第8話 お兄様

 ハイ、俺忘れ去られました。


 ハイ、無視されました。


 みなさん、絶壁姫を讃えて盛り上がってます。


 俺の隣では、ロックゴーレムが土下座スタイルで丸まってます。


 ・・・・・・おーい、ジジイどこ行った?

 暇だから、スコアの確認しようぜ。


「そなたには、世話になったな」

 ホワッツ? 俺、絶壁姫に何かしましたっけ?

 何かしようにも、揉むとこないし。


「ぐぁーーー!! ぎざまぁ!!」

 おっと、ゴーレム復活、ボディーのダメージから立ち直るなんてタフだね。

 そういえば、フルプレートの上からの一発だったか、失敗。


「やめてくれ、セコイア。そなたの忠言、心にしみた。

 お前にも感謝する。あらためて、器というものを考えさせられた」

 その言葉に耐え切れず、後ろに控えてた奴らが一斉に吹き出した。



 そして、アスセーナは真実を知る。





(視点変更)


「ほう、では私は貧しき者か? ん」

「そのような、いえ、あの」

「ほれ、申し開きの場は作ってやったぞ。何か申さぬか?」


 ユーリリオン城、戦乱なき時代は白亜の城として知れ渡った優美な建造物。

 その城主の私室にて、先代からの忠臣、猛将としられたセコイア=メタは、その巨大な体を縮こまらせていた。


「なるほどな、デカい方が夢が広がるか。

 これは、そのように見合い相手でも見繕わんとな。

 幸い我が領は酪農が盛んだ。おい、スタイン部を呼べ」

「姫様〜」

「姫と呼ぶな大馬鹿者。まあ良い、続きは日を変えてリィリィを交えてやる」

 その言葉に、マジ泣きしそうな顔をするセコイアを無視し、アスセーナは報告書を彼に渡す。


「まだ、領内にいますか。

 僥倖というべきでしょうね。あんなのが他領に雇われでもしたら」

 報告書を読みいつものいかつい顔と図体に戻るセコイア。


「馬鹿を言うな、逃すわけないだろう。

 誰が絶壁だ。サラシを巻いて胸当てしているのだから当たり前だろうが。

 絶対に引っ捕まえて、訂正させてやる」


(ああ、だから今日からパッド入ってるんですね)


 アスセーナな言葉に、セコイアと部屋に控えた侍女の心の言葉がハモる。



 ノックと名乗りがあり、アスセーナが入室を許可すると、彼女と違い背の低い可愛らしい娘が入ってくる。

「失礼しますわ、おねえさま? ・・・どうしたんですか、そのお胸」


 アスセーナは妹の、リィリィの本当に豊かな胸元を一瞥してからそっぽを向く。

「いやな、私も自分に合う下着というものをつけてみたんだ。

 おどろいたな〜。これほど、付け心地が違うなんて」

「お姉様、こっちを見てお話ししてください。

 サイズが違い過ぎですよ。寄せて上げても物理的に無理かと思いますが」


 アスセーナは、リィリィの方を見てあー、とかうーとか、絶壁とか呻いて、少し落ち着くまで時間を要した。

 なんとも、セコイアは自分のいない所で話して欲しいと、リィリィを見るのだった。



「お兄様にお会いすることは、お許しになられますでしょうか?」

「構わんよ」

「あら、即答」


 リィリィの実の兄、ジーリョはこの城の一室に拘置されている。

 最初は憑き物が落ちたかのような彼だったが、時間が経つと情緒不安定さが出てきており、妹の慰問で少しは気が休まればと、アスセーナは考えた。

 なお、ジーリョの名誉のために付け加えると、キチンと人前では取り乱しているとこは見せていなかった。

 また、以前よりよっぽどマシな顔になってもいたので、アスセーナは妹の願いを聞き入れたのである。


「・・・お姉様、雰囲気変わりました?」

「うん?」

「領主になってから、やけに尊大になったなって思ってたんですが、今はそれが自然な感じになりました」

 ふと、アスセーナはあの戦の最後を思い出す。

 彼女はあそこで変わったといっても良い、今までは領内を上手く統治するために領主らしく演技していた。

 だが、あそこで彼女は、君主としての生き方を考えるようになり、日常生活でも自然とその場に相応しい振る舞いをするようになれた。


 そして、思い出す。


「お姉様?」

 額に青筋を浮かべる姉を見て、ドン引きするリィリィとあらぬ方向に視線を反らすセコイアだった。





(視点変更)


