ストーカー

ある日の深夜、あたしが自分の住むアパートに帰宅したときの話です。その日はいつもよりたくさん飲んでいて、あたしの意識はとても朦朧としていました。自分の家は6階なのですが、その日はエレベーターが故障しており階段で、途中何度も座り込んだりしながらゆっくりと時間をかけて家に帰りました。

玄関の扉を開けようとするも、鍵は空回り。あれ。あたしったら鍵をかけ忘れちゃってたかな? 最近はこの辺りもおかしなストーカーがよく現れるという話だし、気を付けなくっちゃね……。ぼんやりとした頭の中で漫然とそんな風に思いながら、ヒールを脱ぎ玄関の鍵を閉めて家の中へと入っていきます。

リビングに入るとすぐに違和感に気が付きました。何かがおかしい。でも、何がおかしいかまでははっきりとはわからない。混濁する頭でしばらく考えてようやく気が付いたのは、家具の配置が全てほんの少しだけ違うのではないか、ということでした。

テーブルやテレビやソファの場所が、なんとなくいつもより数センチだけずれているような感覚。薄気味悪くなって目に付いた家具から手当たり次第に位置を修正していきます。

リビングを終えてから寝室を覗くと、洋服箪笥もなんとなく窓際に寄り過ぎているような気がします。服が詰まっていて重いから非力なあたしじゃ動かせないなぁとは思いつつも箪笥に手をかけて、驚きました。

あたしが少し力を加えただけで、箪笥はずるずるっと動き出しましたのです。急いで中を検めると、そこに洋服はありませんでした。

怖くなってすぐに箪笥を閉めます。視線は自然と箪笥の一番下の棚の取っ手へ向かいました。

──え? そこであたしは今度こそ、ぞくぞくっと身体の芯から震え上がってしまいました。棚の一番下の取っ手にあるはずの、大きな見慣れた「傷」が見当たりません。

そこでようやく酔いが急激に醒めます。そしてクリアになった思考はこんな馬鹿げたことを考え始めました。

そういえばここは本当に6階だったかしら。なんとなく階段を上って来たけれど、実はここは別の階だったりはしないかしら。

でも、他人の家がここまで似ていることって普通ありえる? わざと似せて作っていない限り、こんなことにはならない。そう、誰かがあたしの部屋を日頃から手に取るように観察していて、同じ家具を買い揃えたりなんてことをしていない限りは……。

──がちゃり。

玄関が開く音で、あたしの思考と心臓が止まりました。

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