第3章 バラストの死闘編
3-1 「BME再襲」
3‐1 「バラストの死闘 BME再襲」
「まさか下から攻め込んでくるだなんて思わなかった」
「コーディ、古いデータベースによればな、象という生き物は水の中を泳げるらしいぞ」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! 」
釣り上げた大物に吹き飛ばされたコーディ・パウエルとビル・ブラッド。
二人をバラストの湖面に叩きつけた獲物の正体は、凶悪さを引き立てる真っ黒で強固な装甲を纏い、自由自在な触手のような長鼻を持ち、搭載された機関銃はその鈍く光る目に映り込む全てを破壊する。地上でことごとくコーディ達を苦しめた巨大な象型機械だった。
そして軍部によって【Big Machinery Elephant】の頭文字をとって【BME】という名前で呼ぶことになったその機械兵は、コーディ達を転覆させた後に、その長くしなやかな鼻を器用に使って堤防上にある街灯の柱に巻きつけ昇ろうとしている。
ボートの桟橋から堤防上に上がり、警報を発令させた二人は【バラスト層】に残っている人々を非難させる為に声を掛けつつ、BMEの対処を画策していた。
「アイツを何とかしてもう一度湖面に突き落とし、上に要請してバラストの海水をBMEごと海に捨てるってのはどうだろうか? 」
「副隊長、その手は少し問題があります」
「何故だ? 」
「海水を捨てたらアースバウンドはその分浮上します。そうすると今現在潜航中の海域では間違いなく艦が海上に顏を出してしまいます」
「……そうなったら衛星に見つかって【カーネル】の餌食ってことか……」
パニック状態の【バラスト層】夜釣りを楽しんでいた者は急いで堤防に上がり、【バラスト層】管理局の人々も夜の静けさを引き裂いた来訪者に恐れを抱き、我先へと層内にある緊急避難経路へと押し寄せている。
「くそ! 援軍はまだかよ! 」
警報を鳴らしてからまだ3分程しか経っていなかったが、気持ちの焦りからか非常に長い時間のように感じられた。
装備を持ち合わせていなかった二人はただゆっくりとダム湖から堤防へと這い上がっていく様をむざむざ見過ごすだけでいることに苛立ちを隠せない。
「プー! ププー!」
環状道路から【バラスト層】へと繋がる唯一の出入口である巨大ゲートから、けたたましクラクションの音が響いた。
「どけどけぇー! 邪魔だよ! どけって! 」
運転席から落ち着きのなさそうな声が漏れ出す小型トラックが、逃げ纏う人々を押し避けるようにコーディ達の元に下品にゆっくりと到着した。
「まさか……あのクサレ象め……艦のケツから侵入するとはいい趣味だ」
クジャク部隊隊長のニールが、武器輸送用トラックの窓から顔を出して悪態をついた。
「隊長! 」
「さっさと装備を整えろ! 武器はコンテナに積んである! 」
「「ハイッ! 」」
クジャク部隊のエンブレムが塗装されたコンテナから対象頭兵用の徹甲弾が装填された自動小銃と防弾のボディアーマーを取り出し、それらを装備するビルとコーディ。
その動きはまるでビデオの早送りのように素早く、正確だった。
「それにしても隊長、警報が鳴ってからここに来るまで随分早かったじゃないですか? 」
コーディの質問にニールが一瞬苦い顔を作った。
「た……たまたま巡回していたのだ! 」
「武器輸送車で? 」
「武器のメンテナンスも兼ねてたのだ! そんなことよりさっさとあの黒光り野郎を倒すぞ! 」
ニールの対応に僅かな不信感を覚えるも、確かにそんなことを考えている暇はない。BMEが万が一【バラスト層】から【第二居住区】へと上がってしまったら、その被害は尋常ではないことは明らかだ。
「とにかくBMEを上陸させるなよ、俺の言う通りに動け! 」
BMEは湯船から上がるように、すでに上半身は登り切っている状態だ。
「どうするんスか? 隊長! 」
