魔獣騒乱5

 『聖女の剣』


 もしくは『エヴァレットの剣』


 『聖グリュフィス伝』において、グリュフィス・シバースと共に魔獣と戦ったというのが最も古い伝承であり、『聖エヴァレット』から、その力を直接授かったという伝説が名前の由来である。


 500年前、後の初代パナス王と共にアナトミクス・シバースと戦ったという話が最も有名であり、直近だと150年前、エルダーヴァイン家が主導して行った『エヴァレットの塔』の大調査に同行していた。


 伝えられる神話伝承は、全てが偽物という訳ではないけれど、すべてが本物という訳でもなく信憑性が高いのがこの3つという事なのですけど…


「この3つの話に出てくる『聖女の剣』は、全て同じ人物だと言ったら信じますか?」


 シニャック老の口振りからは冗談と受け取る事ができないのだけれど、しかしあまりにも突拍子もない話であるから


「またまた~」


「シニャックさん、からかわないでくださいよ?」


 そんな反応になってしまう。


 事実だとすれば『聖女の剣』もまた不死者であり、今もこの世界のどこかにいるという事なのか、あるいは時間移動でもしているというのか…シニャック老は優しく微笑むだけで答えない。



 500年前、アナトミクスの実妹クリスティン・シバースは『聖女の剣』と、それと同等の力を持っていた初代パナス王の身体を興味本位で調べたという。


 分かった事は、魔法を使う事ができないはずのこの二人の体内魔力量が異常に高いという事。


 ほぼ無限に魔力を生み出す事のできる身体だそうで、それが彼らの能力にどのように作用しているのか…あるいは彼らの能力とは全く関係のない事象なのかは分からないけど


「マリーの体質と真逆って事か…」


 メリルさんがぼそりと呟く。


 マリーのような自分で魔力を生み出せない体質の人間は、単純に魔法が使えないと思われるだけので世界に現在どれだけいるのか、過去にどれだけいたのか全く分からない。


 たくさんいるのかもしれないし、いたのかもしれないし、全くいないのかもしれないけれど


「もしかしたら『聖女の剣』とマリーのような子は、対になる存在なのかもしれませんね…」


 という事で、シニャック老が話してくれたシニャック老の知る限りの『聖女の剣』に関する情報は以上でありまして…まあ、まだ何か隠してそうではありますけれど…って事で


「結局の所、あの能力に関しては何にもわかってないって事だよね…まさか、本当に聖エヴァレットが力を授けたという訳でもないでしょうし」


「それだとクルーアちゃん、エヴァレットに会った事があるって事になるもんね~」


 遠回しに探りを入れてみても、やはりシニャック老は優しく微笑むだけ。これでこの話は終わり。


「私からすると、得体の知れない『聖女の剣』より、理解できる分ソフィア様の方が驚異的だと思ってしまいますね?」


 それまでの会話にあまり興味が無さそうだったダリオさんが話題を変えますけれど、この話題は女性陣には不評のようで


「パ…父さん、その話は今はやめてほしいな」


 だから間違えるならパパママで良いじゃないかと…フェリア先生に釘を刺されてしまいます。


「す…すみません…」


 娘相手に縮こまってしまうのを、見かねたという訳でもないのでしょうけど


「まあでも…あの子の能力も王家の呪いよね~…」


 フォローを入れるノエルさんなのでした…いやこれフォローか?

















 恥ずかしい…ああ恥ずかしい…恥ずかしい…


「あの…クルーアさん大丈夫ですか?」


 お空から降りてきたエリエルちゃんに心配されて、いろいろな感情がごちゃ混ぜになっているのだけれど、その中でも特に恥ずかいという感情が突出していて、クルーア君は今もし目の前に穴があったらフライアウェイする事でしょう…いや、言葉としておかしいのは分かってるんだ…


 怒りに我を忘れ、取り乱した上での大失態を演じた訳ですから顔から火が出るというのを体現しちゃってますけれど、これエリエルちゃんが駆けつけてくれなかったら、恥ずかしいでは済まされない事態になってたのですから、兎にも角にもまずはお礼を言いなさいよ。


