時計

俺は時計屋を経営している。

と、言ってもオーナーが死んでから従業員は俺だけ。

最近では、スマホが普及しているため、滅多にドアは開かれない。

だけど、時々この店にも客が来る。

その客の殆どが時計の修理だ。

昔はそれが不満だった。

古い時計を直して使うよりも、新しい時計を買った方がいいんじゃないか。

そうオーナーに言って静かに怒られた。


時計はな、ただ単純に時間を刻んでるんじゃない。

時間と共に、その人の想いも刻んでいるんだ。


そう言われたとき、静かだけど物凄い威圧に意味もわからず頷くしか出来なかった。

それを感じたのかオーナーはいつか分かる、と微笑んだ。


その意味を理解したのは、それから数週間後のことだった。


チリン。


俺が時計を磨いていると、滅多に開かれない扉が開いた。

そこに立っていたのは、小学三年生くらいの男の子だった。


時計を直して下さい。


そう言って俺に見せたのは、この少年には不釣り合いな、古い時計だった。


その時、オーナーは出掛けていて、店には俺しかいなかった。

見習いとは言え、基本から応用まで丁寧に修理方法を教わった

だから、修理はオーナーがいなくてもやって良いと言われている。


ちょっと貸してみ。


そう言って少年から時計を受け取る。

やはり相当古いモデルだ。

だが、似たようなモデルの修理方法を教わっていた。

どうやら俺でも直せそうだ。


直りますか?


不安そうに少年が聞く。


おう。任せとけ。


そう答えて俺は修理を始める。

沈黙のなか、店の時計が時を刻む音が規則正しく聞こえる。


ふと、少年に気になっていたことを聞いてみた。


なんでお前がこんな古い時計を持ってるんだ?


少年は言った。

それはおじいちゃんの形見なんだ、と。


おじいちゃんは優しかったんです。

それと、とっても格好良かった。

おじいちゃんから時計を貰った時はすごく嬉しかったです。

これを付ければ、おじいちゃんみたいに格好良くなれそうで。

でも、それから暫くして、おじいちゃんは死んじゃったんです。

この時計凄く古いんですよね?

だからすぐ止まっちゃうんです。

お母さんとかからは、直して無駄だって言われるんですけど…。

でも僕は、この時計が大切だし、大好きなんです。

僕に勇気をくれるから。

だから何度止まっても、僕はこの時計を離さない。

僕の…宝物だから。


少年は真剣な目で話し終えると、少し喋りすぎたと思ったのか、スミマセンと恥ずかしそうに謝ってきた。


時計は時間と共に、その人の想いも刻んでいる。


この時計は、少年の祖父と共に時間を刻み、そして少年に想いを刻もうとしている。


オーナーの言っていた事が分かった気がした。

時計は他人から見ればただの道具でも、本人にとっては違うのだ。

もっと、ずっと大切なもの。

少年の時計は、俺にはただの古い時計にしか見えないが、少年にはもっと別の、何物にも代え難い大切な物なのだ。


修理を無事終わらせると、少年は嬉しそうに帰っていった。

その後戻ってきたオーナーは俺の顔を見て、何かあったのか?とニヤリ笑った。



何年かしてオーナーが死んだ。

オーナーが遺したのは、この店とこの時計だった。

この時計は、他の人から見ればただの古い時計だろう。

だが、俺にとっては何物にも代え難い大切な時計だ。

俺の時計は、俺と共に時間とオーナーの想いを刻んでいる。

オーナーの想い。俺はちゃんと受け止めているだろうか?



俺は時計屋を経営している。

世の中にスマホが普及しだしてから、滅多にここのドアは開かれない。

客の殆どは時計の修理だ。


チリン。


滅多に開かれないドアが開いた。


おじさん。また時計止まっちゃった。直してよ。


扉から顔を覗かせたのは、この店の常連だった。


俺はまだお兄さんだ!!


そう言い、彼から時計を受け取る。


いつものように、時計の調整をする。

沈黙のなか、店の時計が時を刻む音が規則正しく聞こえる。


ふいに彼が口を開いた。


ここで働かせてよ。

昔、おじさんに時計直して貰ってからずっと、ずっと憧れてたんだ。


昔会った時と変わらないその強い眼差しが俺を見つめる。


俺の事はおじさんじゃなく、オーナーと呼べ。


そう言うと、彼は嬉しそうに笑って言った。  


はい。オーナー!!



俺が左腕に付けている、古い時計。

その時計は、俺と共に時間、オーナーの想い、そしてこれからは俺の想いも刻んでいく。











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