最初の箱

 森の奥にちいさな家がありました。そこには老婆と幼い女の子が住んでおりました。

 ふたりがよく食べていたのは、どんぐりでした。生まれたときからどんぐりを主食としていた幼い女の子は、どんぐりが大好きでした。


 何年も経ち、幼い女の子は少女になりました。少女は山の谷間からわずかに見える街に憧れるようになりました。

「おばあさん、私、街に住んでみたい」

 少女の言葉に、おばあさんはうなずくだけでした。


 翌日、少女は街に行くことにしました。すると、おばあさんはちいさな木の箱を少女に渡しました。

「本当に困ったときがきたら、この箱を開けなさい」

 少女は礼を言うと、山をおりていきました。


 しばらくして、街についた少女は戸惑いました。右を見ても、左を見ても、初めて見るものばかりです。さっそく困ってしまった少女は、ちいさな木の箱をじっと見つめます。

「ううん、まだ開けてはだめ。きっと、もっと困ってしまうときがくるわ」

 なにが入っているかもわからないちいさな木の箱ですが、少女はおばあさんを信じ、頑張ろうとちいさな箱を握りました。


 何日かが過ぎて、少女は働いていました。住み込みの仕事を見つけられたため、住むところにも困らず、なにより懸命に野菜を売る姿は街の人々にとても好かれました。

「街にきてよかったわ」

 少女は小さな木の箱の存在を、いつしか忘れるようになりました。


 それから幸せな時間は過ぎていきましたが、ある日、八百屋のご主人が倒れてしまいました。少女は看病に、仕事にと励みます。

 日々の疲労は重なり、少女は疲れ切ってしまいました。そんなとき、追い打ちをかけるように八百屋のご主人は亡くなってしまいました。


 悲しみに暮れた少女でしたが、ふと、ちいさな木の箱を思い出しました。どこに置いたかも忘れてしまっていましたが、夢中で探します。

 とっぷりと日が落ちたころ、少女はちいさな木の箱を見つけました。そして、開けようと手で触れます。

「なにが入っているのかしら」

 ポツリと言った少女は、ハッとします。

「開けるのは、今ではないわ。今、私はかなしいだけ。本当に困っているわけではないもの」

 少女はちいさな木の箱を抱きしめました。


 ご主人が亡くなったあとも、少女は懸命に頑張りました。けれど、今度はご主人がしていた仕事もしなければならなくなり、売り上げはみるみる落ちました。

 どんどん、どんどん店は活気がなくなっていきましたが、少女はちいさな木の箱を開けようとはしませんでした。


 ついに、店を継続できなくなりました。店をたたみ、住む場所まで失って、手元に残ったのはちいさな木の箱だけでした。

 ようやく少女はちいさな木の箱を開ける決意をします。軋む木の感触を手で感じながら、少女の胸は高揚しました。

「なにが……入っているのかしら」

 本当に困ったときに必要なものが入っていると少女は疑いませんでした。少女には、このちいさな木の箱が最後の切り札だったのです。


 ゆっくりとふたは開きました。ちいさな木の箱の中には、なにかを含むように布が入っていました。少女は布をつまみ、ゆっくり、ゆっくりと開いていきます。そして、その中に入っていた物を見たとき、少女の瞳に涙があふれました。

「これは……ああ、おばあさん」

 中に入っていたのは、いくつかのどんぐりでした。


 少女はふたの開いたちいさな木の箱を抱きしめ、泣き崩れました。

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