5-4 「理由」
5‐4 「理由」
アリー、コーディ、ドクター、ニール、そして僕。4人乗りのジープに無理矢理体を詰め込み、僕達は【操舵機関堂】を目指して疾走していた。
「嘘でしょ……ビルが護衛隊を? 」
助手席のアリーが声を震わせた。
「ああ……そして今、【アースバウンド】を浮上させようとしているのもおそらくは副隊……いや、ビルによるものだろう。目くらましにお前を殺人犯にしたてあげてな」
ジープのハンドルを小刻みに切りながらコーディは答える。
突如の艦体浮上の警報にパニックを起こしている【第一居住区】の車道には、多くの自動車が放置されていたり、逆走している車もあった。
「なんでビルさんが犯人だと分かったんですか? 」
僕は後部座席にてドクターとニールに挟まれ、窮屈な圧迫をこらえながら疑問を投げかけた。
「ビルが死体の第一発見者だということと、殺された護衛隊[ポー・トスター]の身長が190cmだということを聞いて、俺はもう半分以上確信を持った。
アリーの身長は168cmだ。
そしてそれより20cm以上大きなポーが、[眉間]を拳銃で[真っ直ぐ]撃ち抜かれていた。これは不自然だろ?
これだけ身長差があればもしもアリーが頭を撃ち抜くとなればその入射角は斜め上……
つまり下から上に向かって弾丸が突き抜けなきゃならない。
ポーを殺したのは身長がほぼ同じ人間である可能性が高い」
「でも、その護衛隊のポーさんが屈んでいたら? 」
「それも考えた。
でもな、病院の壁には飛び散った血液がこびりついていたんだ。
軍の連中に問い合わせたところ、その返り血はちょうど床から190cmくらいの高さに付けられていたらしい。
これはポーが殺された時に直立していたことを意味する。
それらを踏まえると、犯人はアリーが病室から飛び出たところを目撃していて、ポーと似た体格のビル以外考えるのは難しい」
「なるほど……」
コーディの考察に僕は感嘆するも、そこまで分かっていながらも、アリーが咄嗟に拳銃を使う時には頭部ではなく頭部を狙う。という確信を得なければならなかった彼の心情を察すると、自分まで辛くなってしまう。
コーディにとっては、アリーと同じくらいにビル・ブラッドも大切で裏切れない人間だったのだろう。その人物が大罪を犯したとなれば、どこまでも細かい確証を得なければ気が済まない。それが彼の性格だ。
「でもビル、アリーにワーム探知が発覚したことで焦ってたな? 簡単な事を見落としてたろう? お前らしくねぇ」
隣にいるニールが何度も居住区からの環境光を反射、点滅させながらコーディに言葉を投げかけた。
「ああ、そうだ……見落としてた。
俺はもっと急いで行動するべきだった。
ビルだったら……あの人がもしも殺人をするとなれば、バレないようにもっと上手く事を運ぶハズなんだ。
今の推理は俺じゃなくても誰かがスグに気が付く。
つまりビルは……殺人がバレても平気だった……」
コーディは下唇を噛みしめた。
「その通りだコーディ。
アイツはおそらく、アリーがワーム探知に引っかかった事をチャンスだと思い、突発的にコトを運ばせたに違いねぇ。
アリーに殺人の濡れ衣を着せて混乱を増長。
その隙に[目的]が果たせれば後はどうでも良かった。
つまり、その[目的]は早急に行われ、かつ規模が大きいことを意味しているってコトだ」
ニールのその言葉に、アリーはうつむいて自分の体に巻き付けるように腕を組んだ。
多分、護衛隊のポーさんが殺されたこと、そして今のこの状況を生み出してしまったことに責任を感じてしまっているのだろう……僕はそんな彼女に、何か励まし言葉を投げかけたかったけどそんな余裕なんて無いほどに事態は深刻だった。
「しかし、ビルがそこまでした[目的]が【アースバウンド】の浮上とはな……ワシも、あの男がそこまでイカれた奴とは思わなかった……なぜこんなコトをしたのか理由が分からん…… 」
言葉を少し吃らせ、珍しく動揺を隠せないドクター。その姿を見て車内全員の緊張が高まったような気がした。
「それは浮上を止めてから本人に聞いてやろうじゃねぇか……急ぐぞ! 【操舵機関堂】までもうスグだ! 」
