腐り桃太郎
「桃太郎や」
「何だい、お婆さん」
「峠の向こうで、また鬼たちが暴れ出したみたいでねぇ。すまないが狩りにいってくれるかい?」
「もちろん、嫌だよ」
鼻くそをほじりながら僕はそう答えた。
「婆さんは僕のことを便利屋か何かと勘違いしていないかなぁ。そもそも僕には鬼退治に行く義務なんかないんだ。何とかしたいなら、婆さんが自分で行けば?」
「お前にそう言われた爺さんは、一人で鬼どもに特攻して無残に死んでいった。そのことを忘れたわけじゃないだろうに」
「うん、憶えてるよ」
「それじゃ、あたしに死ねってのかい」
「え? それ、僕に確認を取ってるの? はっきり言っちゃっても良いのかな。これでも気を遣ってるつもりだったんだけど……」
「いや、やめとくれ。──はぁ。でも、本当にどうしたもんかねぇ。爺のことは良いとしても、あたしゃまだ死にたくないんさ」
「そうだろうね、人間は誰だって自分が一番可愛いからね。僕だってそうさ。だから鬼退治を断ってるんだよ」
そう言って僕は再び畳の上に寝っ転がってごろごろしはじめる。
「そうかいそうかい、なら他を当たるよ」
「僕以外に行く当てがあるの? それは良かったね、お婆さん!」
「…………」
「あーでも、別に僕だって鬼ほど鬼じゃないんだ。あれをくれたら、行ってやっても良いよ?」
「あれかい」
「あれだね。お腰につける、あれ」
しわくちゃで見苦しいだけのこの老婆は、吉備団子作りだけは一流なのだった。この女が作る吉備団子は地上で一番旨い食べ物のひとつと言われ、誰しもが大金を積んでまで欲しがる。そう──御伽噺で犬、猿、雉が自分の身体を張ってまでして欲したことにも頷けるくらいに、それは舌の蕩けるような一品なのだ。
「はぁ。本当は作りたくないんだけど、背に腹は代えられんかねぇ」
「どうして作りたくないのさ。みんな喜んで買ってくれるのに」
「そうやってあんたが高値で転売するからだよ!」
何が鬼ほど鬼じゃないだよこの鬼畜が……などとぶつぶつ文句を言いながらも、婆さんは数時間後に吉備団子を作って僕に渡した。
僕はそれを手に動物村へ赴く。
「婆さんの吉備団子、入荷したぞー! 欲しいやつは金目のもん持って並べー!」
僕の一言であっと言う間に行列ができあがる。貢物の価値に応じて1個から5個の吉備団子を配当する。
よしよし、此度も楽してがっぽり設けることができたぞ……。いやぁ、役得、役得。
団子が無くなる頃合いで、村長のライオンが来てほくほく顔の僕にこう言った。
「ありがとうございます。これで村のみんなも喜びます。お礼にいつもの通り兵士を三名ご用意いたしましたので、どうぞお好きなようにお使いくださいませ」
「ありがとう。助かるよ、本当にね」
「いいえいいえ、こちらこそ。村の者一同、桃太郎さまのまたのお腰を心よりお待ちしております」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます