魔獣騒乱12

 “デ、イツマデコウシテルツモリダ?”


「さあ?俺にも分からん」


 まあ、ノープランですよ。そうではないかと思ってたんです。


 こちらはクルーア君とシャルルさん。現在、魔獣さんとは小康状態。文字通りの睨み合い。


 当初、積極的に攻撃を仕掛けても、ちょこまかと逃げ回られ、全く当たらないものだから苛立っていた魔獣さん。ここにきて慎重になったのか、あまり攻撃を仕掛けてこなくなった。


 いや、もしかしたらこれ魔獣さんバテたのかな?


 魔獣だって生物である以上、無限に体力が続く訳ではないでしょうから、その可能性も考えられるのですけど、それにしたって見た目からじゃちょっと分かりにくい。


 仮にバテているのだとして、このまま引っ掻き回して体力を消耗させ続ければ魔獣さんを倒せるかもしれないけれど、それだって結局は一時凌ぎでしかないですから、つくづく


「剣さえあればな…」


 思うクルーア君なのです。


 この間、クルーア君は生身での攻撃が効きやしないかと軽く蹴りを入れてみたりはしたのだけれど、全く効く訳もなく、本気で蹴ったら逆にこっちの足が折れてしまいそうなくらいでして、流石に生身での攻撃は諦めたのです…いや、試すなよ…


 “ドウスルンダヨコレ…”


 しかし、この場で今一番消耗してるのは、ただクルーア君に抱き抱えられてるだけのシャルルさんで


「ごめん…耐えてくれ…」


 等と言ったっ所で


 “サッキカラソレバッカリダナ”


 不満たらたらですけれど、ほんと耐えてください、クルーア君だって辛いのです。


 今のクルーア君にできる事は時間を稼いで、その間に軍が何かしら対策を講じてくれることに期待する事。


 軍が何の対策も講じる事ができなかった時は、何度も言いますけどノープラン。


「いや…軍にどうにかできるとも思えないなコレ…」


 実際、ここまで軍には有効な手を考える事さえできてなかった訳で…ね?辛いでしょ?


 そろそろ逃げるという事も選択肢に入れなくてはいけないか…と、考え始めた所に


「わ!本当にクルーア君だ!」


 思わぬ方向から声がかかったのが不意打ちみたいになったのは、それだけクルーア君が魔獣に集中してたからだけれど


 “ワ!バカ!”


 声の主に気を取られた一瞬を魔獣さんは見逃さない。


 その前足を大振りする事無く、小さく、鋭く、最短距離での攻撃を仕掛けてくる。


 しかし、油断してたとはいえクルーア君、これは難なく躱して空振りとなる。


 空振りとなった事で魔獣の方に隙ができ、その隙をついて声の主が魔獣の眼前へと飛び出したと思ったら何やら魔法を放ち、受けた魔獣が咆哮と共に悶絶する。


「クルーア君、こっち!」


 どうやら目つぶし的な魔法を魔獣にかけたらしく、この隙にと声の主がクルーア君を引っ張って建物の陰に隠れる。


「ごめんね~?急に声かけちゃって」


 あんまり反省してるとは思えないその口調には聞き覚えがあり


「いやーそれにしても久しぶりだね?5年ぶり?6年かな?」


「…イヅチ先輩…」


 それはクルーア君の王国士官学校の先輩であり、昔から若干の苦手意識を持っているスカーレット…


「ねーねー、まだフェリアちゃんと付き合ってるの?」


「な…今も昔も付き合ってないです!」


「またまたー」


 若干じゃなかった…すごく苦手だわイヅチ先輩…


「それで近衛騎士様がこんな所で何やってるんですか?」


 本気で苦手ですから、できる事なら相手をしたくないクルーア君ですけれども、この状況ではそういう訳にもいかないですから、社交辞令的に質問してみれば


「いやー、対ヴィジェ・シェリル用決戦兵器として軍から近衛…というか、わたしに協力要請があったのだけど、ついにヴィジェ・シェリルが出た!って言うから来てみたら、なんかもっと大変な事になってるじゃない?…あれ?もしかしてアレがヴィジェ・シェリルなのかな?」


「そんな訳あるか!」


「知ってるー。さっきも軍の人に言われた!」


 これですからね?


