魔法少女の翌日5

 涙が止まらない。


 最初は、まるで犯罪者であるかのように扱われた事への、抵抗感からの涙だったけれども今は違う。


「アタシの娘」とメリルは言った。


 当たり前の事だけれどエリエル=ソフィア・パナスは彼女の実の娘ではない。


 ユーリカ・マディンは?


 彼女は孤児であり、やはりメリルの本当の娘ではない。


 しかし彼女は何の躊躇もなくユーリカを「アタシの娘」と呼んだのだ。


 涙が止まらない。


 エリエルからしてみたら、メリルは今日初めて会ったばかりの人だ。そこまで情が湧くはずもなく、でもそんな人が自分の事を「娘」と呼んでくれた事がただただ嬉しい。


 物心つく前に母親を亡くしたエリエルには、母親の記憶が無い。母親というのは想像上のものでしかなく、それは明るく朗らかで優しく暖かく自分を包み込んでくれるような存在。


 理想像だけれど、そのエリエルの理想の母親像に「強くて大きな存在」というのが書き加えられた。


 今、目の前にいて自分の盾になってくれているこの人が、本当に自分の母親だったら…


 そう考えて、しかしそれは自分を生んでくれた、本当の母親に対してあまりにも失礼だと気付いて首を振る…


「リカちゃん大丈夫?」


 気付くと、いつの間にかメリルがエリエルのそばまで来ていた。涙が止まらないでいるエリエルに気付いて乗客に詰問するのを止めてすっ飛んできたのだけれど


「だ…だい…じ」


 そんな事されたら、せっかく止まりかけていたエリエルは涙がまた溢れ出してしまうし、そんなエリエルを見てしまえばメリルはギュッと抱きしめずにはいられなくなる。


これが母親の温もりというものなんだと噛みしめるエリエルを、ギュッとしたままメリルは、顔だけをしっかりと上げ乗客をキッと見やると


「アタシだって全く差別をしない訳ではないし、だからシバースを差別するななんて偉そうな事は言えないと自分でも思います。」


 断りを入れて


「それでも、自分の娘を犯罪者予備軍とか…そんなひどい言葉で傷つけるような事をアタシは許せない」


 毅然と言った後で


『あ~でもこの子犯罪やっちゃってるわ…』


 と母は思い


『いや…でも私犯罪者なんだよな…』


 と娘は思う…いやまあそうなんだけれども…



 とりあえず言う事は言ったし、このままこの馬車に乗る訳にもいかないだろうし、乗っていたくもないので、ここはさっさとお暇しましょうと


「失礼します!」


 メリルが言ったところへ

 

「あなた、もしかしてエステバン様ではありませんか?」


 それまで黙っていた乗客の一人。老婦人が口を開きそれを聞いた乗客がざわついて、メリルが一瞬強張るのをエリエルが感じるのと同時に


「よしてください…私はもうエステバン家の人間ではありません」


 老婦人を見る事もなく、そういう言葉での否定の仕方をした。


 エステバンという家名に、エリエルは聞き覚えがあったけれどもよくわからない。しかし「もうエステバン家の人間ではない」という事は、かつてはエステバン家の人間だったという事だろう。そしてそれはメリルにとってあまり触れられたくない事なのだろう事を、その強張る様子から感じ取る。


「やはりエステバン様でいらしゃいましたか…なら仕方ないのかもしれませんね…」


 しかし、それで彼女がエステバンその人だと得心を得た老婦人は、メリルが何が仕方ないのかと問い質すよりも早く


「あなたはお強いから…わたくし共のように力無い者が、自分たちには無い異質な力を持った者を畏怖する気持ち等、お分かりになられないのでしょう?」


 言葉を続け、それを聞いたメリルが明らかに動揺するのを感じ取って、エリエルが不安げに見上げると


「違う…」


 他の誰にも聞き取れないだろう小声でメリルが呟いた。


「エステバン様?…あなたが仰られた事は正しいのでしょう…わたくし共がシバースを避けたがる理由に根拠等存在しないのでしょうね?けれども、正しいだけではどうにもならない事があるのですよ?」


