それぞれの翌日2

 治安警察王都守護隊。


 この国の正規軍には『いかなる理由があろうと決して国民に剣を向けてはならない』という鉄の掟がある。


 この掟によって、軍は国内犯罪に対してほぼ対応できなくなり、パナス王国建国当初は混乱期であった事もあり治安維持活動は地域ごとの自警団に委ねられていた。


 やがて国が落ち着いた頃になると、自警団の中に活動費と称して市民から金品を徴収する団体が現れ、そういった団体が力を付ける事で、純然たるボランティアとしての自警団が駆逐される。


 そうなってくると今度は自警団同士の縄張り争いが起こる事になり、激化し抗争となって血で血を洗う…って、いや治安維持のための自警団のはずが、治安を悪化させてるじゃないですか!ふざけんな!


 という事で、いよいよもって治安維持は国か自治体がやらなきゃダメだよね?って事になりまして、王都エリックリンドに最初の守護隊ができました。


 建前上『これは軍ではありません』としたり、同時期に民間人の帯剣禁止やら、シバースの公共の場での魔法使用禁止などの法律ができたりして、いろいろもめたみたいですけど、軍に入るよりもハードルが低く宮仕えになれる、というのは一般庶民にとって魅力的だったらしく、その規模はあっという間に膨れ上がり、治安維持に対する効果も如実に示した事により、国内各地方にその制度が広まっていって、現在では各地方ごとに守護隊が設けられるようになりました。


 王都のある南エヴァレッティア地方にも、南エヴァレッティア守護隊という地方守護隊があるのですけど、そういった歴史を踏まえ王都守護隊の方が格上とみなされます。


 しかしですね?格上とは言いましても、正規の軍人に比べたら圧倒的に下な訳ですよ。



 いつの時代も軍人というのは割と憧れの職業だったりしますが、パナス王国で軍人になるにはある程度の身分の保証が必要になり、一般庶民にはハードルが高く、まずなれません。


 一般庶民が軍人になるのには、中等教育履修までにかなりの好成績を文武ともに収め、尚且つ自治体からの推薦が必要となりますが、ここら辺でも賄賂とかあるんじゃないかって話ですし、そもそも貧困層だと中等教育を受ける事さえままなりません。


 そうそう…貧困層は教育を受けるのもままならないっていうのに、シバースはシバースっていうだけで国から金が出て教育を受けられるっていう現状が、シバース迫害の一因になってたりするのですけど今は違う話…



 そんな貧困層にとって唯一軍人になれる可能性があるのが『守護隊からの登用』


 事実として、過去に何人か守護隊から軍へ登用されたという話はあるのだけれども、それはもう都市伝説レベルの超レアケース。なれたら奇跡と言われるほどで、軍人に憧れて守護隊に入隊しても、一年もせずに現実に打ちのめされ夢を諦めて平凡な守護隊隊員へとなっていくのです。



 しかし、パーソンくんはまだ入隊数カ月のド新人。おまけに現在15歳。守護隊で名をあげ軍人になるという夢に何の迷いもなく、まい進中なのです。


 そんなパーソンくんにとって軍への登用の話を断るなんて言う事はあり得ない事であり、まともな人間の所業とはとても思えずに


「な、なんですって!」


 と、言った後自分でも驚いてしまうくらいの大声を上げてしまい、しかしちょっと考えてそもそも何であの男に軍への登用の話があるんだ?という所に思いが至って


「いやちょっと意味わからないんですけど?あの人ってそんなに優秀な人だったんですか?」


 あまり話しをした事もない先輩に捲し立てれば


「いや~どうなんだろうな?」


 そりゃ先輩も困惑するってもんですが


「コネだって聞いたぞ?」


「軍にコネってすごくね?」


「ほら親父さんの事があるから」


「あー親父さんかー」


「親父さん?」


「ほらあいつの親父ってさ?10年前のアナトミクス派の事件の時に陛下を護って殉職した…」


「あ…」


 噂話も花が咲き、今更ながら昨夜聞いた話を思い出して今度はパーソンくんが困惑した所で


「お前ら何やってるんだミーティングするぞ!」


 会議から戻って来たワルドナさんが水を差す。











「さて…要件はなんでしょう?」


 国王シルドラ・パナスは執務室の椅子に腰かけたまま…入口の扉の前には近衛騎士が二人、部屋の隅に秘書官、そして部屋のほぼ中央に一人の男が立っている。


 相手の顔は見ない。見れば吐き気がする人物がそこにいる。



 デイブ・ハーゲン



 10年前のシバース教アナトミクス派によるクーデター未遂事件の後、シバースに対する徹底的な弾圧とも取れる政策を訴えて支持を集め首相となって3期9年…4期目も確実と言われる人物…


 前にフェリア先生が『デブハゲ首相』と言っていましたけど、デブでハゲって言うとどんな姿をイメージしますか?


