僕が映画を見ると起こること
月島
第1話 僕が映画を見ると起こること
「川が氾濫すると、この辺一帯は水没するんだって」
堤防に腰掛け、足をぶらぶらさせながらそう言うと、足元に流れる大きな川と、堤防沿いに伸びる遊歩道と更にその下の街並みを見渡した後、300メートルくらい先の堤防の監視塔を指差し
「あそこに皆を避難させたら良い」
その子はそう言った。
「あそこが1番高いから」
そう言って真剣な目で僕を見た。
そんなに大勢は入れないと思うけど…と思いながら、その目に逆らえない気がして
「そうだね」
僕はそう答えた。
その子は安心したようにニコッと笑い、視線を川に戻す。川の先、海と交わるあたり。白くもやって空との境界線も消えて居る。そこに結界があるかのように凝視していたその横顔を、僕はずっと忘れられなかった。
夢だったのか、誰だったのか、いつだったのか、定かでもないそんな思い出が、ずっとずっと記憶の大切な場所にこびりついていた。
「拓海〜、お前本当に映画見ないの⁉︎」
数メートル後ろで、追い上げようと必死に自転車を漕ぎながら、タケルが叫んでいる。
「行かない〜」
風に身を任せ、何度か目の同じ返事を歌うように返した。
「お前もあの漫画好きじゃん」
トキオがそれも何度も聞いた記憶がある文句を言って来たけど、俺だって、もう何度も同じ返事をしている。
「漫画は面白いけど、映画はいい」
追い上げてくる二人のスピードが緩んだので、俺もちょっと漕ぐ力を弱めた。
「俺、映画は見ないって言ってるじゃん。二人で行ってこいよ」
二人は不満げに顔を見合わせ並行して走っている。危ないのに。
「後で、DVD見るなら、映画館で見たら良いのに」
それも何度も聞いた。
「俺はDVDで良いんだって言ってるじゃん」
ため息が出る。
「前は良く行ったじゃん」
確かにママたちに連れられて、友達同士で良く行ったよな。
「〇〇マンとか、見たい訳?」
確かに昔誰もが夢中で見たよね。
トキオが膨れたのが分かる。昔大好きでいつか彼らの仲間になる!って言っていたのを、ママにバラされたからね。
「何だよ。付き合い悪いなぁ。どうしてそんなに映画が嫌いなんだ?」
そう言われたけど、別に嫌いなわけじゃない。
「映画館で映画見ると、その世界に入り込んじゃって、疲れるじゃん」
俺が言うと、2人は顔を見合わせた。
「大袈裟だなぁ」
「そんなに単純?」
そうじゃ無いのかよ。俺にはそっちの方が理解出来ないよ。
突然目の前で銃撃戦が始まったり、見たことの無い生き物に覗き込まれたり。
その度に、ビクッとなって心臓に悪い。
映画の中の仲間の為に泣いたり、怒ったり。…恋して身を焦がしたり。俺はもう、そんなの耐えられない。映画が終われば、もう二度と会えないのに、心だけ残して映画館を出る。日常がそこで待っているのに、戻れない。心は簡単には戻れない。
だから、もう映画館で映画は見たくない。だけど、伝わらない。二人だけじゃなく、親にも伝わらない。
家族サービスだと思って付き合いなさい!って言われて連れて行かれそうになったけど、頑として動かなかった。パパは怒り出し、ママはがっかりしていたけど。映画の中にも家族が出来る。パパママとわざわざ行く意味ないよ。映画を見ている間は左右のパパママは遠い幻じゃないか。
誰にも理解されないけど、映画館で映画を見るのはしんどいんだ。
僕が映画を見ると起こること 月島 @bloom
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