「あ…ありがとう…」


「いえ…それより怪我人ってあの人ですか?」


 言ってもエリエルちゃんはクルーア君が取り乱してる所なんて見てなかったですし、気にし過ぎるのは自意識過剰というものです。


 とりあえず、マリーが無事だったので結果オーライ。深呼吸して心を落ち着け、本来の目的を果たすべく


「ああ…でもこの状況じゃここで傷の手当は…」


 まで言いかけて、今更の事に気付く。


「あれ?…なんで魔法少女?」


 言外に「辞めるって言ってたじゃん?」というのが含まれてるのは、当然エリエルちゃんには分かりますから


「こ…これは…成り行きで!」


 という形で誤魔化します。


 普通に考えれば、いったい何をどう成り行けばそういう事になるのかと思うものです。


 しかしながら、彼女がシャルルさんが念話を送った結果駆け付けたのであれば、ここに来る前は聖グリュフィス聖堂孤児院にいたという事になります。


 そういえば昨夜、フェリアがそんな話してたっけ…


 それなら、その成り行きというのも然もありなん。


 だとするとそこにクルーア君のお母様が関わっている…いやおそらく主導している事はほぼ間違いないという事でして


「わ…わりぃ…」


 思わず謝ってしまいますけど、エリエルちゃんはなんで謝られたのかサッパリですからキョトンとしてしまう。


 そこへ二人の様子を見ていて、いつものクルーア君に戻ったと感じ、内心ホッとしているパーソンくんが駆けつけますけど、内心ホッとしてしまってる事が面白くないものですから


「どうしたんですかクルーアさん?らしくもない!」


 ついつい悪態をついてしまう。


 クルーア君からしたら、せっかく忘れかけていた先程までの恥ずかしさを、再び穿り返されたようなものですから、何も言わずにジトッとした目でパーソンくんを睨みます。


「あのジェリコーと何かあるんですか?」


 それは素朴な疑問から出た言葉だったのですけれど、それを聞いたクルーア君はやや呆れ気味に


「はあ?お前は知ってるはずだぞ?」


 答える。


 そうは言われても、何の事やらさっぱり分からないパーソンくんの頭の上に、クエスチョンマークが三つ並んだ所で


「あのな…お前も守護隊なら、アルフォンス・ジェリコーが何をして指名手配されてるのか知ってるよな?」


 なんだかんだ人の好いクルーア君がめちゃくちゃ親切なヒントを出し


「それは…10年前の国王暗殺未遂…」


 パーソンくん、答えにたどり着く。



 10年前のシバース教アナトミクス派のクーデター事件の最中。アルフォンス・ジェリコーによって行えわれた、当時まだ王太子であり即位を目前に控えてた現国王シルドラ・パナスの暗殺は、護衛にあたってた一人の守護隊隊員の犠牲によって未遂に終わる。


 その守護隊隊員がクルーア・ジョイスの実の父親であるというのは、最近聞いたばかりの話であって、ジェリコーに対して怒りで取り乱すのもそれは最もな事であり、パーソンくんとんでもない地雷を踏み抜いてしまったと気付いて


「す…すみません」


 誤ってしまいますけど


「別に謝らなくてもいいよ」


 クルーア君はそれを気にしにしてない様子。


「それよりも、今はアレを何とかしないと…」


 現状、最も重要な問題であるアレを指差す。



 エリエルに蹴り飛ばされたアレは、しばらく倒れたまま動けずにいたけれど、ようやく動き出してゆっくりのっそり身体を起こす。


 起き上ったアレは象ほどの大きさの…シルエットだけ見ると、どちらかというとネコ科の動物のようであり、しかし全身は鱗で覆われていて、頭部を含めて爬虫類のようでもあ…あれ?


「な、なんか、さっきより大きくなってないですか?」


「いや…気のせい…じゃないな…」


「アレ何ですか?あんな動物、図鑑でも見た事無いですよ…」


 実はこの時点でアレが何なのかクルーア達は理解できてない。


 あの姿から思い浮かぶ単語はあるのだけれど、心のどこかでそんな物がいる訳がないと決め付けてしまい、その単語を使うのを拒否してしまっている。


 しかしクルーアは、広義で言えばアレの仲間に当たるのかもしれない生物が、自分達の傍にいる事を知ってる訳で


「なあ、シャルル…アレ…もしかして魔獣か?」


 振り絞るようにその単語を使うと


 “モシカシナクテモ魔獣ダナ…”


 予想通りの答えが、パーソンとエリエルにも聞こえるように返ってくる。


 その念話に呼応するかのように魔獣が咆哮をあげ、空気を震わせるが、パーソンはそれよりもシャルルが言葉を話した事に驚愕し、エリエルは魔獣と言う単語から、昔聞いた一人の少年の言葉を思い出す。



『ところで聖グリュフィスが戦い倒したとされる魔獣の王って、人間を魔獣化した物だったんじゃないかって説があって、僕はこれにすごく興味があってね?そんな事がもし可能であるなら、例えば流行病に対して耐性をつけるなんて事もできるんじゃないか?と思うんだ。そのために僕はいつか魔獣化魔法の禁忌を一部解除し、技術的にも法律的にも復活させたいと思ってる…』




 そう夢を語った少年の言葉から受けた魔獣のイメージと、目の前にいる魔獣の姿があまりにもかけ離れたものだったから、エリエルは戸惑いを隠せないのです。

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