フラグは折るために立てるものなのよ?

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「な、奈緒ちゃん、これ……」



 廊下にある掲示板を見て、千鶴が真っ青な顔をして私の腕をつついた。

元々白い顔がさらに色を失っていくのが見てとれる。



「あぁ、ダンスパーティーね。これほど時間の無駄な行事はないわよね」

「これ、全員参加って書いてあるけど」



 洸蘭学園では定期的にダンスパーティーが開かれる。

 今年はそれがいつもより早まることを告げる張り紙が掲示板のど真ん中を占領しており、それを見て馴染みのない一般生は皆千鶴と同じような反応を見せていた。


 お金持ちってやっぱり分からないと呟いている千鶴さん。

私も彼らが分かりません。


 しかし、出なきゃならないものは出なきゃいけない。



「千鶴、ダンスの経験は?」

「全くない。……あ、近所のお祭りの盆踊りくらい」

「盆踊り、いいね。でも必要なのはそれじゃあないかな?」

「やっぱり」



 ガクッと肩を落とす千鶴の肩をポンポンと叩いて慰めた。



 パーティーでは一曲は絶対踊るのが必須だからなんとかしなきゃなぁ。

 ……さて、どうするか。



 このイベントが入学式の出会いのイベントに続く結構大きなイベントになるのは言わずもがな。

 体調不良で欠席っていう手を使って奴等の目に留まらないようにしたいけど……その手は残念ながら使えない。このダンスパーティーも成績に入れられており、上位をとって学費の免除および大学への推薦を狙っている千鶴としては欠席するというのはデメリットが大きくなる。それは彼女の今後にとって大きな痛手となるのは明らかだからそうなるのは絶対に避けなければいけない。


 千鶴は運動神経もいいし、頭もいいからステップはすぐに覚えきれるだろうから大丈夫のはず。ダンスはステップさえ頭に入れておけば後はリードの上手下手だけだし。


 そうそう。エスコート役も決めなきゃ。後はドレスの手配とヘアメイクも。


 ……あぁ、もう。なんでたくさんやらなきゃいけないことが多いのに二週間後なのよ!



「あら。庶民出身の方はいろいろ大変ね。こんな娯楽も楽しめないなんて」

「……………………」



 ……あぁ、もう。勘弁して欲しい。



 半眼になりながら声が聞こえてきた後ろを振り返ると、女生徒三人組が見下し感半端なく立っていた。

 周囲にいた人は我関せずと見ないフリを続けているけど、興味深々という感じが隠せていない。少し離れた廊下から窺っているのが丸分かりだ。


 生粋きっすいのかのお嬢様方は自分の考えが正しいと信じて疑わない。自分がこうと言ったらこう、相手が間違っていて自分が正しい、なのだ。

 相手をする身からすれば厄介を通り越して、もはや公害でしかない。



「そんなに嫌なら庶民の学校へ行けばよろしいのでは?あなたにはそちらの方がお似合いよ」

「わたくし達の言っていることの意味がお分かり?」

「分不相応だと申し上げてるんですわ」



 彼女達は標的を千鶴一人に絞ってきていた。

私のことはまるで見えないというかのように無視し続けている。



「ちょっと。私の親友に何てことを?」

「あら。神宮寺さんも付き合う友人は選ばれた方が宜しくてよ?」

「庶民が友人だなんて……神宮寺の名がすたれますわよ」

「そうそう」



 こ・い・つ・らっ!!



「あなた達……黙っていれば」

「奈緒ちゃん!!私なら構わないから」

「千鶴。……失礼」



 千鶴の手を引き、その場を急いで後にした。


 曲がり角を曲がる時にちらりと見た三人は優越感に浸り、満足げに笑っていた。

 おそらくしばらく調子にのってまだまだ何やら嫌がらせをしかけてくるだろう。



 私は彼女達の今の顔を頭に焼き付けた。


 私の座右の銘は有言実行かつ計画は綿密に、だ。

 時期が来たらそれ相応の報復を約束しよう。


 でも、今は。


 涙を我慢している千鶴を人目につかない所へ運んでやる方が先決だ。







 ここは滅多に人が来ない不思議な場所。私からすれば普通の薔薇園なんだけどね。

とにかくこんな時にはもってこいだ。


 薔薇園の奥には休憩用の東屋あづまやがある。

そこの椅子に千鶴をそっと座らせ、私は立ったままで千鶴と向かい合った。


 私達以外は無数に咲いている赤や白などの薔薇達だけ。

静寂の中には誰も邪魔されない安心感があった。



「ほら、千鶴。泣いてもいいよ」

「……いい。泣きたくない」

「どうして?悲しいんでしょう?」



 今にも涙をこぼしそうなのに、千鶴は頑固なまでに首を左右に振り続けた。

スカートもぎゅっと力をこめて握りしめているせいで皺になってしまっている。



 私の前でくらい無理しなくてもいいのに。というか無理してほしくない。



「奈緒ちゃん……私のこと、嫌いになった?」

「……………はぁ?」



 あまりにもトンチンカンなことを千鶴が真剣に聞くもんだから思わず語尾が上ずった。



 一体どーしたらそんな思考にいきつくのよ。まったく、この子は。



 私はウニーッと千鶴の柔らかい頬っぺを引っ張った。



 なにこれ、気持ちいい。赤ちゃんの頬っぺみたーい。



「い、いひゃい」



 千鶴はなすがままで抵抗という抵抗を見せない。ただ、私を見上げてくるだけだ。



「痛くしてるんだから当たり前よ。いい?あんな奴らの言うことなんて気にしちゃダメよ?分かった?千鶴は私の親友なんだから」

「…………うん。……うん!!」



 やっと笑顔が戻った。

 ……なんか洗脳みたいで怖いけど結果オーライね。


 それにそもそも私は好きじゃない人と行動できるほど器用な性格してないし。

 千鶴だったからこそ今こうして各所で発生してるバグもちょっとギリギリなフラグも甘んじて受けたうえでまだ一緒にいる。


 恥ずかしいから、本人には言わないけどね。



 私が引っ張っていた頬っぺを離してやると、両手でスリスリとさすりながら千鶴は天真爛漫で純粋な主人公ちづるにあるまじきことを言い出した。



「でもね、私、あの人達を見返したい」

「え」



 え?じゃない。え、だ。絶句に近い。


 目立つことを好まない千鶴がどんなことで見返すというのか。



 勉強じゃあダメだ。

 ああいう輩はガリ勉ですわねーとかなんとか言ってさらにねちっこく言うに違いない。


 じゃあ、スポーツかと言えばそうでもない。

 似たようなことでけなされるのは目に見えている。



 とすると……



「ダンスパーティーで頑張る!!」



 ノーン!フラグ立ったーっ!!これ明らか立ったよね!?


 今さっきの、私のちょっと恥ずかしい独り言の意味ーっ!!



「奈緒ちゃん?どうしたの?」

「な、なんでもないです」

「?奈緒ちゃん!!私、頑張るから!!」

「あは、あははは」



 あの女どもめ。千鶴を無駄にやる気にさせおって。

 やはりこの恨みはらさでおくべきか。


 否!はらすべし!!



 ということで私、フラグの乱立阻止と共に彼女達への報復を強化することをここに誓います。



 あぁ、私の平穏な学生生活はいずこ。



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