三章 無知の恐怖

頼れる存在

 金曜日の午後九時過ぎ。辺りはすっかりと闇に包まれていた。

 近所の公園にあるブランコに腰を下ろした剛司は、そっと息を吐く。遅い時間に人を呼び出すのは剛司にとって初めてのことだった。スマホで連絡ができる今、要件を伝えるだけならこうして呼び出さなくてもよかったのかもしれない。でも、今から話すことは直接話した。親友だからこそ一番に聞いてもらいたい。その気持ちが剛司を後押しして今に至る。

「よう。剛司」

 右手を上げながら歩いてきたのは、剛司の一番の親友で幼馴染の朋だった。

「来てくれてありがとう」

「いいって。近所だから問題ないよ」

 朋は剛司の隣のブランコに腰を下ろす。

「それで話って何?」

「うん。実は……」

 口を開いたのはよかったけど、直ぐに言葉に詰まり言い出すことができなかった。自分から朋を呼び出したのに、言う直前になったらこうして躊躇ってしまう。剛司の悪い癖だ。

 だけど朋はそんな剛司を、力強い眼差しを向けたまま何も言わずに待ってくれていた。

 やはり最初に話すのが朋でよかったと剛司は思った。剛司は朋の視線を受け止め、はっきりと口にした。

「日曜日にもう一度だけ、パラグライダーをやりに行きたいんだ」

「えっ……どうして?」

 剛司の発言に朋は驚いた。今まで剛司があれをやりたい、これをやりたいと自分の願望を口にしたことがなかったから。

 そんな朋の疑問に剛司は応える。

「靴を取り戻したことはメッセージで伝えたよね?」

「うん。剛司がみんなに伝えてくれたから」

「その時に靴を拾ってくれた女の子と会話したんだ。女の子の話を聞いているうちに色々とあって。最終的にパラグライダーをやろうって話になったんだ」

 色々と言ってはいけないこともあると思い、剛司は朋に関わりそうな部分だけ話した。

「つまり剛司は光や亮も誘って、女の子も含め五人でパラグライダーをしたいってこと?」

「……そうだね」

 やはり朋は剛司の言いたいことをわかってくれていた。昔からの付き合いで幼馴染。剛司の考えていることが朋には手に取るようにわかるのかもしれない。

 そんな朋が確信に迫る言葉を放った。

「でもさ、どうして二人で行かないの?」

「そ、それは……」

「もしかして、女の子と二人きりだと恥ずかしいから?」

 朋の言葉が剛司の胸に突き刺さった。

 確かに憧と二人きりの場面を想像するだけで、どうすればいいかわからなくなってしまう。剛司は生まれてから一度も異性とお付き合いをしたことがなかった。それをわかったうえで朋は発言しているはず。剛司はまるで心の中を覗き込まれている気分だった。

「……違うよ」

 それでも朋の言葉を剛司は否定した。

 朋の言うことは決して間違っていない。剛司の中に恥ずかしいという気持ちはたしかにある。だけどその気持ちがあるから朋に協力してほしいのではない。剛司にはそれ以上に強い気持ちがあった。

「女の子の為なんだ」

「女の子?」

「うん」

 はっきりと口にした剛司のことを、朋が訝しむように見つめてくる。その視線を受けながらも、剛司は続けた。

「女の子と会話した時に、空を飛びたいって言われて。だから僕はタンデムフライトを勧めたんだ。でも女の子は人と接することをほとんどしていなくて。そんな状態でタンデムフライトをするのって、正直怖いと思う」

「怖い?」

「うん。新しいことに挑戦するときって、勇気が必要だと思うんだ。僕の場合はみんながいてくれた。それにみんなからもらった靴もあったから、最終的に勇気を持ってフライトができたと思ってる。だからみんなが女の子と仲良くなってくれたら、女の子も勇気を持てるんじゃないかなって」

 自分がそうだからと言って、他人も同じ気持ちを抱けるとは剛司も思っていなかった。

 でもパラグライダーをやってみて思ったことがあった。何か成し遂げる時に、周りに知っている人がいるのといないとでは雲泥の差があるということ。憧は人間界に来てずっと一人だった。剛司一人が支えたところで、直ぐに改善に至るのは難しいと思う。それなら多くの人で彼女を支えてあげればいいのでは。少しでも知っている人から声をかけてもらえれば、それだけで一歩踏み出す勇気になるのでは。

「そっか」

 剛司の思いを聞いた朋がゆっくりとブランコから腰を上げた。

「やっぱり剛司は、剛司だな」

「えっ? どういうこと?」

 質問の意味が理解できず、あたふたする剛司を気にせず朋は笑みを見せた。

「いいよ。俺が協力できることがあれば協力するよ」

「あ、ありがとう」

「それで、俺はとりあえず予約とかすればいいの?」

「あ、いや。まだ女の子には日曜日にすることは伝えてなくて……」

「伝えてないんだ!」

 公園内に朋の声が響き渡る。剛司は頭をかいた。

「だから明日、会った時に話すつもり」

「ふーん。見切り発車ってわけね」

 剛司はブランコから腰を上げると、朋と向き合った。

「女の子に話して許可をもらったら朋に連絡する。それまで待っててほしい」

 朋に向かって頭を下げた。いつも迷惑をかけている朋に対して、剛司は懲りずにまた迷惑をかけようとしている。だから頭を下げるのは当然だった。

「顔上げろよ、剛司」

 顔を上げると朋は笑みを見せていた。

「了解。剛司の言う通り、連絡待ってる。とりあえず俺は、光や亮に予定の確認をしておくから」

「あ、僕が連絡するよ。朋にこれ以上頼るわけにはいかないし」

 これ以上、朋に迷惑をかけたくなかった。だけど朋は剛司の申し出を否定した。

「いいって。俺がする。そんな暇あったら明日のデートについて考えなよ」

「で、デート!?」

 朋のデート発言に、剛司は赤面した。

「だって男女二人で会うんだから、デートでしょ?」

「そ、そうかもしれないけど……」

「ほら。もう明日だよ。戸惑ってる暇あったら、家に帰ってプランでも練りなって」

 朋は剛司の背中を押すと、手で帰るように促す。

 朋の行為に甘えていいのか剛司は悩んだ。それでも、もし明日の会話の中で上手く憧を誘うことができなかったら、朋に伝えていたことが無駄になる可能性がある。朋はそれを見越して言ってくれているのかもしれないと剛司は思った。

「うん。ありがとう、朋。必ず連絡するから」

 朋の発言を素直に受け取った剛司は、そのまま走って公園を後にした。

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