまだ小学校二年生の時に両親を亡くし、引き取り手もいなかったため施設へ預けられる予定だった俺、玉城瞬たましろしゅんを歳が十三も離れた兄が一人で俺を育ててくれた。

「起きてるよ、今から晩飯?」

ドアを開け、廊下の右側にある階段を降りながら尋ねた。

「瞬、またなんかあったのか?」

俺を育ててきたからわかるのだろうか。兄貴は俺の顔を見ないでそう言った。

「いや、何もないよ。それより何か手伝うことある?」

「そうだな、スプーン出しといてくれないか、あと食器も出しといてくれ」

「わかった」

これが家のいつもの会話だ。兄貴は必要以上のこと以外何も聞いてこない。勘が鋭い兄貴のことだから、俺に異変があることくらい気づいているはずだ。兄貴は距離の取り方がうまい。それだからこそ十年間喧嘩することなく暮らしてきた。

「ほーい、できたぞー。今日は瞬の好きなオムライスだ」

何歳相手に話してるのだろうか。俺はもう高校一年生になるというのに。

「わ、わーい。嬉しいなー」

その優しさを受け取るように返事をしておいた。兄貴なりの励ましなのか。普段から気さくな性格だかここまでとは。

出来上がった熱々のオムライスを口に運ぶ。美味い。さすが兄貴だ。半熟卵がケチャップライスを包み、ケチャップの酸味をまろやかにしてくれる。

「今日も美味しいよ」

「あぁ、いつもと変わんねぇけどな」

何気ない会話。俺はこの空間が好きだ。

「あ、そうそう。瞬んとこの高校、なんかニュースに出てたぞ?」

「…!そ、それってどんなニュース?」

思わずテーブルに両手をつき立ち上がった。俺の見ている夢に関係があるかもしれない。

「兄貴!そのニュースについて詳しく教えてくれ!」

「おいおい、落ち着けって」

落ち着けるもんか。そのニュースが手がかりになるかもしれない。できればあんな夢、もう見たくないんだ。

「アイドルが転校してきたそうだ。それも超人気」

「名前は?名前は何!」

「えーっと、確か…」

「確か…?」

心臓がドクドクと動いているのがわかる。彼女を守らなければ。守らなければ…?

春野櫻子はるのさくらこちゃん、だったかなー」

「そうなんだ…」

あの有名なアイドルがうちの高校に転校してくるのか。少し嬉しく思いながらも席につき、オムライスを食べ進める。違う。そんな名前じゃない。

「残念だったな。瞬の一つ上だそうだ」

そういうことじゃない。何か夢の手がかりはないのか。そう思いながら兄貴特製絶品オムライスを完食する。

春野櫻子。彼女が今後どうなるのかを俺はまだ知らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る