 何故だ、何故、みなそんなに緊張感が無い。

 それに、目の前の男、いくらなんでも笑い過ぎだろう、いい加減無礼打ちするぞ。


「なにが、可笑しい? セコイア、説明しろ」

 私の命令に、今までは真っ赤な顔をしていた臣下の血の気が引き、兵達の緊張がいつもより張り詰める。


「あの、そのですね。器と夢の話でしてね。

 なんと言うか、少しロマンに通づるものがありますので、姫には理解が難しいかと」

 要領の得ない話し方だ。この愚直な男には珍しいな。


「姫さん、あんまり部下を虐めてやるなよ。

 器といっても、カップの話よ。カップの」

 おい、と男を制止しようとするセコイアを手で黙らせ、男に続きを促せた。


「なんだな、ものの大小は好みってこった。

 そこのおっさんはデカい方が好みのようだが」


 ブフって、兄君、いきなりどうしたんですか。

 まさか、傷など負っているのですか。


「そっちのゲロ太君は理解したみたいだな。やっぱ、漢同士は話が早いね。

 今までの顛末がわからなくても、こういう話に入ってこれる」


 わからない。この黒い男の笑顔が怖い。

 みんなが怖い。私だけが認識できていないことがある。


「わっかんないかな、胸に手を当てて考えて見たらどうだい」


 男の言うように手を当てて考えてみる。

 私は、何を間違えた。私は、私を、私の、私の。

「ん? わたしの」

「うん、ちっぱい」

 お兄様が、大爆笑が、大爆発した。



(視点変更)


 いきなり涙目で切り掛かってくる絶壁姫。

「誰の、何が、どうだって?」

 あ、ちょっとドス効きすぎ。マジ般若、やばい、イジリすぎた。


「ゲロ太君、ゲロ太君」

 呼びかけられたゲロ太は、キョロキョロ辺りを見てたら、私?て自分を指す。

 お前しかいないだろうが、イケメンフェイスで口元のゲロ拭ってたのは。


「え、え、っと。セーナ。

 君いつも気にして無いって、鎧着るのも弓を使うのもその方が楽だって」

「お兄様のバガー!!」

 ちょっとなんで火に油注ぐの、そんなの気にしてないって自分自身に言い訳してるに決まってるだろうが。


 付き合ってられねえ、ていっと。

 振り下ろしてきた剣をよけ、手刀で小手を入れて、刃物を落とす。

 ふえって、変な声を出す彼女に駄目押しをする。


「じゃあな、絶壁姫」





(視点変更)


「何やら、お兄様もお姉様も変ですね」

「そうかい、リィがそう感じるならそうかもね」

 ジーリョは、侍女が用意した紅茶に口をつけ、しばらく待つ。

 やっぱり変だ、思いながら兄の顔を観察する。


「何やら、嬉しそうですね」

「ああ、十何年ぶりに、セーナに『お兄様』って呼ばれたんだ」

 兄の言葉に信じられない顔をする妹に、自分が飲んだカップを妹に渡すジーリョ。


「あの、こう言うと、何かと思いますが。

 お兄様もお元気そうで、わたしも安心しました」

 リィリィは兄の口を付けた所から紅茶を飲み、ホッとしたような表情になってから、また心配そうな表情に戻る。


「大丈夫だよ、リィ。結構スッキリしたんだ」

 そう言うジーリョの目に曇りはなかった。

「気でも触れましたの? 死を覚悟するなんて、戯曲の中にしかありませんわ」


 妹の皮肉にふっと、微笑を見せるジーリョ。

「覚悟なんてしてないよ。ただ、諦めただけさ。

 本音を言うとね、怖くて怖くて仕方がないんだ。だけど、そう言う時に『まあいいか』って思うと少し楽になるんだ」

「それは、逃げじゃないんですか?

 わたしもお母様方も助命をお願いしようと思っているんですが」

 もういいよ、と優しくジーリョは妹に言い、リィリィは兄に、そう、と短く呟く。


「お兄様は大分お変わりになられたようですね。何があったか教えてくださいます?」

 それはね、と妹にこの戦の前日に黒い男に会ったことを話していく。

 妹は、段々、表情を険しくして行き。


「そうですか」

 姉と兄の顛末まで話が終わって最後に見た妹の表情は、ついこの間も見た般若の如きものだった。


「すみませんが、今日の所は。

 ちょっと、急ぐ用事を思い出しましたので」

 ジーリョの返事も待たず、リィリィは廊下に飛び出て、人を呼ぶ。



「お姉様にお伝え下さい、その不埒者の名前、リィリィが知っております!!」

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