第6話 自棄になる前にはもちろん
労働には報酬が必要だ。
逆に言えば、労働したから報酬が貰える。
サービス残業、サービス出勤なんて糞食らえだ。
労働を楽しみにして、労働するなんて俺には考えられない。
具体的に言うと、集落の農民どもを逃すなんて面倒なこと、報酬が無ければやってられない。
『!?・・・・・・私、私を好きにして良いから!!』
何をしようか・・・、いいやされるのも良いね。
ムフフ、そうだ、道具も一杯作っておこう。念には念を入れてだ。
もし、アレしたい時に、アレが無いなんてことになったら、一生悔やみそうだからな。
「なして、こげな事してるだか?」
む、不眠症A! 見て分からんのか、焚き火で縄のケバをとっているんだ。
これをしないと、使った時も、使われた時もチクチクするから。
ということで、不眠症Aにこれの使い道を教えてあげたら、こいつも作りたいと言ってきた。いやあ、不眠症Aも漢だってことだ。
しかし、教えを請われて頭を下げられれば、こちらも邪険にはできない。
2人並んで、同じ作業をしようではないか。
「そうそう、お前らも今の話、聞いてたんだろ。いっしょに作ってみるか?」
木々の間から、2人の男が隠形をやめて出現してきた。不眠症A、メッチャ、ビビってる。
頭の上に耳がピンと立っているか、どうやら獣人のようだ。
「黒髪、黒目。手配中の男、クロウだな」
なぁんか、久しぶりに名前を呼ばれた気がするな。俺の名前を知ってるってことは、ユーリリオンの関係者かね。
「だったら、どうする?」
「・・・いや、詮無いことだ。
おい、そこの。あの村の人間は、ここに避難しているのか?」
獣人の問いに、不眠症Aは情けない声で肯定する。
「ならば、この辺りの山林に詳しい者を数名、今すぐ選出して連れて来い」
おや、俺はまたアウトオブ眼中? 男に関心を持たれるのはゴメンだが、どいつもこいつも無視してくるのは、ちょっとムカつく。
「サイプレスの軍勢に奇襲かい?」
ほいっと、俺は顔面に向かってきた物体をキャッチする。
ふうん、返事の代わりに投げナイフねぇ。ちょっと、獣のおっさん、部下の躾がなってないんじゃないの?
じゃあ、こちらもご返事がわりにっと。
ほれ、ほれほれ。受け止めたナイフで2合、3合の斬撃っと、おっと受け止めたか。
でも、足元がお留守ですよっと、足払い一閃。
ナイフを振りかぶって、はいとど、
「サイプレスの亜人群、集まっている原因がわかりました」
何言ってるの、小動物ちゃん? それと、心と道具の準備できてないよ。
(視点変更)
「あの不埒者と捜索中の娘が見つかっただと」
集落付近の集結場所で間諜の報告を受けたアスセーナは眉に皺を寄せ、内心この忙しい時にと叫びたくなる。
さらに、あの不埒者がこちらをおちょくっている想像をしてしまい、彼女は苛立ちのままに座っていた簡素な椅子から、勢いよく立ち上がり座っていた椅子を蹴飛ばした。
彼女の後ろでは頭痛を堪えるように、セコイアが眉間に手を当てている。
「とりあえず、姫様。あやつにのことは捨て置い、」
「姫というな、馬鹿者!!」
セコイアの計画的失言を受け、アスセーナはやつあたり気味に怒声をあげ、小さく深呼吸して落ち着きを取り戻した。
「わかっている。捜索中の娘だけ保護しておけ」
「その、ですね。どうやら捜索中の娘は、手配中のクロウと共に行動しているようでして」
アスセーナの脳裏に『誘拐』という言葉が浮かぶ。
そして、あの不埒者の餌食になっている哀れな少女を想像し、怒りに震え拳を握る。
(少女よ、そなたの無念は分かった。必ずや、私がその恨み晴らしてくれよう)
「その少女なんですが、サイプレス側の亜人群について捕虜から情報を引き出したようです」
間諜の言葉にアスセーナは領主の顔に戻り、家臣団がざわめいた。
「亜人群を操っている男の名前は、ティーマ。
橙色の髪に、細い身体つき。背は普通程度。
サイプレス卿と共に、敵本陣にいるようです。
「待たれよ。では、サイプレス卿も出陣しておるというのか?」
まだ敵本陣の位置情報も不明な状態で、思わぬ所から敵大将の出陣の情報を得ることができ、驚きと疑いの声が漏れるアスセーナの家臣団。
