枕詞

「あしびきの──」

「うん?」

「──山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む」

「……んーと、短歌?」

「そうだよ。柿本人麻呂。百人一首に収録されてる」

「どういう意味?」

「そのままだよ。『山鳥の尾っぽのように長い夜を私はひとりで寝るのだろうか』」

「なるほど。恋の歌なんだね」

「うん」

「でも『あしびきの』はどこにいったの」

「それは枕詞といって『山』とかいう単語の前に置く言葉で、特に意味は無いよ」

「ふうん」

「枕詞は他にもあってね、『ちはやふる』なら神や社、『ひさかたの』なら光や月や雲、『あをによし』なら奈良が続く」

「そうなんだ」

「それじゃ、ここで問題だよ。『たらちねの』なら、その後には何が続くと思う?」

「たらちねの……? わかんない」

「ヒントはね、漢字で書くと垂乳根──要するにこれのことだね」

「ちょっ、ちょっとまーくん!? いや……や、やめっ!」

「『たらちねの』は要するにおっぱいのこと──だから後に続く言葉は母なんだよ」

「ん……そんなに強く、揉まないでよ……うっ、んんん、ぁん!」

「──ああ、うん。ごめんね。痛かった?」

 僕は彼女の柔らかな乳房から右の掌を名残り惜し気に引いて、その代わり彼女の頬にキスをした。

「痛くはないわ。ただ、ちょっとびっくりしちゃったってだけで」

「びっくり?」

「うん。だってまーくんってば、急に変な話を始めるんだもん」

「そうかな」

「そうだよ」

「でも、僕はこの状況にはぴったりの話題だと思うけれどね」

「なんで?」

「だってこれって──枕詞ピロートークってやつだからさ」

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