■ ■ ■ ■ ■
「あの、【アースバウンド】を浮上させてどうする気なんですか? 」
両手首を粘着テープで拘束されたリフ・ムーンはビル・ブラッドに尋ねる。
「……やはり君を人質に選んで正解だった。やたらと暴れたりされると仕事の邪魔だからな」
ビルは操舵機関堂の端末を操作しながら、答えにならない返事をする。
「あなた、ワームには寄生されてないですよね? 」
「ああ」
「余計に意味が分からない……どうしてですか? 鑑が浮上したら【カーネル】の餌食なんですよ! 」
「ああ」
あまりにも冷静に、淡々と最小限の言葉だけで返答するビルに、リフも苛立ちを隠せなくなった。
「みんな死んじゃうんですよ! あなたもわたしも! お姉ちゃんもおじいちゃんも! ジーツ兄ちゃんやコーディ君も、みんな【コブラ】に殺されちゃうんですよ! 」
リフは悲痛な叫びを上げるも、それを全く意に介さないビル。
「よし、入口を全部ロックした。この場所には誰も侵入できない……」
ビルは端末の操作を終え、ため息を一つ漏らす。そして突然リフの方へと視線を向け、彼女の方へと歩いて近づき始めた。
「君はもう、必要ないな」
ビルは【操舵機関堂】の武装兵が持ち合わせていた拳銃のマガジンを抜き取り、その中の9mm弾を愛用の回転式拳銃の弾倉へと移植した。
「うそ? 」
危険を察知したリフは、近づいてくるビルから逃げるように距離を取る。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……」
怒っているのか? 楽しんでいるのか? 一切の感情を読みとることの出来ない表情で、ビルは早歩きでリフとの距離を詰める。
「やめてください! 来ないで! 」
両手を後ろで縛られているリフは、あっという間にビルに詰め寄られ、端末を背に身動きが取れなくなってしまった。
「そんな……ビルさん……なんで? 」
ゆっくりと右手に構えた回転式拳銃をリフの目の前にかざし、銃口を彼女の額に突きつけた。
『殺される……! 』
自分もこの部屋に散らかっている死体の山と同じようになってしまうのか? リフは両目を閉じ、死を覚悟した。
「ごめんね、お姉ちゃん……」
リフは咄嗟に姉のことを想い、その心を口から漏らす。彼女が最後を悟った本能的な言葉だった。
『……最後に会いたかったよ……』
あと1秒後か? それとも2秒後か? リフはいつ弾丸が放たれるか分からない恐怖に怯えていると、なかなかその未来が訪れないことに疑問を抱き始めた。
『あれ……? 』
恐る恐る閉じていた両目をゆっくりと開くと、そこには予想外の光景があった。
「ビルさん? 」
目の前には蛇口をひねったかのように涙をこぼしているビル・ブラッドがいた。
「……ごめん……か」
ビルはそっと呟き、拳銃を下ろす。
「……なんで、謝る……なんで謝って死ぬんだ……」
嗚咽混じりのビルの嘆き。
リフは以前、アリーやコーディからビルという男についてこう聞かされていた……
『タフな精神で泣き言は一切言わない鉄骨のような男』
しかし、今対峙している男の姿は、その言葉とは到底かけ離れているほどに[弱さ]を醸し出している。
「……ブルー……」
「ブルー……? 」
リフはさっきまで自分を殺そうとした相手に、聞き慣れない「ブルー」という言葉に対し、質問を投げかけた。
「ブルーって……なんなの? 」
ビルは袖で涙を拭いながら答えた。
「僕の妻の名だ……もう死んでしまったけどな……」
「もしかして……10年前の【カーネル】で? 」
「ああ……でもブルーは【カーネル】に殺されたんじゃない……」
ビルはリフに見せつけるように、右手で回転式拳銃を胸の前に掲げた。
「ブルーの命を奪ったのは……この銃。そして僕自身の心の弱さだ」
リフはその言葉を聞き、喉の奥がどんどん乾燥していくのを感じた。
「そして、僕が【アースバウンド】を浮上させる理由は……
全て……亡き妻、ブルーの為だ」
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