「続けろ」
冷静を装うアスセーナは、間諜に報告の続きを促す。
「その者は、亜人だけではなく、野獣の類も使役するとのことで。
実際に、敵斥候隊の先見にガルムスドッグが用いられており、長がその数匹の死骸を確認しております」
「確かに妙な話ですな。かの獣が群を作り、このような場所に出現するとは」
「その情報が正しいか、それだけで決めつけては早計では?」
アスセーナの家臣団は、情報の正誤について意見を取り交す中、アスセーナが足を組み直し、間諜の長の見解を訪ねた。
「長は、まず敵本陣でサイプレス卿とその橙色の髪の男を確認することが先決と。
また、並行して敵が獣を使う可能性を念頭に置いて、こちらも行動すべきと申しておりました」
「敵斥候隊に獣がいるとなると、こちらが奇襲する前に見つかるやもしれませんな」
重々しい声で声を漏らすセコイア。小さなその声に、その場が静まった。
獣の五感、特に嗅覚と聴覚は非常に優れており、またガルムスドッグや亜人等はそれに加えて知能がある程度高い。それらの目を掻い潜って、現在2,000、合流すれば3,000の兵を潜伏させることが如何に困難か想像に難くない。
「隠れられぬならば、隠れなければ良い」
不敵なアスセーナの言葉に、ほとんどの家臣がギョッとする。そして、セコイアら一部の家臣は、その言葉に沿って、今後の動きについて考えを巡らせる。
「正面対決、ですか。では、まずは敵斥候隊の殲滅ですね
しかし、流言であった時のリスクが大きいのでは?
いや、敵がガルムスドッグを使役していたのは、ほぼ間違いないか」
口をへの字に結んだ家臣が、ブツブツと自問を始めた。
「どちらにせよ、村がカラということで、こちらが敵の動きを掴んでいることに気付かれる。
いや、気付かせても良いか」
(視点変更)
「私が死ねば、その死体を確認しにティーマがそれを確認するはずです。
私が囮になり、その男を倒せば亜人群は瓦解するはずです」
「却下」
俺は、即座に隣に座る小動物の意見を切り捨てる。
だって、まだ報酬を貰ってないもん。
小動物は、溜息を一つついて胡乱な目でこちらを凝視する。
「なら、すること早く済ませましょう。それで良いですね」
よくないに決まってる、『早い』なんて漢が言われたら、ショックでハラキリです。
「待たれよ。
一つ、本当にそなたが囮として使えるのか。
二つ、その橙色の髪の男が本当に存在するのか。
三つ、その男が死ねば、本当に亜人どもは散るのか。
この証明は、如何にする?」
対面に座る獣のおっさんが簡潔に疑問点をあげる。当然のことだわな、あれから獣おっさんが捕虜を尋問しても、小動物が主張した情報は得られなかったからね。
しっかし、小動物ちゃんってば。密談だからって3人の位置近いよ。獣臭いよ。
「不可思議なことには、必ず不自然な原因があります。
私の言葉に疑問を感じるのは当然ですが、この情報を頭に入れて相手を観察することで、今まで見えていなかったものが見える可能性があります。
そして何より、私一人が犠牲になったことで、ユーリリオン側にマイナスは無く、このことによって情報のウラを取ることができればプラスになります」
小動物の意見に何やら考え込む獣おっさんを尻目に、この女は俺に向かって約束通りにとか抜かすので、結構強めにチョップを入れた。
かなり痛かろう、現に頭抑えて唸ってるからな。
ハッキリ言って、投げ槍の相手を好きにしても面白くない。受け入れるなり、嫌がって抵抗するなりのアクションがあってこういうのは楽しめるもの。
小動物は、侘び寂びを分かっていない。
「それ絶対に『侘び寂び』違います」
頭を抑えながら、呻くように小動物は俺にツッコム。む、口に出てたか。
「クロウ、と呼べば良いのか。 お主、我らに助力するつもりは?」
「寝言は寝て言え、犬っころ」
馬鹿かこのおっさん。なんで、俺が負け戦に乗らにゃならんのだ。
おや、『犬』って挑発したのに、おっさん怒んないな。『犬ではなく狼だ』っての期待してのに。
何だい小動物ちゃん、俺の裾を引っ張って?
