魔獣騒乱6

「魔獣ってあんな姿なんですか?あれじゃまるでドラゴンじゃないですか!」


 ドラゴンの定義というのが良くわかりませんが、大きな爬虫類である事がその一つであるのなら、この生物もドラゴンと言える…のでしょうか?


 ドラゴンにまつわる神話伝承の類というのはこの世界にもあるもので、それは時に神、時に悪魔として伝えられ、あるいはファンタジックな物語の中で、面白おかしく描かれる物ではありますけど


「ドラゴンだって魔獣でしょ?」


 このパーソンくんのツッコミが概ね一般的な認識。


 何しろ聖グリュフィスの魔獣討伐英雄譚にも、敵として登場する訳ですから


「え?そうなんですか?」


 これはもうエリエルちゃんの天然ボケなのであります。


 しかし、そんな話をしながらでもエリエルちゃん。誰に指示されるでもなく、自然な流れで、気を失ってるマリーに応急処置の治癒魔法を施しつつ、肩を組むようにして抱え上げる…という器用な事をやりながら飛び立つ準備を完了させてるのだから、なかなか機転の利く子ではあるに違いない。


 ところでパーソンくん、目の前でエリエルちゃんが違法行為やってるんですけど止めたりしないのだろうか?空気読んだのか?


 まあ、それはそれとして…飛び立つ準備をしたのは良いのけれど


「どうするんだ?」


 どこに連れて行くつもりだ?という意味を含めて、クルーア君の当然の疑問に


「えーと、フェリア先生に治療が困難なら聖堂まで運ぶように言われてて…」


 なるほど、あそこまで行けば、いざという時は母さんが何とかしてしまうだろうし、フェリアもいるなら心強い…あれ?なんでフェリアがいるんだ?


 までクルーア君考えます。


 メリル母さんなら何とかしてしまうというのもフェリア先生がいるから心強いというのも、根拠の無い謎の信頼感なのでありますが、現状マリーをどうするか、と考えた時にそれが最善手である事は間違いないと思われますから


「分かった、マリーを…」


 頼む…と言いかけた所で再び魔獣の咆哮が空気を震わせる。


 分かってたって耳元で大声出されれば耳を防ぎたくなるのと一緒で、間近で魔獣の咆哮を浴びてしまえばどうしたって気圧されてしまう。


 そこへ、その巨躯からは想像できないようなスピードで襲いかかってこられれば、避けるのが精一杯という事で、右へ左へ後ろへ上へと四人と一匹が散り散りになった所で、またも魔獣の…今度は上空へ向かっての咆哮。


 それは、まるで獲物が仕留められずに苛立ってるかのようであり、上空へ向かってという事はやはりこの魔獣の標的はエリエルが抱えるマリーなのだろうか?と思っていたら、その視線をゆっくりと一匹の方へ移動させる…


「フミャッ?」


 という声と


 “ナンデ?”


 という声がクルーアの耳と脳に同時に聞こえてきて


「シャルル!」


 逃げろ、と叫び声をあげるよりも早くシャルルは猛ダッシュで逃走を図り、それを魔獣が追いかける。


 いくら猫がすばしっこいとは言ったって圧倒的体格差がある訳ですから、シャルルの10歩が魔獣の一歩で、あっという間に追いつかれそうになるけれども、間一髪で狭い路地へと逃げ込んで難を逃れた…かと思いきや、魔獣はそのまま周囲の建物を破壊しながら強引に路地を通り抜けようとする。


 建物の中にはまだ人もいるのですから、こちらも何とかしなきゃなんですけれど、それにしたって何故あの魔獣がシャルルを追いかけるのかが分からない。


「ははは!なるほど、あの猫のような生き物が魔獣ですか?あれでは見ただけではわかりませんね…」


「…どういう事だ?」


「いやですね?…どうもワタクシたち以外にも魔獣がいるみたいでしたので、見つけたら追いかけるように指示しておいたのですよ」


「ふーん…」


 という、ジェリコーとシェリルの会話が聞こえる訳もなく、理解が追い付かないクルーアは戸惑ってしまう。


「大丈夫ですか?」


 そこにエリエルが降りてきて声をかけるから、クルーアも我に返って


「こっちは良いから、君は早くマリーを聖堂に!」


 言いますけれど、そんな事はエリエルだって分かってる訳で、じゃあ何故わざわざ降りてきて声をかけたのかというと


「あの、無理しないでください…よく分からないですけど、いざとなったらメリルさん…という方の息子さんが何とかしちゃうそうですから…」


 これを伝えるためであって、これを聞いたクルーアの反応はというと


「はあ!?」


 そりゃこうなります。


 その「はあ!?」にはクルーアとメリルの関係をエリエルがまだ知らない事とか、今それを言うのかとか、いろいろな事が含まれてるのですけど、一番は母から子に対する謎の信頼に対してで、自分だってメリル母さんに謎の信頼を寄せてる事は棚に上げて照れ臭く感じ、同時にほんの少し前、危うくその信頼を裏切りそうになった事を思い出し、再び恥ずかしさが溢れ出しそうになるのをグッと堪えて深呼吸。


