大豆は大嫌い
ご飯と味噌汁、豆腐に醤油、納豆、卯の花、もやし炒めに五目豆──それが鈴木家の本日の夕餉であった。
鈴木家の家風は今では珍しい純和風であり、邸宅が日本家屋なら出で立ちも常に和装、食事はもちろんいつも和食しか出てこないという家柄だった。鈴木家の一人息子である茂吉は幼いころからそういう環境で育てられ続けていたため、己の境遇を別段窮屈だとかいう風には一度たりとも思ったことは無かった。茂吉はこの春で中学3年生になる。
「いただきます」
「召し上がりなさい」
母親の許しを得て、茂吉は箸を進めはじめた。
姿勢を正して、黙々と食べる。無論、テレビを観ながらなどということはしない。もとよりテレビなど鈴木家には置かれていない。
「お母さま」
「なんですか」
詰問口調で母親が息子に問うた。食事中は、あまりごちゃごちゃと余計な話を始めてはならない。口にものが入った状態で喋るのは下品だし、会話に集中して味に意識が向かないのは料理を拵えた者に対して無礼であるというもの。食事中は何か用があるときだけ、申し訳なさそうに口を隠して言葉を紡ぎなさいと、母は息子に教え諭している。だから今が本当に食事を中断するほどの用があるときなのかと、半ば疑りを入れつつ、彼女は息子の目を睨む。
「あの……この大豆の甘煮が、僕はどうも苦手で……」
「そんなことは知っています」
毅然とした態度で母は告げる。
「好き嫌いをしてはなりません。出されたものは全て食べなくては」
「ですが、お母さま──」
「口答えはおよしなさい。良いから黙って食事を続けるように」
そう言うなり母親は、
茂吉は甘いものがとても苦手で、数粒だけ五目豆を摘んで口に入れてみたものの、残念ながらそれを噛んで味わうことは叶わなかった。我慢してそのまま飲み込むが、すぐに喉をつっかえ慌てて味噌汁を口に流し込む。後で母親に怒られることは承知で、茂吉は五目豆を食べ残すことに決めた。せめて他の食べ物は残さず食べてから、礼儀正しく「ごちそうさまでした」と唱えて自室に戻った。
次の日の朝。用意されたのはなんと白米と麦茶だけだった。
そして昼にも、全く同じ料理──それを料理と言って良いのかどうか甚だ疑問だが──が出された。さらに夕食でも同じ食事を目が食卓に並び、ようやく茂吉は母親に疑問を呈した。
「すみません、お母さま。これは一体どういうことなのでしょう。おかずが一切ございませんが……」
それに対する母親の返答はただ一言、そっけなく。
「あなたが大豆を好きでないと言うからわたくし、もう大豆は使わないことに致しましたの」
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