第44話:かぐや姫、IFルート
遥か昔のことであるが、竹を生活の足し にしているものがいた。翁はその日も野山へ入り、竹をとっていた。
すると、翁は根本が金色に光る不思議な竹を見つける。それを割ってみると、中には拳一つ分の女児が収まっていた。
翁は急いで家へ帰る。
そして嫗にそれを見せ今日のことを話すと、嫗はこの娘をわたし達で育てようと考えた。こうして翁と嫗は娘を引き取り暮らすようになる。
娘と暮すようになってからなぜか翁のとる竹には黄金が埋まっており、そのおかげで家は裕福になっていった。
「この子は奇跡の子だ」
脇に両手を添え、翁が娘を掲げるときゃっきゃと楽しそうに笑い、その姿はたまらなく愛らしくて翁と嫗はみるみる虜になっていく。
娘はたいそう大切に育てられ、3か月経ち急速に成長した娘は立派な女性となっていた。
いるだけで場が華やぐ。仕草一つをとっても気品と愛らしさに満ち溢れ、端正な顔を直視しているとあっという間に心を奪われるほど娘は完璧だった。娘は成人の儀を済ませ、その際にかぐや姫と名付けられた。
「かぐやも大人の女性となったことだし、結婚を考えても―――」
「ならん。あれは生涯わしの隣にいるんじゃ」
「そうですね」
翁は腕を組み肩を怒らせ座り込んでいる。牢固たるその様は翁の意志を体現していた。嫗は否定の意を全く訴えない。これがこの夫婦の総意のようだ。
「えぇー……」
名付け親となった秋田という男のため息が屋敷に響いた。
こうしてかぐや姫は家から一歩も外に出ず、また有り余るほどの美貌を全く男たちに知られることなく育っていった。
2
時は過ぎ、月へ帰る日が来た。
「おおおおおおおおーん、いやだぁあああ行かないでええええ」
泣きつく翁。
「かぐや、月の人たちは何を食べているのかしら」
行く気満々の嫗。
「いや、月はとてもではないですが、あなた達の暮らせる場所ではございません。ですから―――」
「なんでぇええええええ」
かぐや姫が告げ終わる前に嫗の態度は一転して彼女に縋りつく。
ここまで取り乱したふたりの姿を見ているとかぐや姫はどんどん冷静になっていった。別れが近づくたびに感傷に浸っていた日々はどこへやら。もはや口から出るのは別れを惜しむの言葉ではなく溜め息ばかり。
涙のみではなく鼻水まで垂らし、床をどんどんと叩く二人の姿は駄々をこねる園児にしか見えなく、もちろん育ててもらったことには感謝しているが
「ああ、早く帰りたい」
今はそれが頭の大半を占めていた。
そして別れの時が訪れる。真っ暗な景色が真昼ほど明るくなった夜、月の使者が現れた。
「それではおじいさん、おばあさん。さようなら」
かぐや姫は吸い寄せられるように月へ。必死に飛び跳ねてかぐや姫を引きずり降ろそうとする翁と嫗に困った笑みを浮かべ旅立とうとしていた時、振り返ると月の使者たちが目を細め此方を訝しんでいた。
3
「え、なんです? 」
「いえ、あのー……ちょっと待ってくださいね。あのー、上に掛け合って念のため本人か確認をとらせていただきますので……」
慌てた様子の月の使者が天界に連絡をとり始める。
この住所で本当に間違いないですよね? とか、あのー、番地とか間違ってません? とか。声を潜めながら上役と掛け合って数分後。
「なんです? 私がかぐやですが」
「いや、すみません。一応です。あくまで形式的なものなので……」
「だから、あたしは正真正銘の月生まれですよ! 」
「すいません。今日は出直させていただきます。また後日、本人確認がしっかりと取れ次第、お迎えに上がらせていただきますので今日はこれで」
「え? いやいやいやかぐやですって、正真正銘かぐや姫ですって。ちょっと待ってえええええー! 置いていかないでえええええ! 」
かぐや姫がそう叫ぼうとも足早に空へ昇っていった月の使者にはその声が届くことはなかった。
4
翁と嫗に可愛がられ過ぎたせいでかぐや姫は何もかもが一変していた。
歩くのは屋敷のみであるため当然肥え太り、食っちゃ寝の生活で不摂生がたまり、完璧な美女はあっという間に醜女に成り果てていたのだ。さらに起きては飯を食い、暇を持て余す生活は張り合いというものが皆無であり心も荒んでいった。
それでも翁と嫗は変わらずかぐや姫を可愛がっていたため、彼女はその変貌に気づくことなくあの日を迎えてしまったのだ。
あまりにも変わってしまった外見はもはや別人とみなされるほどでそれ故にあれからいくらたっても月からの迎は来ることがなかった。
「もう迎えは来ないし、彼氏もできないし、どうでもいいですよ。ああー何もしなくても出てくるご飯最高」
こうしてすっかりやさぐれてしまったかぐや姫は翁と嫗に無理やり子供を作らせ、次の代、また次の代と一族に呪いをかけるように纏わり続けた。
こうしてかぐやは世界最高齢の居候、そして世界最古の引きこもりとなったのでした。
おしまい。
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