【芒種】「嵯峨野竹林」ー赤い傘の女の子

芒種ぼうしゅ】、新暦では六月六日のころ。


 稲の穂先のように芒(とげのようなもの)のある穀物の種まきをする頃という意味で、「二十四節気」九番目の「節気」。

 

 京都「嵯峨野」の竹林に、本格的な梅雨入りを前に「春雨」の残りのような細い雨が降っている。新緑の季節に育った青緑の竹の節に雨露が滴り落ちては泡沫のごとく消えていく。

 

 背の高い「嵯峨野」の青緑竹は、ずっと空に近いところから葉ずれの音がしてきて、早朝の嵯峨野の静寂な佇まいを幻想的な世界にしていた。


 ——そう、御伽の「竹取物語」のような……空間せかい


 竹林の間を縫うように走る小道に、赤い傘をさした女が一人空を見上げて佇んでいた。雨に洗われた竹林の緑の中で、その赤い傘はハイビジョン映像のようにくっきり浮かび上がっていて、くるくると風車かざくるまのように回したなら、ふわりと空に舞い上がってしまいそうだった。


 あのは、竹の葉の密集した隙間から見える薄い灰色の空を見上げて、何をしてるんだろう——こんな朝早くに。


 僕はコンビニで売っているような透明色のジャンプ傘を肩に担ぐようにしてそのコの様子を伺っていた。なにか不思議なものでも見えるのかと、自分でもやってみたが、雨粒が目にはいるだけで何もはなかった。


 ——あのーぉ、なんか見えるんですか?


 女のこは、僕に一瞥をよこすこともなく、虚空を見上げたまま


 ——いえッ、なーんにも


 その子の小さな顔に、少し尖った雨粒がぽつりぽつりと落ちてきてはと弾けて消えていく。


 ——濡れちゃうだけですよ?

 ——いいの


 僕は、これ以上関わっているのも、なんだかな——と、そーっと静かにその子の横を通り過ぎ追い越していくと、パーカーのフードを掴んで引き戻されて、危うく息が詰まりそうになった。


 ——見捨てて、いくんですかッ?

 ——え?……っ

 ——こんないいオンナが雨空眺めて、一人泣いてるんだよ? 察しなさいよッ


 いやいや、わけわかんないん——、ですけど。


 ——泣いてらしたんですか、それは気付きませんで……

 ——な男はキライ


 いやいや、キライで結構——、なんですけど。


 ——で、なにが悲しくて、泣いて?


 ——感じなさいよ、デリカシーのない男もキライ


 だからぁ——、結構ですって、で。

 僕は、もうこれ以上このと関わっていると、頭の中がになりそうでとっととその場から逃げ出したくて


 ——先、急ぎますんで、しつれ…… あーぁッ


 赤い傘が宙に浮いて、今度は胸ぐら掴まれて——。


 ——おねがいッ、じっとしてて

 ——は……ぁ?


 彼女は、いまだけ一人にしないで——と、僕の胸に顔埋めて泣いたんだ。


 なにもかもが、理由わけわからなかったんだけど


 彼女の濡れた髪からいい匂いがして——

     彼女の体が小さくて、柔らかくって……

 彼女が泣きながら小さく震えてたんで——


 僕は、ただじっとして、彼女にされるがままにしてたんだ。


 ひとしきり泣いて涙が枯れたのか、彼女はそっと顔を上げて、危うい微笑みの口角で僕に言った。


 ——ありがとう……


 僕は、まだ彼女が泣き足りないんじゃないかって思って——


 細くて壊れそうな彼女の肩を手繰り寄せて、強く抱きしめたんデス。





 ペシっ—————


 ——調子乗ってんじゃないわよッ!!

 ——え、えっ—————ッ!?



 *———————*



 ——ボクたちの出会い、小説に書いたんだけど……どう、こんな感じで


 ——ダッセェーっ!! ワタシを!だッ、もっと可愛く書けよッ!


 ——このまんま、じゃん! 嘘イツワリなしの



       僕の横で、麻理子マリコがケラケラ笑っている。

       その笑顔が大好きな僕は、今も彼女のです。

 


【芒種】「嵯峨野竹林」ー赤い傘の女の子  了


                   千葉 七星


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