12-8

 「弥絵ちゃんはひとりじゃないからね!」

 杉本が感情的な声で言った。可哀想な子への同情が込められているように、弥絵には聞こえた。

 「あ、あたしそんなこと言ってた? ゆめ、夢見てたんだよ!」

 実際どこから聞かれていたのだろうか。想像するのも恐ろしかった。あまりの状況に、自分の発した言葉が砂のように記憶からこぼれ落ちてゆき、見たばかりの夢の内容さえ忘失しそうだった。

 彼の胸に頬を押しつけられる。心臓の音が聞こえた。

 「うんうん。判ったから。僕でよければ、いくらでも甘えていいから。本当にだよ」

 杉本は弥絵の頭を撫でた。

 「わっ……」

 思いがけない彼の振る舞いに、弥絵は固まった。

 どうして頭なんか撫でるのだろうか。まるで子どもをあやしているみたいだ。

 自分はどんなことを口走ったのだろうか。その結果がこの対応なのだろうか?

 数秒後、硬直した弥絵の様子に、杉本はようやく気づいたようだった。

 「あ、ごめん! いやだった?」

 彼はぱっと両手を離し、同時に弥絵も呪縛から放たれた。

 「つい……ごめんよ」

 申し訳なさそうに謝られたので、弥絵はかえって困惑した。

 「い、いいよ。べつにいやじゃないし。じゃなくて、ごめん、間違えたのあたしだし」

 じりじりと後じさる。冷たい汗がこめかみから頬へ流れていった。

 「人違いだよ。お兄ちゃんと間違えたのっ!」

 杉本は妙に慈悲深い瞳で頷いた。ちゃんと理解しているのだろうかと弥絵は不安を感じたが、これ以上彼と対面しているのがいたたまれなくなってきた。

 「お……おやすみなさい……」

 言い捨てると返事も聞かないで診療室へ戻った。

 速攻でベッドに入ると、勢いよく布団をかぶった。

 いま起こったすべての出来事が、恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかった。

 医師にかけられた言葉が本当は嬉しかった。

 なのに、嬉しかったことを表立って認めたら負けだと弥絵は思った。なにが負けなのかは自分でもよく判らなかった。

 何度も寝返りをうちながら小さなうめき声を上げ、疲れ果てた挙げ句、ようやく弥絵は眠りに落ちた。

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