 そう!今あなたが思い描いたデブでハゲたオッサン!それがそのままデイブ・ハーゲンの容姿であると思って間違いないでしょう…



「陛下、昨晩のニュースはご覧になられましたか?」


 挨拶もそぞろに話を切り出すデブハゲ首相…


「さて、ニュースと言ってもたくさんありますからね…どのニュースの事でしょう?」


「昨夜事件を起こしたブロンズ・メイダリオンなる人物を、移送中の馬車が何者かに襲われ守護隊に死者が出ました…」


 てっきり魔法少女の件を突いてくるかと思っていたが、そっちだったか…シルドラは少しだけ安心し、ようやく顔を見たくない相手の顔を見る。


「まだ非公表ですが、その手口から特別指名手配犯ヴィジェ・シェリルによる犯行が疑われております…」


「まさか…アナトミクス派が?」


 想定外の名前が飛び出し、想定外の事態が起きてる可能性が出てくる…よりによって昨夜の事件にアナトミクス派が関わってる可能性があり、その事件は愛娘まで関わってる訳でもあり…シルドラはもう居ても立っても居られないのだけれど


「つきましては本日の議会において、法令に基づき、時限付きではありますが緊急事態令を発令したいと思います…陛下には速やかな承認をお願いしたく、本日は参りましてございます」


 シバース教アナトミクス派が関わってるとなれば、テロ警戒へと移行するのは仕方が無いだろう…しかし…


「それを伝えるためにわざわざ首相自らここに来られたのですか?」


 それだけなら何も使いの者が来れば済む話だと思う。


「いえ…ある噂がありまして…件の魔法少女ですか?…の違法行為に対する捜査に何者かから圧力がかかったというのですが…」


「ほ、ほう…それを私に話してどうする?」


 焦りが顔に出る…この男どこまで分かってこの話を今ここでしてるのだ?


「昨夜の事件で、その魔法少女にもシバース教との関りが疑われてます…また…今度は議会に圧力などかかるような事が無ければと思いまして…」


 シルドラの表情が一気に険しくなったのは気付いたのか気付かないのか、デブハゲ首相は深々と一礼し


「それでは議会がありますので、これにて失礼させていただきます…」


 言うと踵を返し近衛騎士の一人が開けて待つ扉の外へと出ていく…


「わたし…あいつ大嫌い」


「控えろ、陛下の御前だぞ…」


 デブハゲ首相の姿が見えなくなったところでの、近衛騎士二人の会話が聞こえていたのかは分からないが


「はあ…」


 シルドラ・パナスはそこにいた誰もが聞き取れるほど、大きな大きなため息をついた。








「リック…ちょっといいか?」


 ミーティングが終わって、今日の仕事がほぼ明日以降の捜査の準備となって、それぞれがそれぞれの役割を果たすべく持ち場へ戻ろうとするところ、パーソンくんがワルドナさんに呼び止められる。


「はい…何でしょうか?」


 一応周りを見渡し、聞いているものがいないことを確認してから


「お前さ、クルーアの事知りたかったら、今度会った時にでも本人に直接聞けよ?」


 ああその話か…噂話も陰口も良い事でないのは分かってる


「いや…でも本人にはやっぱり聞きづらいですよ」


「本人に聞けないような事をさ…知りたがるっていうのはどうなんだ?」


 こういう聞き方は卑怯だと思う。


「それは…良くない事だと思います…」


 こういう答えになるじゃないですか?


「だよな?」


 やっぱり卑怯だ…


 自然とパーソンくんの表情が不貞腐れたような顔になりますけれど、ワルドナさんそれを意に介すことも無く、パーソンくんの肩をポンと叩き


「まあ、あいつに限った事じゃなくみんないろいろあるんだよ…お前だってそうだろ?」


 言ってもう一度肩をポンと叩き、言外に「それじゃ仕事に戻りなさい」という言葉を含んで立ち去ろうとするワルドナさん。


 その後姿を眺めてパーソンくんはある疑問に思いつき「本人に聞くんなら良いんだよね?」と心の中で確認してから


「ワルドナさんは…軍に入りたくはなかったんですか?」


 思い切って聞いてみる。


「俺か?」


 立ち止まって振り返り頭をかいて少し照れくさそうに


「そりゃあ俺も、入隊したての頃はいつかは軍にって思いはあったけど…割と早い段階で諦めたな…あれはもっと特別な人間がなるもんだ」


 特別ってなんだ?さっきの先輩方の話からすれば、コネがあるというのも特別という事なのだろうか?


 しかし、そんなコネがあるのなら何も守護隊なんて回り道をする必要も無いだろう


「クルーアはさ、叔父さんが軍にいたり、父親の件で王室と関りがあったりってのもあるんだけど、あいつああ見えて剣術の腕が突出しててな…本人目立つのが嫌で隠してたんだがアレは凄かった…」


 へえ…それは意外だな…と思うと同時にパーソンくんあれちょっと待てよ?と思う。


「ところがあいつ自身が軍に全く興味が無くてな…父親のやってた仕事に就くのがあいつの夢だったらしくて…なのにその仕事に絶望して、あいつは辞めちまった訳だけれど…」


 いやいやちょっとワルドナさん?


「ま、みんながみんな軍に入りたくて守護隊になる訳じゃないって事さ…いろんな奴が…」


「あの!」


「ん?」


「それ…ワルドナさんが言っちゃうんですか?」


 さっき…本人に聞けって言ってたじゃないですかワルドナさん!


 キョトンとするワルドナさん…


 困惑のパーソンくん…


 少しの沈黙…


 見つめあう二人…


 そして…


「あっ!しまった!」


 じゃないっすよワルドナさん!

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