パーフェクト

須羽ヴィオラ

第1話 スコアブック

 こんなものが我が家に残っていたなんて。

 二階の子供部屋の改装準備をしていて、思いがけないものを発見した。

 どういう経緯で自分の手元に渡ってきたのか?

 今となっては覚えていないが、少年軟式野球時代のスコアブックが出てきたのだ。

 荷物運びの手を休め庭のベンチに腰を降ろすと、20年の時を経て私の懐に舞い

降りたスコアブックを往時の少年の心で開いてみる。


 『5月xx日。音羽町少年野球大会。於・小松原運動公園。 』


 最初のページに書かれた内容を見ると、これは私が小学校六年生だった時のもの

らしい。

 メンバーの欄には懐かしい仲間たちの名前が連なっている。そして九番バッターの

欄には、守備位置①として懐かしくも悔しいアイツの名前が記されている。


「この試合もアイツの完封勝利だったんだな。それに引き換え、自分の名はまだ出てこない」

 攻撃の推移を指でなぞりながら呟いた。私はスコアブックを膝におき、少年時代の

思い出を瞼の裏のスクリーンに映し出してみる。


 リンリン。

 自転車のベルがなり、続けてけたたましいブレーキ音が聞こえる。

「パンパー。ただいまー。今日は二本ヒット打ったよ」

 秀彰の甲高い声がした。パンパというのは秀彰が私を呼ぶときの呼び方である。

「ただいま」

 智宏の落ち着いた声が続く。

「試合の結果はどうだったんだ」

 と聞くと

「んー。まあまあかな」

 とそっけない答え。

 智宏が小学六年生、秀彰が小学五年生の年子で二人とも地元の少年野球イーグルス

に所属している。

「七対二、十対八で二試合とも勝ったんだけど、二試合目は兄ちゃんがリリーフして

八点も取られたんだよ」

「うるさいな。お前だってチャンスには凡退だったじゃないか」

「智宏選手が怒っているよ。ニャシャ・ニャシャ・ニャシャ」

 秀彰が智宏をからかって妙な踊りを踊ってみせる。


「あら、帰ってたの」

 二階から母さんの声がした。

「ごめんね。中が散らかってるから、ちょっと待ってね。手が空いたら外で

オヤツにしましょう。あら、お父さんなにやってるの」

 しまった。油を売っているのが女房殿に見つかった。

「いやぁ、ちょっと懐かしいものを見つけたもんだから」

 とスコアブックを振ってみせた。

 母さんはそれで納得したのかどうなのか、しょうがないわねといった体で頷き

「夕方までには荷物を物置にしまって頂戴ね。お願いしますよ」

 と言いながら二階の部屋に引っ込んだ。


「お父さん、それ何?」

 智宏が側にやってきた。

「何々。パンパ」

 と秀彰が割ってはいる。

「これは、お父さんの少年野球時代のスコアブックだよ」

「見せて見せて」

「お父さんの記録も載ってるの」

 二人が争ってスコアを覗きこむ。

「待て待て、そんなに慌てなくても、いま見せてやるよ」

 と私は子供たちを制し、それから、ちょっと勿体つけて

「いいか、ここには凄い記録が残ってるんだぞ」

 と付け足した。

「えー。何々。それってお父さんの記録なの」

 秀彰が興味津々の顔を私にむけた 。

「うーん、お父さんも少しは関係しているかな」

 そうだな。このことは子供たちに話しておいた方が良いかも知れない。

 私は、頭の中でことの成行きを整理すると、カレンダーを20年前に戻して話を始めた。

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