第一章『薔薇とパシリとトーテムポール』
①ニートがJSに翻弄される話
もうすぐ春を迎える並木道は、ほのかに甘い香りを漂わせていた。
牧歌的に
青い空に響き渡る歌声は、タンゴのようにリズミカルだ。
「はんぺん、なにしてんのー!?」
ランドセルの金具を鳴らしながら、三人組の小学生が駆け寄る。
「はんぺんじゃねーよ! は・ん・ぺ・い!
「はんぺいでもはんぺんでもいーじゃん」
「よかねえっての!
どうしてこう、小学生のガキに
半平は自問自答しながら、カーブミラーに目を向ける。
黄色いパーカーにモスグリーンのカーゴ。
小五以来お決まりのコーデで、眼鏡も
モヒカンっぽく立てた金髪には、思っていた以上に黒い毛が混じっていた。
それなりに筋肉質な身体は、学校に行くはずの時間をボランティア活動に捧げた成果だろう。身長は人並み以上に高くて、背の順では最後尾が定位置だった。高校に入った時は一八〇㌢だったが、今はもう少し地面が遠くなった気がする。
モヒカン+ガタイ○。
我ながら世紀末に「ひでぶ」されそうな外見だ。
普通に考えれば、小学生に
にもかかわらず、現実にはロッキー状態。
街を歩いているだけで、一人また一人と小学生が後を追って来る。
それどころか、知り合った日にタメ口を聞かれることも少なくない。
改めて鏡を眺めてみても、理由はよく判らない。
そう言えば、中高で一緒だった女子には「ガキ大将っぽい」とか、「後輩顔」とか評価されていた。「山猿」と
「なにぼーっとしてんだよ! 質問に答えろぉ!」
凶暴に
名前は確か、エリとか言ったか。
女の子らしいのは、赤いランドセルだけ。
口調は男子よりぶっきらぼうで、まだ出るところも出ていない。
「おそーじしてんの、おそーじ」
半平は投げやりに答え、手にした
「そーじって、誰かにめーれーされたのかよ」
「別に。俺が好きでやってるだけ」
「うわ……」
三人組は明らかに引き、半平に宇宙人を見るような目を向ける。
「んだよ、その顔。綺麗になると気持ちいいじゃねーか」
半平は青空を
ほんの一週間前までは、冷たく喉を刺した空気――。
最近は干したての布団のように暖かく、胸をぽかぽかさせる。
「桜も咲きそうだし、もおすぐ春だねえ」
わざと年寄りっぽく言い、半平はう~んと伸びてみる。
するとパーカーの裾が豪快に
木々が花びらをまき散らすようになれば、掃除に手間が掛かるようになる。だが花びらの
「はんぺー、ニートだろー?」
「ニートに季節なんてカンケーあんのー?」
「一年中夏休みでしょ~?」
無邪気で容赦のない少年少女が、
「ああそうですよ~♪ 俺には夢も希望も定収入もありませ~ん♪ 一年中夏休みですよ~♪」
開き直るしかない半平は、即興の歌を熱唱する。
おどろおどろしい歌声が響くと、周囲のスズメが一斉に飛び立った。
「キミたちも社会のお荷物になんて構ってないで、さっさとママのとこにお帰り。宿題だってあんだろ」
半平は掃き掃除を再開し、ついでにしっしっとホウキを振る。
「宿題かあ~」
ニートに哀れみの目を向けていた三人組が、途端に溜息を吐く。
「はんぺー、ヒマだろ、手伝えよ」
半平にせがんだのは、エリの横に立つ
分厚い眼鏡を掛けた姿は、クラスに一人はいるガリ勉くん。
反面、顔立ちは生意気で、頬や額には生傷も見て取れる。
「ヤダね。『手伝って』とか言って、また俺に丸投げする気だろ、アサガオの観察日記みたく」
愛想なく吐き捨て、半平は三人組に背中を向ける。もう
「じゃ、ヨシばぁのトコでガリガリ君おごれ」
エリは当たり前のように命令し、半平の背中を小突く。
「何で俺がお前らにガリガリ君おごらなきゃいけねーんだよ」
「何でって……」
三人組は顔を見合わせ、それはもう力強く頷く。
「はんぺー、俺らのパシリだろ」
「よーし、俺がお前らに年長者の怖さを教えてやる」
怒りから半笑いになると、半平は
年功序列が
これは彼等の将来のためにも、鉄拳制裁……ゴホン、教育的指導を敢行しなければなるまい。
半平はボキボキと指を鳴らしながら、大人をナメたガキ共に迫っていく。吹き
こ、この声は……!
半平は憤怒も忘れ、表情を凍り付かせる。
いたいけな子供相手にマジギレ……。
あわや
マズいところを見られたにもほどがある。
「こ、こんちわ……」
半平は硬直した首を回し、背後を
極めてカクカクした動きは、まるでロボットダンスだ。
「こんにちわ」
幼さを残した顔は、春の日差しのような透明感を漂わせている。
整いすぎた容姿には、息を呑んでしまうことも珍しくない。
特に腰まで伸ばした白髪は、絵本で見た雪の精霊そのものだ。
どことなく丸い感じのする輪郭。
そして絹糸のように白く、細い手足。
本人によれば一五歳とのことだが、小学生と言われても疑いは抱かない。
事実、体付きは起伏に乏しく、胸は垂直に近い。
一五〇㌢に満たない身体は、桜色のチュニックに包まれている。
腕の
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