第2話 思い出し笑い

 世の中は腐っている。


 嘘、大げさ、紛らわしい。


 騙された正直者の自分が情けなくなる。


 けど、騙した人と騙された人。


 騙された方が悪いとはいえ、騙すということは明確に刑法に違反する。


 そう、嘘つきは『詐欺』という犯罪だ。


 嘘を吐いた者は、針千本飲まないといけない。


「と、いうわけで、格好いいとこ見てみたい。

 それ、一気!一気!」

 俺のコールに言葉にならない声で応える男。

 うん、元気がってよろしい。あと997本だから頑張れ、先は長いぞ。

 はは、馬鹿だなあ。そんなに暴れなくても、今の君は俺の座布団だ。

 男に座るなんて気持ち悪いので、早く千本飲んでくれると助かるのですが、漢がやり遂げるところを見届けてあげるのが心意気ってもんです。



 あ、皆さん。聞いて下さいよ。

 ひどいんですよ。


 懐あったかくなって、でも心が寒いままだったから、そういうお店に行ったんですよ。

 で、その店の看板娘、背が高くて、腰がくびれてて、お胸も程良くて。

 もうこの人に温めてもらうしかないって、そう決めちゃいましたね。

 ルンルンでしたよ。内心小躍りしながらベッドで正座して待ってましたよ・・・・・・、ドクロな怪獣の赤王さんが現れました。

 しかもこの怪獣喋りはじめました。なんでも手にタッチでいくら、胸にタッチでいくら等々、いやぁビックリです怪獣って喋れるんですね。

 とはいえ、俺にはムツゴロウ趣味はありませんので、この怪獣墓場を後にしようとしたんですが、何もしていないのに金払えってんですよ。

 当然、無視して外に出ようとノブに手をかけたんですが、そこで赤王さんが待てと肩を掴んできて、思わず首投げしてしまいました、ジュワ。


 赤王さんが痙攣して気絶(多分死んでないと思う)して、さよならって時に怖いお兄さんがいっぱい出ててきて、ウン。

「怖かったんです。何が何だか分からなくなりました」

 良い子のみんな、やりすぎて捕まったらこう言っとけば良いからね(大嘘)。


 最後に偉そうな人に会いに行ったら、話が長くなりそうなんで、一杯飲んでもらって親睦を深めている所なんです。

 ノミニーケーションって大事です。今回は接待する側なんで俺は飲んでませんが、相手様の気分を害さないように場を盛り上げます。


「あ、オネーサン。グラス空いたんで追加の針をお願い」

 うん、看板娘さんは給仕の仕事だったんだね、納得。





(視点変更)


「お姉様、やはりお兄様が」

「間違いないだろうね。

 あの馬鹿、今がどういう時か分かっていないのか」

「もう、・・・・・・今回は」


 お姉様と言われた長身の女性が唇を噛み、一筋の赤い雫が顎につたい、落ちる。


「二度は無い、そういう話だ。あの馬鹿が」

 昔から、仲は良くなかった。

 妾腹の女に、正妻が生んだ兄妹。

 妾腹ということで気儘に生きてきたお姉様と呼ばれた女性。

 もしかして、そのお兄様と呼ばれた男は、その自由さを羨んでいたのかもしれない。


 しかし、後継とされたのは正妻の子らではなかった。

 そうして、愚兄は短慮にも一度反乱を起こした。

 そのような所が後継と選ばれなかった原因であろう。

 準備不足の反乱は直ぐに鎮圧されたが、その時に隣の領の侵攻を受け、領の一部を失った。

 しかし、正妻と実の母の嘆願があり、姉妹も兄を殺すことは躊躇われたため、謹慎という形でこの件はおさまった。シコリは残ったままで。


「問題は、私が領主ってことなんだろうね」

 男尊女卑の根は深い。いくら優れた手腕を持とうとも、彼女を認めぬ者たちが、未だその兄を表に押し上げようとする。本人達の気持ちを無視して。

 彼女には、もう誰が味方で誰が敵かもわからない。

 今回の件も、兄の屋敷に慰問していた妹を引き揚げさせる際に起こった。幼い頃から信頼していた騎士によって起こされた。



「そういえば、そなたの窮地を救った剣士というのは?」

 姉の質問に、妹はこれまでと異なった苦々しい顔色を浮かべる。


「ただの野盗です。即刻指名手配して下さい。

 真っ黒々で、背が低くて、平たい顔なので直ぐに見つかるでしょう。

 名前は、」





(視点変更)


 うん、やっぱりお酒はゆっくり味わって飲まないとね。

 良い子のみんな、一気飲みは危ないよ。

 さっきのオジさん、はしゃぎすