それぞれの翌日

 王城グラン・パナス内にある執務室で、国王シルドラ・パナスは天を仰ぎ、シンプルな天井を凝視しながら


「天井画でも描いてもらうか…」


 と独り言つ。


 執務机の上には、昨晩の騒動を伝える新聞が並び、ある新聞は移送中の馬車が襲われ、犯人が行方不明になった事を一面で伝え、またある新聞は犯人逮捕に関わった魔法少女の記事を、一面にでかでかと載せている…当然批判的にだ…


 いずれにしろ昨晩城下町で起こった一連の騒動に、自身の愛娘が深くかかわってる事は間違いがなく、それは国王陛下だって現実から逃げ出したくもなるのだろう。




 どうしてこうなった?




 10年前の事件以降、シルドラは娘の為に全力を尽くしてきたつもりだ。


 あの事件のあった日以前、約一か月間の記憶を封印し


 公の場から遠ざけ


 最低限の限られた人物としか接触を許さず


 最低限の限られた情報しか与えず


 王城から一歩も外へは出さず


 最低限の限られた場所だけでしか行動を…





 あ…軟禁だコレ…





 振り返るまでもなく、シルドラの行いはただただ娘を抑圧し、父親のエゴで縛り付けていたという事でしかなく、気付かぬうちに彼女を傷付け追い詰めていた訳で…


「私はどうしようもない父親だな…」


 それだけ押さえつければかえって外への憧れも強くもなるだろう…侍女と入れ替わって城を抜け出すのも仕方がない…


 そして何より入れ替わってる事に4年もの間気付かない…ほんともうフォローのしようがないほど、どうしようもない父親だ…


 ついでに言うとその4年間、今度は入れ替わってる侍女ユーリカ・マディン(本物)にも同じ思いをさせてた訳だけれど、その事に対して、この時点で全く気が回ってない…父親とか国王とか以前に人として…いや、まあいいか…




 それにしてもシルドラに理解できないのは、現在何故娘がこの様に目立つ行動を取っているのかという事だ。


 公の場での魔法の使用が禁じられてる事くらい知らないはずもないだろうに、何故法を犯すリスクを負ってまで、こんな危険な行動を取っているのか…


 自分への当てつけなのではないかとさえ思えてくる


「クルーア…」


 そこで呟くのが愛娘の名ではなく何故か城下町の自称何でも屋。



 現状ソフィア=エリエルに対してシルドラにできる事はほとんど無い…無いと思い込んでいる


 誰かに娘の身の安全を託すとして、その相手はソフィア=エリエルの事情をそれなりに理解できる者でなければならない…


 そこでクルーア・ジョイスの名が真っ先に思い浮かんだ…と、いうかそれしか思いつかなかった。



 説明するまでもなく、クルーア君に件の依頼をした主が国王陛下様というわけだけれども、こうなると、じゃあ国王陛下とクルーア君の関係が気になる所ではありますが…



 コン…



 扉をノックする音で、シルドラ国王の物思いにふける時間は終わりを告げる。



「…入れ」


「失礼します…」


 秘書官が執務室に入ってきて深々と頭を下げ、そのままの姿勢で


「デイブ・ハーゲン首相が面会を求めてます…いかがいたしましょう?」


 ただでさえ、あまり関わりあいたくないない人物が、よりによって一番関わりあいたくないタイミングで訪れた事を知り、シルドラ・パナスは苦虫を噛み潰したような顔をする…













 クルーア・ジョイスは苦虫を噛み潰したような顔をしている…


 理由は突然の来訪者に叩き起こされ安眠を妨害されたからなのだけれども、クルーア君の安眠を妨害した人物…フェリア・エルダーヴァインもまた苦虫を嚙み潰したような顔をして、入口で突っ立ったまま中に入ろうとしない…ていうか入れない…


 そう部屋が尋常じゃないほど汚いから。


 フェリア先生の知るクルーア・ジョイスという人物は、決してキレイ好きという訳ではなかったが、人並みくらいには掃除のできる人間だったはずで、そのあまりの惨状に苦虫を噛み潰すとともに困惑をしてしまって