 この状況下での悪ふざけというのは、この人のメンタルの強さを表すものかもしれないですけど、相手をする方はたまったものではありません。


 それに加えて


「ところでクルーア君、なんで猫なんか抱えてるの?」


「いや、これは…」


「ははーん…さてはあの魔獣さん、その猫ちゃんがお目当てなんだね?」


 てな感じで、妙に勘が鋭かったりするのも彼女の扱い難さの一端であり、ポーカーフェイスができないクルーア君にとっては尚更苦手な相手という訳で


「当たりみたいだねー?」


「くっ…」


「ふふーん…理由は聞かないであげるよ!」


 フェリア先生に対してとは、また別の理由で全く頭が上がらない相手なのである。


 とはいえ彼女が現れたのはクルーア君にとっては僥倖。


 何しろイヅチ先輩のその腰には、クルーア君が今最も欲している物である剣がぶら下がってる訳であります。


 それさえお貸し頂けたなら、この事態を打開してみせるのでありますけれど


「駄目だよ、クルーア君」


 勘の良いスカーレットには、クルーア君が何も言わずともその考えはお見通し。


「それは最後の手段にせてくれないかな?」


 やんわりと断られるけれども、それを最後の手段にするって事は


「…それは、他に何か対策があるって事と考えて良いんですかね?」


 という事だろうと期待をしてしまいますけど


「うん、一応ねー」


 でも、あんまり期待しないでね…というのを言外に含んだその言葉は、なんだか上の空。


 そんな上の空のスカーレットが、その視線を文字通り上の空へと向けて


「おー来た来た。思ったより早いな」


 なんて独り言てば、当然クルーア君はその視線を追う訳でして、その視線の先には謎の飛翔する物体が…


 ってまあ、この世界のこの時代で飛翔する物体と言ったら、鳥でなければあの子しかいないのですけど…


 飛翔する物体は、いまだ視力が回復せず、猫が顔を洗う要領で目の周りをゴシゴシしてる魔獣さんを中心に、旋回するように飛んできてクルーア君達の目の前へと着地する。


「先程の二人、避難所に預けてきました!」


「ご苦労様。早いね?張り切り過ぎて魔力切れとかならないように気を付けてよね?」


「はい!大丈夫です!」


 という訳で、何故かテンション高めのエリエル・シバースちゃんの登場という訳で


「さてクルーア君、本題に入ろうか」


 話を進めようとするスカーレットですけど


「いや、ちょっと待ってくださいよ…」


 クルーア君はそれを止めるのです。


 何故なら


「なんで、この子を巻き込んでるんですか?」


 それが気に入らない。気に入らないのだけれども


「クルーアさん…あの、私がやりたくてやってるんで…」


 そう当人に言われてしまえば、クルーア君に返す言葉はない。


 返す言葉はないけれど、ポーカーフェイスができないクルーア君。そうは言ってもやっぱり面白くないというのが顔に出てしまう。


 だってあなたは魔法少女を辞めるんじゃないの?


 そんなクルーア君の複雑な思いを、スカーレットは見逃さない。


「クルーア君。わたしにだって近衛騎士としての面子がある」


 何度も書くけれどもクルーア・ジョイスはスカーレット・イヅチが苦手である。


「できる事なら民間人の手を借りて、あまつさえ危険にさらすなんて事は避けたい…彼女に関しては違法行為でもあるしね?」


 どこか上から目線で圧が強く、いつもふざけてるようで、だけど隙がなく、言ってる事のどこまでが本気なのかわからず掴み所がない。


「でもね?そんな事を言ってる内に救えたはずの命を救う事ができなかったら、それはもっと嫌なんだ」


 だからこの言葉だって本気かどうか、どこまで信じて良い物かわからないのだけれど、妙に説得力があって心に響いてしまう。


「分かってくれるかな?」


 クルーア・ジョイスはスカーレット・イヅチが苦手である。


 けれど、どうしたって嫌いにはなれないんだ。


「チッ…」


 舌打ちは渋々ではあれ納得の裏返し。


 でも、その台詞は法律なんかクソくらえと言ってるとも取れるものですから公人としてどうなんだ?良いのかそれ?とは思います。はい…


「では、本題に入ろうか!」


 さて仕切り直し。


「これから、わたしと魔法少女君で逃げ遅れてる人の捜索と救助を行います。さっきわたしが魔法で調べた所残り5~6名って所です」


 突然の説明台詞と、魔法で調べたってどうやって調べたのか?というのが気になるところですけど話を進めます。


「それが終わったら、わたしが合図を出します。そしたらクルーア君は10秒以内に魔獣さんから最低でも半径200m離れてください」


 10秒以内に200mとか普通に考えたら頭のおかしい事を言ってますけれど、言われたクルーア君が、それは造作もない事と思ってますので話を進めます。


「そうしたら、向こうで待機してるうちのシバースが遠距離から特大の魔法を打ち込みます。以上が作戦です」


 さてこの作戦、クルーア君には一つ気になるところがありまして


「この作戦って、もしかして先輩たちが救助活動してる間は俺達が魔獣を引き付けておく事が…」


「やだなー、そんなの大前提に決まってるじゃないか」


「ですよねー…」


 まあそりゃそうですよ。最初からクルーア君たちは計算に入ってる訳で


「何度も言うけど、君たちの力を借りるのは、わたしの本意ではないんだからね?」


 てな事言われても、嘘をつけ!としか思いません。


 とは言え、これまで後先の事は全くのノープランで、ただ魔獣さんの足止めをする事に終始していたクルーア君たちに、作戦内容の是非はともかく一つの指針が示された訳です。


「いいですよ…やりゃいいんでしょ?」


 それは大きな前進。断る理由はありません。


 魔獣が咆哮をあげ、視力が回復したのを告げると同時に


「じゃあ行こうか?魔法少女君」


「はい!」


 言って二人がその場を離れて救助活動へと向かい、その姿が見えなくなったと同時に


 “ナンカ…凄イ人ダナ?アノ近衛騎士…”


 シャルルさんがクルーア君に念話で話しかける。


 今まで、シャルルさんがずっと黙っていたのは、魔獣さんに自分達の居場所を察知されないためであり、今クルーア君に話しかけたのは、逆に魔獣さんに自分たちの居場所を察知してもらうためである。


 それはつまり、いつ終わるとも分からなかった魔獣の足止めに、一応の終わりが見えた事によって、シャルルさんも腹を括ったという事。


 それはそれとしてクルーア君、シャルルさんがスカーレット・イヅチに対して変な誤解をしないように、これだけは言っておこうと思ったのです。


「悪い人じゃないんだよ?…悪い人じゃ…」

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