「コーディ、釣った魚を海に逃がしたい時はどうする? 」
「は? 」
ニール隊長の要領を得ない言葉に上下関係を忘れた返事をするコーディ。
「簡単だ! 釣り糸を切ればいい! 」
そう叫びながらニール隊長はライフルの徹甲弾をBMEが巻きつけた街灯の柱に向けて乱射する。銃撃により次々を風穴を作り、やがて脆くなった柱はBMEの重みに耐えきれなくなり、プレッツェルのようにパッキリと折れた。そして巨象は水飛沫を上げて湖面に叩きつけられた。
「ビル! コーディ! ダム湖周辺の街灯や手すりをぶっ壊せ! 」
いかに精密動作が可能な鼻を持ってしても、掴んだり巻きつけたりする「とっかかり」が無ければ上に這い上がることは不可能だ。ニールはそれに賭けた。
「コーディ! 二手に分かれよう! 」
「分かりました! 」
ビルとコーディは草を刈るように徹甲弾で次々と強固な手すりや街灯を破壊する。柱に掴まろうと鼻を伸ばすも破壊されてそのたびにBMEはバラストへ転落。倒すことさえ出来ないでいたが、確実に時間を稼ぐことには成功している。
「ええい! クソ! 【護衛隊】のヤツらはまだこんのか? ノロマめ! 」
アースバウンド内での有事の処理を専門としている【護衛隊】の到着が遅れていることに腹立たせながら、ニールはダム湖内で慌てふためいているBMEに対してひたすら徹甲弾を浴びせ続ける。湖面は弾丸が弾かれて散る火花が反射して煌めき続ける。
「隊長!こいつにはこの弾は効きませんよ! 」
あらかたBMEの手すり変わりになりそうなフェンスや柱を壊し終えたコーディが隊長の元に駆け寄って諭そうとする。
「分かってるわ! でもこうやって撃ちつづけりゃヒビぐらい入るかもしれんだろ! 」
ニール隊長の考えでは、BMEの精密機器に海水が少しでも触れればショートを起こすだろうというもの。
多少強引な考えかもしれないが、現状ではそうする他手立ては無いように思えた。
「[雨垂れ石を穿つ]という故事を信じますか」
自分の仕事をやり終えたビルもニールと合流し、ニール隊長の言葉の通りに弾丸をBMEに撃ち込む。
「そういうことだコーディ! お前は弾薬の補充をしろ! 」
「ウッス! 」
指示を受けたコーディはニールが載っていたトラックへと走る。【バラスト層】にはまだまだ逃げ遅れた人々が巨大ゲートや非常口に群がっている。
『こんな時、ジーツの能力があれば……』
淡い期待の言葉をつい心の中で呟いてしまったコーディ。その心の弱みに付け込むかのように、彼が走る金属板を張り合わせた床に、黒い楕円形が徐々に大きく広がっていく。
「え? 」
楕円形が巨大な影と気が付いた瞬間、コーディは異常な危機を察して思いっきり横方向にヘッドスライディングをする。
「ガシャァァァァァァーーン! 」
地面が激しく揺れ、金属が雄叫びを上げるかのような爆音が【バラスト層】に反響した。
「なんだよこりゃ!? 」
コーディが素早く体を起こすと、そこにはまず小麦粉を練った生地に拳を押し当てたようにへこんだ無残な金属床があった。
そしてその上に目を疑う巨大な存在が一つ。
それは黒い装甲を複雑に変形させ、強化ゴムの被膜で守られたケーブルが絡み合ってできた人工筋肉の二本足で直立している、黒くて長大な影。
視線を上に移動させると、前足部分も装甲から筋肉を露出するようにリーチを増して、それはもはや前足ではなく「手」と言える代物。さらに視線を上にスライドすると象型の頭をした巨人が恐怖心を煽る赤い目でこちらを無機質に見下ろしていた。
「まさか? 」
恐ろしい予感を抱きながらダム湖の方へ視線を向けると、先ほどまで溺れるように暴れていたBMEの姿は無く、代わりに尻餅をつきながら倒れてこちらを凝視しているニールとビルの姿があった。
「象が……立った? 」
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