「お前…この部屋いつから掃除してない?」


 などと恐ろしい事を聞いてしまい


「は?ここに引っ越してきてから一度もしてないけどそれが何か?」


 予想通りの答えと予想外の開き直りが返ってきて今度はフェリア先生頭を抱えるのです。


 しかし汚い…


 そして臭い…


 先日この部屋を訪れたワルドナさんとパーソンくんは、そこの所はあまり気にしてなかったようですけど、フェリア先生のはどうにもたまりません。


 臭い…そして臭い…


 せめてゴミくらいは捨ててほしいものだが、この様子だとゴミ出しすら引っ越してきて以来していなさそうだ…


「なあ、お前…」


『どうしてこんなふうになってしまったんだ?』と聞きかけてフェリア先生グッと堪える。


 ここに越してきてからという事は、守護隊を除隊してからという事な訳で、除隊の理由についてハッキリ聞いたわけではないけど、ある程度察しがついてるフェリア先生としては、どうにもクルーア君を責めるに責めれないのである…優しい…


 そうは言っても臭いものは臭い。


「お前…その様子だと昨晩あの後何があったのかまだ知らないだろ?」


 ここに来た本来の目的へと話を戻し、理解できず頭の上にクエスチョンマークが見えるくらいキョトンとしているクルーア君に


「とりあえず場所を変えよう」


 提案してみたけど、頭の上のクエスチョンマークを二つほど増やしたキョトン顔で


「なんで?」


 なんて言うもんだから、流石のフェリア先生も軽く殺意を覚えてしまうも、『こいつは昔からこうだった…こういう所は何も変わってない…』と殺意を抑えるために考えたはずが返って殺意が増幅してしまい


「臭いんだよこの部屋!」


 ついに本音が爆発してしまい、まだキョトン顔のままのクルーア君に


「とにかく僕は下で待ってるから早く準備しろ!」


 言い放って部屋から出たかと思うと、建物全体にバーンと音が響きそうな勢いでドアを閉めると、そのまま建物の入り口まで下りて行ってしまった。


 その姿をキョトン顔のまま眺めてたクルーア君は、若干の微笑みを浮かべて


「はは…あいつは変わらないな…」


 と独り言つ…











 昨夜の事件を受けて、王都守護隊の中央本部には、各管轄支部支部長をはじめとした主だった役職者が集められ、会議が行われ、そこそこの立場にあるワルドナさんもその会議に召集されていた。



 その間リック・パーソンくんは自分の所属する管轄区の屯所にて指示待ち待機。


 ワルドナさんの下についてる守護隊隊員の中で…というかおそらく現在王都守護隊に所属している隊員の中でも、一番年下にあたるパーソンくんは、こういう時とにかく肩身の狭い思いをする。


「しかし中央で会議だなんて随分大事になっちまったな」


「噂じゃシバース教が絡んでるらしいぞ?」


「昨日やられた隊員の中に前の所で一緒だった奴がいてさ…」


「マジか?嫌だなそれ、あいつらと関わりたくないよ…」


 そんな諸先輩方々の会話に混ざる事も出来ず、少し距離を置いて座り、手持無沙汰、というのがいつものパーソンくんだけれども


「なあ、昨日の現場にクルーア・ジョイスがいたって本当か?」


「ああいたいたクルーア・ジョイス。なんであんな所にいたんだろうな?」


 あのエルダーヴァイン家の御令嬢が、『正真正銘の化物』と言っていたのがずっと引っ掛かっていた人物。その名前が話題に上れば、どうしたって気になってしまうので


「あの…クルーア・ジョイスって人有名なんですか?」


 いつもは混ざる事のない会話に混ざってみる。


「ん?ああ、お前は最近入ったばかりだからクルーアの事知らないのか」


「まあ変わり者だからな、名前だけなら王都の隊員で知らない奴なんてほとんどいないんじゃないか?」


 ただ変わり者っていうだけで有名になる訳も無いだろうし、という事はあの人


「何かやらかしたりしたんですかね?」


「あーやらかしたやらかした…ほんと考えられない事やらかしたのよアイツ」


 王都守護隊の隊員のほとんどが認知するほどのやらかしとは、いったいどんなものなのか…守護隊を辞めた理由がそれかもしれないので、もしかしたら聞いてはいけない事なのかもしれないけど


「何やらかしたんですかあの人?」


 どうしたって気になりますから、恐る恐る聞いてみる。


「あー2年くらい前かな?あいつに王国軍への登用の話があったんだけど、それ蹴ったんだよ。考えられないだろ?」


 返ってきた答えは、予想のはるか斜め上を行くもので、それはパーソンくんにとっては簡単に受け入れられるような内容ではなく、何かの聞き間違いだろうと一瞬耳を疑うも、どうにも聞き間違いではなさそうなのでらゆっくりと内容を咀嚼してみて、ちゃーんと理解をした上で


「な、なんですって!」


 多分パーソンくんの今までの…そしてこれからの人生の中でも一番大きな声で叫んだ

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