「この人、ハイエナの獣人さんですよ」
しょうもない情報、ありがとうございます。
「この人は多分ダメです。地位も名誉も欲しがっていません。
他の欲求よりも、自身の生存欲の方が上にあります」
小動物ちゃん、正解。危険を感じたらすぐ逃げる、これモットーです。
「だから、それを上回る報酬を提示します」
何だい、この状況で君の身体じゃ釣り合わないよ。
「先程捕虜の彼らから聞き出した情報の中に、あなたが欲しがっているものがありました。
獣を使役している橙色の彼は、聖壇教会暗部の関係者です」
(視点変更)
中天を過ぎ、サイプレスの斥候隊が集落に到着すると、そこはもぬけの殻だった。
「隊長」
「分かっている。先見が失敗したから、村人どもが逃散したのだろう」
副長に答え、問題点はこのことがユーリリオン側に知れているかどうか、ということを呟く。
「犬どもを出して、村人を捜索せよ。逃げ出したとしても今朝方、あまり遠くには行っていない。
各小隊は、付近にユーリリオン兵がいないか確認せよ。
こちらの動きが漏れているなら、確認の部隊がいるはずだ」
隊長の命令により、30人ばかりの斥候隊は動こうとした。
「小動物ちゃんよ。なんか、自棄っぱちというか、投げ槍というか。
そんなに教会に見捨てられて、殺されかけたのがショックなの?」
集落の中に、緊張感の無い黒い男と青い髪の少女が散歩のように歩いてくる。
斥候隊は油断なく彼らを見据えたが、たった2人とわかると目に見えて空気が弛緩した。
二つの人影の間隔はやや開いており、その関係性がうかがえる。
「そんな、こと、は。
それより、小動物っていうのいい加減にやめて下さい」
「なら、ハムスターちゃん?」
黒い男の言葉にイライラすると青い少女、そして黒い男はそんな青い少女をニヤニヤと眺める。
そして、少女はそんな男を半眼で目付け、諦めたかのように一息を吐く。
「私の名前は、『シノノメ』です。これで良いですか?」
「!?・・・、シノノメ、何ていうの?」
「シノノメ=ダチュラですけど、やっぱり変わった名前ですよね」
黒い男は彼女の名前に少し驚いたような顔をして、少女を見るが。
少女は、自分で自分の答えに納得したように、軽く笑う。
「いや、姓があったから驚いただけだ。俺は『クロウ』。もちろん、姓はない」
どこか良い所の出と問うクロウに、さあとはぐらかすシノノメ。
斥候隊隊長は、彼らを生け捕りにするために包囲の指示を出す。
「で、小動物ちゃんや。そんなにモヤモヤしてるなら良い方法ありまっせ」
シノノメは小動物と言われたことに文句を言うが、クロウはおちょくって相手にしない。
「身の安全は、獣おっさんらの牽制で何とかなるんだ。特等席だぜ」
斥候隊には気付かれていないが、間諜ら10名が身を潜めている。
クロウの纏う空気が変わり、シノノメは口を噤む。
「やつあたりや。一番スッキリする方法やで」
約3時間後、領境の砦を物量で飲み込んでいるサイプレス軍本体。
その中のティーマの元に数匹のガルムスドッグが帰投し、斥候隊の全滅の情報がもたらされた。
そして、わざと逃がされたガルムスドッグを追跡した間諜の長により、サイプレス卿の出陣と獣を使う橙色の髪の男の存在という二つの情報を、アスセーナは手に入れることができた。
同時刻、山中。
斥候隊の生き残り5人が本隊に合流するために、ボロボロの姿で歩いている。
そして暴行でも受けたか、同じ様にボロボロになった青い髪の少女が斥候隊の1人に担がれていた。
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