それぞれの翌日6

 乗り心地の悪い馬車の中で、居心地の悪い思いをするブロンズ・メイダリオン。


「うーむ、やはり肝心な所は抜けてますね…」


 人一人殺めてまで手に入れた代物が、アナトミクス派代表エドモンド・グラーフにらこんな評価をされて、さらにバツが悪い。


「肝心な所ってなーに?」


 緊張感のない声で刃物を弄りながら、興味無さそうにヴィジェ・シェリルが聞けば


「そうですよ。そもそも何故発電所に等に忍び込んだのか、目的が分からないのです」


 こちらも全く興味は無いけど、話の流れでとりあえず聞いとこうといった感じのアルフォンス・ジェリコー。


 そもそも


「何故この二人がついてきてるんですか?」


 と、そんな事は話に聞いてなかったブロンズは不満を隠しません。


「ワタクシは、まあ暇つぶしにでもなればと思ってついてきたのですけど、かえって暇でした…失敗しましたー…こんな事ならアジトに残ってれば良かったのです…」


 本気で猛省してる様子のジェリコーと


「アタシはさ!もしアンタが裏切るような事をしたらさ!殺しちゃおうと思ってさ~」


 物騒な事を言うシェリル…いや、こんな狭い場所で、刃物振り回すのやめてください。危険が危ないです。


「あー!でも人殺せるんだったらアタシがやりたかったな~…ずるいよブロンズ君」


 そんな事を言われても、殺したくて殺した訳ではないですし、それはもう明確に計画の失敗ですので


「それは…すみませんでした」


 二人は無視してグラーフへと謝罪する。


「過ぎた事を、とやかく言っても仕方がありません。資料の盗難が分かれば、すぐに騒ぎになるのは同じでしょうしね?それに、この件と我々を結びつけて考える人は少ないんじゃないでしょうか…」


 それは希望的観測ではあるけれども、それに対するジェリコーの


「別に結びつけて考えてもらっても、一向に構わないと思うんですけどね?むしろ結びつけて考えてもらいたいくらいです」


 と、それに対して、うんうんと頷くシェリルさんはやっぱり無視しますね。


「それよりも、目的の物はあそこには無かったようなので、それが残念でなりませんね…まあこちらは保険みたいなものですし、あまり期待もしてなかったのですが…」


 あまり期待もしてない事で、あんなリスキーな仕事をさせられたのかとブロンズは当然思うわけですけど、せっかく話が元に戻ってきたので


「目的の物ってなんですか?」


教えてもらえるとも思えなかったけれど、とりあえず聞いてみる。


「そうですね…」


 グラーフが少し考え込むようにしたのは、どうすればわかりやすく伝えられるか悩んだからだけれど、そもそもブロンズは発電所勤めだった訳で、細かい説明は必要ないという事に気付き


「ブロンズさんは、当然発電に用いられる魔力を、どう賄っているかはご存知ですよね?」


「あーなるほど…魔力集積システムですか…」


 それだけ聞けばブロンズには十分なのだけれど、あとの二人はキョトンとしてる。


「理論自体は難しいものではありせを。我々の技術でも、平均的なシバース百人分くらいの魔力であれば、すぐにでも作る事が可能ですが…それだけでも巨大な建造物になってしまう…しかし、エルダーヴァインの魔力集積システムは小型で低コスト。さらにはそれ一つで数千人ら1万人分もの魔力を集積保存し、運用する事が可能だと言われてます…私が欲しかったのはその技術です。」


 それを一体何に使うのですか?とブロンズが聞くよりも早く


「うっわ、それだけの魔力があったら街一つくらい吹っ飛ばせるかな?」


 なんて、また物騒な事を言うシェリルさんですけれど、何しろ数千から1万人分の魔力。その力を兵器として転用したなら、どれだけの破壊兵器になるだろうか?って事で、そんな危険なものは当然門外不出の技術という事になります。


 そりゃあ、数ある発電所の一つでしかない施設の、資料室なんかに保管されてる訳もないでしょうに、それならそれで、なんでこんな危険な事をブロンズにやらせたのかという疑問が出る訳で


「あの…俺を試したんですか?」


 一番の可能性…というかそれしか思い当たる節がないのですけれど


「それもある…」


 あっさり認めた上で


「しかし、この資料はこの資料で貴重なものだよ?本当によくやってくれた」


 褒めて遣わす…


「…で、そんな物を何に使うんですか?本当に兵器転用するつもりじゃ…」


 ブロンズは、褒められる事にあまり慣れてないタイプの人なので、話をそらす目的もあって、まあ当然気になる事ですから聞いた訳です。


「兵器転用か…全く考えてなかったな…なるほど、そういう使い道もあるのか…」


 笑えない事を笑いながら言いますけど、全く考えて無かったという言葉を、とりあえずブロンズは信じる事にする。


「詳しい事はまだ教えられないが…」


 やっぱり、昨日今日組織に入ったばかりの人間が、簡単に教えてもらえるわけもなく


「私の一族には、何代も前からの宿願というものがあってね?それを、どうしても私の代で成就させたいのだよ…」


 思いがけない身の上話が始まって…まあ、だいぶ端折った身の上話ですけど、その宿願成就とやらのために魔力を集積する技術が必要と言われても、それだけでは情報が足りない。


「ブロンズ君?君も薄々勘付いてると思うが、我々は決して一枚岩というわけではない…」


 今度は急に組織の話になる…いやこの二人が同席してる所で、そんなこと言い出して大丈夫なのか?