 吸い込んだ空気を一気に吐き出し


「ああ俺が何とかする…俺はこの物語の主人公だ、心配するな!」


 若干引きつった笑顔で慣れないサムズアップ。


 その言葉を聞いても、エリエルにはクルーアとメリルの関係がすぐに結びつく事は無はなく、どこかで聞いた事のある「この物語の主人公」という言葉に引っ掛かりを感じ


「え?…あれ?…」


 ちょっと混乱しますけれど


「いいから早く行け!マリーを頼む」


 クルーアに強めの命令口調で言われて、今の優先順位の最上位を思い出し


「はい!」


 元気よく返事して、ようやくお空へ飛んで行く。



「あの、僕はどうすれば…」


 それを待ってたという訳ではないのでしょうけど、今度はパーソンが何故かクルーアに指示を求めてきます。


 本当は、このまま周辺住民の避難誘導とか救助活動とかやってもらいたい所ですけれど、それを自分が指示するのは、どうにも筋の通らない事と感じて


「お前は守護隊隊員だろ?合流して守護隊の仕事しろ!」


 もっともな事を言うクルーアだって、実はパーソンと同じく真面目で融通の利かないタイプの人間なのです。


 それはそれとして言われたパーソンは何故か嬉しそうに


「はい!分かりました!」


 元気よく返事して、近くの守護隊に合流すべく走り出す…この時何故自分が嬉しく思ってるのかをパーソンが自問するのは、もう少し時間が経ってから。




 さて…



 二人を送り出したクルーアがやるべき事は、魔獣を止め、シャルルを助ける事なのだけど、しかしその前に…



 おそらく、パーソンはその存在を忘れてたのじゃないかと思うし、エリエルに関しては存在に気付いてすらいなかったのではないか…というくらい空気と化してたけれども、まだここにジェリコーとシェリルが残っている。


 牽制の意味も込めて睨み付けると、シェリルをお姫様抱っこしたままのジェリコーは、薄気味の悪い微笑を浮かべるだけでその場を動こうとはしない。


 しかし、これ以上この二人がこちらに仕掛けてくる事は無いだろう…というのは全く根拠の無い希望的観測でしかないのだけれど、ジェリコーの後ろに、おそらくはアナトミクス派の仲間なのであろう巨漢の男が現れるのを見て、やはり根拠はない確信に至る。


「いつか必ず、けり付けるからな…」


 相手に聞こえる事は無い若干捨て台詞っぽい言葉を呟き、クルーアは魔獣を追うべく走り出した。












「あまり目立つような行動は慎んでもらいたいと言ったはずだが…」


 その男、細身で猫背のジェリコーに対して、ガッシリした体形とその姿勢の良さで、若干背は低いはずなのに遥かに巨漢と感じられる。


 纏うローブのフードを深々とかぶってるため、その顔を窺う事はできない。


 で、その男が声をかけてるというのにもかかわらず


「あのデカいのって、ヘスコーのペットなのか?」


 降ろしてもらうのは諦めたらしいお姫様抱っこ状態のシェリル姉さん、気付いてない訳はないのだけれど、敢えて無視してジェリコーに話しかければ


「ええ、そうですよ?立派に成長したでしょう?」


 こちらも居ないものとしてそのまま会話を続けますから、いい加減その男も痺れを切らす。


「おい!」


 声を荒げるのだけれども


「お前が何かやったのか?」


「ええ、ちょっとした実験を…魔獣化魔法に興味がありましたから自分でもできないかと試してみたのですが、魔法自体は難しいものではありませんでしたよ?アナタでもできるのではないですか?」


 変わらず、居ないものとして会話を続けるものだから、ついに男は腰の剣に手をかける。


 こうなれば、流石のジェリコーも無視する訳にもいかなくなる訳で


「いやですね~冗談じゃないですか?えーと『トレートル』殿とお呼びすれば良かったのでしたっけ?」


 調子の良い事を言い出しますけど、トレートルと呼ばれた男はその言葉を受けて腰の剣から手を外す。


「それにしても追わなくてよいのですか?『器』、連れて行かれちゃいましたけど」


 剣から手を外したのを確認し、挑発気味に言葉を選べば


「私には、貴公がわざと逃がしたように見えたがね…」


 トレートルも負けずに険のある言葉を返す。


「嫌ですね~それは誤解ですよ?何しろワタクシは『器』には全く興味がありませんから」


 これはジェリコーの本音であり、マリーが居なくなろうと知った事ではない。


 シェリル姉さんにしたって同じであって


「そんなに大事なら、アタシなんかに任せなければ良かったのにさ…」


 嫌味の一つも言いたくなるというもの。


 『器』マリー・クララヴェルを必要としてるのは組織のリーダー、エドモンド・グラーフ。


 他の連中には他の目的があり、各々が各々の目的のために組織を利用し、利用される事で、かろうじてバランスを保ってるというのがシバース教アナトミクス派の上層部。


「それよりもワタクシ、一つ気に入らない事があるのですが」


 当然ジェリコーにもジェリコーの目的がある訳で、そのために組織を利用しているというのに


「アナタ、ワタクシにあの男の情報隠してましたね?」


 肝心の目的に関する情報を、組織が隠してたとあっては面白い訳がなく、トレートルに詰問するから、今にも二人衝突しそうな雰囲気になった所へ


「待てアルフォンス。クルーア・ジョイスの情報をお前に隠したのは私の指示だ…」


 何も無い所から唐突に姿を現した、アナトミクス派のリーダー、エドモンド・グラーフが、その会話に割って入る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る