 老婦人はあくまでも落ち着いた雰囲気で、メリルを諭すかのように言葉をつづけ


「何より、あなたの正しさをわたくし共に押し付けないでいただきたいのです」


 その言葉で止めを刺す。


 老婦人は「間違っていて何が悪いのだ」と言っている。


 それは居直りでしかなく、いくらでも反論できるものだなのだけれど、彼女は同時に「それはあなたのエゴですよ」と言って反論する事を拒んでる。


 その通りだなってメリルは思ってしまった。メリルだからそういう風に考えてしまったのかもしれない。しかし…


「アタシは…」


 強くなんかないという言葉を言外にして、しかしこれ以上は何を話しても平行線なのだろうとも悟っているので、今度こそここを立ち去ろうと最後に老婦人の顔をキッと見やって


「これで失礼します!」


 精一杯の強がりにも…


「あなたは良いお母様なのですね?」


 終始笑顔の老婦人…今後登場する事は一切ないモブキャラにメリルさん完敗。


「行こうリカちゃん…」


 エリエルを促し敗走する。







 馬車を降りれば、いつの間にやら騒ぎを聞きつけ、野次馬が集まっている。王都守護隊もやってきたみたいで気まずい…非常に気まずい


「まいったな…」


 さて、どうするか…エリエルを連れたまま守護隊に事情聴取されるのは避けたいのだけれど、これは避けられないかな~面倒くさいな~なんて考えてたところへ


「メーリル~!」


 どことなく間の抜けた声が聞こえたかと思うと、何故か野次馬の人垣が左右に割れて道ができ、その先から何やらゴージャスな身なりの貴婦人が現れて


「あなたこんな時間から何やってるの~?」


 能天気な感じに話しかけてきたのだけれど


「ノエルさん…」


 その貴婦人の姿を見ると同時に、メリルから緊張が薄らいでいくのを感じて、エリエルもホッとするのだった…のだけれども…






「悪いわねノエルさん…アタシなんか往復になっちゃうけど」


「別にいいのよ~、久しぶりに会ったんだし話もしたいじゃな~い」


 件の貴婦人の自家用馬車に乗せてもらう事になり、これで無事に寄宿舎まで帰れる事になったエリエルちゃんですけど、さっきからずっと顔を上げずにいるのは、先ほどの出来事が原因でまだ塞ぎ込んでるからではなく


「ね~大丈夫~?」


「あ…はい大丈夫です…」


 それは、ハッキリとは思いだせなのだけれども、記憶が封印されてるとかではなく、目の前にいるこの貴婦人と以前何処かで会った事があると確信してるからで、つまるところエリエルは過去にソフィア・パナスとしてこの貴婦人と会ったことがあるという事で…


「しかしまあなんというかメリルさんらしいね~」


 それは、貴婦人の隣に座る、旦那様と思しき大柄な紳士もまた同じ事。


 いったいどこで会ったのか、このご夫婦は誰だったかとエリエルが考えを巡らせてるところへ、ノエルさんと呼ばれたゴージャス貴婦人がサラッとエリエルの髪を触ってきて


「綺麗な黒髪~、羨ましいな~」


 言われて、今日に限っていつものピンク髪ではなくて、地毛の黒髪で過ごしてた事に今更気づいて「きゃーっ」ってなる。


 自分がソフィア・パナスとバレたらどうしよう…どうしよう…焦りまくりのエリエルちゃん…


 まあ、とっくにバレバレなんですけどね。


「ねえあなた魔法学校の学生さんでしょ~?」


「は、はい…」


 唐突な質問をしてくるノエルさん。特にそういう話をした訳でもないのに、彼女がそう思ったのは自分が徽章を着けてるからだろう…という事で下を向いたまま、チラチラとした視線を夫婦に向け、紳士の方は徽章を付けていてノエルさんは付けていないことを確認…


 しかし改めてゴージャスな二人だ。馬車の内装なんかも、趣味が良いのか悪いのかわからないような、でも金だけはかかってるぞ、という物で、二人の服装や装飾品も下手したら王家だってそんなもの持ってないよ、ってものばかり…単純に貴族の方なのかとも思ってた…それなら会った事があるのもの当然なんだけれど、それも何か違う気がしてくるエリエルちゃん。


