Psychosis

やまむら

超短々編

 午前10時、目が覚めると異世界だった。


 ……なんてことはもちろんない。いつも通りの古い天井が視界に入る。シミがあり過ぎて人の顔が至る所に浮かぶ。怠さを感じつつ体を起こす。六畳一間の部屋は相も変わらず狭苦しい印象を与える。というより実際は、布団を敷くと部屋のほとんどを占領してしまうくらいに狭い。

 ボロアパートに住み、生活水準も限りなく低いのであれば、新しいスタートを夢見てしまうものだろう。異世界に行くということは、それまでの自分を捨てて本当の意味で一からやり直せる新しいスタートなのだ。だが、もし行けたとしても何もできない・しないという結果になるだろう。それまで何もしてこなかった・できなかった人間が新天地に行ったとしても行動のクセや無知、経験不足で何も変わらないのだ。よくある異世界に行き現代知識で大活躍や特殊な力を授かり世界を救う等は結局他人任せか、元々力のある人間の話だ。

 だが、もしアニメや小説のように簡単に異世界に行けるなら行ってみたい気持ちはある。実際の異世界とはどういう世界なのだろうか。魔法が発達している世界?機械が発達している世界?モンスターの居ない世界?だが、それは結局空想の世界にしか存在し得ない都合の良い世界である。可愛い女の子と仲良くなり、恋慕われる生活を送れるなら送ってやりたい。しかし、悔しいが現実は違う。冴えない生活を送るこっちが現実だ。



 「世界よ、滅びてしまえ」と考えるが、既にこの世界は崩壊していたことを思い出した。少し前に僕の住むこの世界は、モンスターの巣食う異世界と混ざり合ってしまったのだ。



 台所で顔を洗い、髭を剃り、身支度をする。剃刀負けしやすい肌はいつもより赤みが少なく調子が良い。早寝早起きを心がけたことが良い結果を生んだと少し自信が出る。いつもの服に身を包む。そこでダガーを入れるベルトが無いことに気付き、どうしようかと焦る。腰や腹に入れておくと危険な時にすぐに取り出せず、命取りになるのであのベルトがあるのとないのでは生存確率が全然違う。30分程度部屋の中を探し続けたが、結局見つからなかった。仕方ないので普通のベルトを改造した。革製の他のベルトをある程度の長さに切り分けて、西部劇のガンマンが持つ銃のホルスターに似たダガーホルスターを簡易的に作った。自分の腕の長さや腰の位置を採寸して作ったため、前使っていた既製品よりも出し入れがし易かった。鏡を見て身支度が終わったことを確認し、台所の戸棚を開ける。いつもなら包丁が置いてある場所にダガーが置いてある。ダガーを手に取り、お手製ホルスターに仕舞う。やはり丁度良い。もしかしたら自分はモノ作りの才能があるのかもしれない。


 玄関を開けると太陽の光が目に染みる。少しの間視界が真っ白になるが、すぐに世界を目が捉える。長年見てきた風景はやはりそこには既に無かった。家の周辺にはアパートや一軒家が多かったが、空襲でもあったかのように建物の基盤だけが残っている。人間はあまり住んでいない地区になった。知らず知らずの内に大きく唾を飲み込んでいた。ここからは気を引き締めなければならない。もう前の世界とは違うのだから。 

 今回の外出の目的は、ある場所を根城にしているオークの群れを倒すことだ。今までドラゴンやリッチを簡単に倒せた自分なら楽勝な仕事ではあるが、やはり毎回外に出るたびに緊張してしまう。だからこそ、ここまで生きてこられたのではあるだろうが。


 目的地に向かう途中でゴブリンやはぐれオークに数多く出くわした。ダガーを構える自分の姿を見ると、彼らは叫び声を上げて一目散に逃げだす個体が多かった。だが、稀にオークの中には果敢に挑んでくる者も居た。ただ、この辺りのモンスターの特徴なのか、武器を持つ個体が限りなく少ない。素手で襲い掛かってくるのがほとんどなのだ。もちろん勝つのは武器を持っているこちら側だ。ただ不思議なのはモンスターが携帯を持っていたことであった。文字を読むことが出来ないのにどうして持っていたのだろうか。人間の真似をして馬鹿にしていたのか。つくづく嫌味な存在だ。


 目的地である廃屋のビルの前に着いた。時間帯は14時過ぎ。モンスターは夜行性なのか周囲に居なかった。突入する覚悟を決めようとした時であった。甲高い笛の様な音が轟いた。何かの骨で作られた馬車が数台、道の奥から凄い速さでこちらに向かってくる。乗っているのは骨の鎧を着たオークたちだ。身の危険を感じて瞬時にビルの中に飛び込んだ。

 崩れかけた階段を走って駆け上る最中、馬車のオークが早くもビルの前に着いたようだ。拡声器を通したような大声で、外から何か叫んでいるが言語が違うために理解できない。オークの根城がある5階に辿り着く。異様な静けさと緊張感が広がっている。緊張で乾いた唇を舐める。コツンコツンと自分の足音だけが反響する。ふと近くの部屋で物音がした。激しく脈打つ心臓を宥めつつ、その部屋の扉に耳を当て中の様子を探る。物音はしなくなったが、何かがそこに居る気配は感じ取れた。ゆっくりと扉を開ける。部屋の中には窓から日差しが差し込んでいた。机の上にばら撒かれた書類に光が当たっている。その奥の暗がりにオークたちは居た。恐怖を内包した目でこちらを見つめ、叫び声を上げ続けて威嚇をする。静かにダガーを構えて戦闘態勢を取ると、オークの中から一匹のオスが前に出てきた。両手を前に広げて敵意はないことをアピールしているらしい。しかし、信用は出来ない。この世界を崩壊に導いたモンスターたちだ。また裏切るに決まっている。近寄ってくるオークに対し、構えたダガーを力の限り振り下ろした。世界の為に。

 そこからは一瞬だった。部屋の奥で縮こまっていたオークたちは、血飛沫を見るや否や一斉に動き出した。ある者は1つしかない出入り口、つまりは自分の後ろにある扉を通って逃げようとし、ある者は窓から飛び降りた。結論から言うと、そこを根城にしていたオークは1匹も残さずに討伐した。全てが終わったその部屋は鮮血に染まっていた。見渡す限りの赤、赤、赤。世界を守った勲章のようで、その美しい色に酔いしれた。しかし、まだ仕事は残っていた。外にいる馬車に乗ったオークたちだ。彼らは一筋縄にはいかないだろう。あの装備を見るだけでも、相当の技術や経験があることに間違いはない。息を深く吸い込み、最後の戦いにその身を向かわせた。

 

外に出ると盾を持ったオークたちが半円状に包囲網を敷いていた。逃げ道はないようだ。自ら進む道を勝ち取らなければならない。ふと口元がにやける。この様な状況にいつから憧れていたか。昔見たアニメでもこういうシーンがあったなと思い出す。四面楚歌の中から生き残ってこそ、本当のヒーローというものだ。どうせならかっこよくヒーローらしく死んでやろう。オークが未だに何か大声で叫んでいるが意味は通じない。ゆっくりダガーを構えると、言葉が通じない事を悟ったのかオークたちも武器を構える。震える身体を感じながら、全ての力を振り絞り突進した。そして、甲高い金属音が響いたのを聞いた…。



「続いて次のニュースです。○○県○○市にて連続殺人事件があり、犯人はその場で射殺されました。動機は仕事上でのストレスによる…」

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Psychosis やまむら @yamamura

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