「アナトミクス派としての目的はあくまで『シバースによる世界の統治』だ。しかし、アナトミクス派に参加する誰もが、純粋にそれを目指してるわけではない」


 組織の代表が言う言葉とも思えず、他の二人の反応が気になってチラチラ見てしまう。


「私怨での復讐が目的の者。ただ殺人を楽しみたいだけの狂人。ひたすらに知的好奇心を満たしたいだけの変質者…」


 酷い言い草だし、今例に挙げた中の一つは、明らかにこの場にいる一人を指してると思われるのですけど、当の殺人狂は、我関せずと刃物を弄りながらニヤニヤしてる…


「目的は様々だが、まあ各々が各々の目的のために組織を利用し、利用される事でかろうじてバランスを保ってる…うちはそんな組織だ」


 つまるところエドモンド・グラーフが何を言いたいかというと


「君も何か目的を持った方が良い。この組織に目的もなく参加するのは、正直辛い事だと思うぞ」


 まさかそんな事を言われると思わなかったというのもあって、ブロンズは返事をするのを忘れてしまうが…確かにブロンズには目的がない。というか、昨晩目的を果たしてしまった。それに対する義理立てというだけでアナトミクス派にいるのは確かに辛い事だとは思うけれど、それにしてもこの人はマトモだ。


 しかし待て…マトモではあるのだけれど、狂人ぞろいのこの組織で代表をやっていてマトモでいられるっていうのが、すでにマトモではないのか?アレ?


 などと考えてるうちに王都が見えてくる。そろそろ馬車の旅も終わりという事で


「さてブロンズ君、我々は早晩アジトを移動しなくてはならない。その際は君にも協力してもらう事になるがよろしいかな?」


「は、はい…もちろんです」

 

 という事で話は締めとなりました。


 それにしても…シェリルとジェリコーは、本当になんのために付いてきたんだ…











 乗り心地の良い馬車の中で、心地良く酔う貴婦人が二人…


「あのクソババア、モブキャラのくせにアタシに恥かかせやがって~!」


 前言撤回、心地良くは酔ってない。これ悪酔いの方だ…メリルさんの思い出し怒りが炸裂してる。


「あはははメリル受ける~♪」


 うん…こちらは心地良く酔ってるみたいのノエルさん。


 エリエルと別れた後、大人だけになった事を良い事に、馬車に常備してある『超高級泡の出る方の葡萄酒』を、スポンと開けての乱痴気騒ぎ。


「いや…あの…二人ともお酒弱いんだから程々にさ…」


 ノエルさん、酒豪フェリアの母親だからと言って、やっぱり酒豪という訳でもなく、僅か数杯の『超高級泡の出る方の葡萄酒』でベロンベロンなのですけれど、女性二人がこんな感じになってしまうと、自分だって本当は飲みたいのに酔いたいのに、今はグッと我慢でお酌係に徹するしかない、現エルダーヴァイン家当主ダリオさん…


「ダリオうるさーい」


「うるさーい」


 肩身が狭い…


「それにしてもノエルさん、あの子に名乗らなくてよかったの?」


 さて話題はエリエル=ソフィアの事になりますが


「名乗ってどうするのよ~ややこしくなるだけじゃな~い?」


「それもそっか~」


 あんまり一つの話題が続かない


「しっかしあの子は何でこんな事になってるのかしらね…」


「シルドラはいったい何やってるんだ~!」


 唐突に標的が国王陛下へと向かって


「…会ってないの?」


「ん?弟?」


「そう」


 急に神妙になる


「最後に会ったのは7年前かな~。ソフィアの扱いがあんまり酷かったから、文句言って喧嘩してそれっきり~」


「ダリオさんもう一杯!」


 やっぱり会話が続かない…かと思いきや


「でもね…弟には本当に申し訳ないと思ってるのよ~…だって…だってね」


 ノエルさん泣き出す…ダリオさんがんばれ!


「私があの子に全部押し付けて家出ちゃったから~!」


「ああ…またこの話か…」


 メリルさんには、これ耳タコな話のようでして…メリルさんもがんばれ!


 えーと、整理しますと、この国では男性であるか女性であるかに関わらず、その家の長子が家督を継ぐというのが、一般的な習わしになっています。それは王家も例外ではなく本来の王位継承権はノエルさんに有った訳です。

 ですのでノエルさんは生まれてからずっと、女王になるべく育てられた訳で、ノエルさん自身その事を疑問に感じる事も無かったのですけれど、ある日出会った一人の少女に感化され「私、自由に生きるの~!」と言ったか言わないかは知らないけれど、王家を飛び出し現在に至るのです。


「アハハ著者がなんかアタシのせいみたいに書いてるー!」


「実際メリルのせいだよ~!」


「アハハ人のせいにするなー!」


 ダリオさん頭を抱えて「帰りたい…」呟きます…気持ちわかります…


「でもさ~…私はちゃんと両親説得して、王位継承権もパナスの家名も捨てて外に出たわけだし~後悔は無い訳ではないけど、全部自分の責任だし~…でもあの子は違うよね?」


「まだ子供だしね…」


 話はまたソフィアに戻る。二人が彼女を心配する気持ちに、嘘偽りはない。


「どうするのが正解なのかしらね~」


「それが分かれば苦労はしないわ…」


「それにしてもうちの娘はあの子の事に気付いてるのかしらね~?」


「そう!うちのバカ息子は何をしてるのかね!」


 良くわからない流れから、全く関係ないところに話が飛び火した所で


「シルドラはいったい何をやってるんだ~!」


「アレ?何年会ってないんだっけ?」


「7年…弟には本当に申し訳ないと~…」


 無限ループへと陥るのでした…ダリオさん…しっかり

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