「ねえ?学校は楽し~い?」


 そこへノエルさんから追加の質問…さてこの質問にどう答えるよエリエルちゃん。


 察しの方もいるかもしれませんがエリエルちゃん学校では「ぼっち」です。


 立場上、あまり人と関わるわけにもいかず、人との接触を最低限にして避けてきたというのもあるのですけど「ぼっち」です…そんな彼女が学校が楽しい訳は無いのですけど


「あ…はい、怖い先生はいますけど友達もいますし学校は概楽しいです…」


 切なくなる嘘をつきますが


「怖い先生?」


 ノエルさんではなくて旦那様の方がそこに食付いてきたので


「あ…はい、フェリア先生っていうんですけど…」


 正直に答えたら、そこで一瞬間が空いて、ご夫婦とメリルさんが顔を見合わせてるのを感じたかと思うと三人そろって大爆笑。


 いったい何がそんなに面白かったのかわからないエリエルちゃんは、困惑してメリルさんの方を見ますけれど


「あはは、何でもない何でもない」


 言いますけれど、何でもなくてそんな大笑いする訳もなく、理由を教えてもらえない事に若干不満のエリエルちゃんですが、メリルさんに先程までの少し落ち込んでる様子が無くなったので、なんだかホッとする。


 そこからは三人が他愛もない世間話、近況話をする中、エリエルちゃんだけ正体バレやしないかと縮こまってるという状況が続きます…いやだからバレてますってソフィア様…


 そんな状況ですから、エリエルちゃんは早く抜け出したい気持ちでいっぱいです。なので窓の外が自分の見知った景色に変わった所で


「あ、あの…ここで降ろしてもらっても良いでしょうか?」


 言い出します。


「え~まだ寄宿舎までは距離あるわよ~?」


 徒歩で3~40分といった所ですけれど


「ちょっと歩きたいんで…」


 まあ嘘なんですけど


「そっか~わかった~」


 エリエルちゃんの心情も察しがつくので、ここでお別れという事になりまして、馬車を降りる事になりましたけど、そういえば乗合馬車に乗る事が無くなって、お金を借りる必要が無くなったエリエルちゃん。お金を返しに行くという名目で、再び聖堂に行く理由も無くなってしまったので、メリルさん


「リカちゃん、また遊びに来るんだよ?」


 ここで別れたら、もうエリエルちゃんが来なくなるんじゃないかとちょっと不安になって、声を掛けますけど


「はい…あのこの服返しに行きますから…」


 言うエリエルちゃんに、正直その服は本当にどうでも良かったのだけれども、そういう理由があった方が遊びにも来やすいだろうという事で


「うん、待ってるわね」


 笑顔で送り出す。



 馬車を降りて振り返り、手を振るゴージャス夫婦に深々と頭を下げて、感謝の意を表す。


 扉が閉まる音がしたので顔を上げると、窓から飛び出すかという勢いで今度はメリルさんとノエルさんが手を振ってるから思わず笑顔になる。


 馬車が立ち去るまではここにいようと決めたエリエルちゃんは、そこで乗る時には気付かなかった物が扉に描かれてる事に気付いてハッとする。


 それはこの街、この国に住む人なら知らない人はいないだろう物であり、世界でも有名な紋章。エルダーヴァイン家の家紋


 何故、自分が会った事があったのか。何故やたらゴージャスなのか。何故フェリア先生の名を聞いて笑ったのか…全ての事に得心を得た…あ、いやなんでそんな人物とメリルさんがお知り合いなのだろうというのは謎か…


 しかし、あの二人と最後にあったのは本当に小さい頃で、思い出せなかったのも無理はないのだけれども、エルダーヴァイン夫人ノエルは、エリエル=ソフィアの父シルドラ・パナスの実の姉であり…


「そうか…叔母様だったのか…」


 独り言つエリエルは、馬車が見えなくなるまでそこにいると


「帰るか…」


 言って踵を返し、一歩足を踏み出した所で立ち止まり


「あれ…じゃあフェリア先生って私の従姉なの?」


 本当に本当に今更な事に気付くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る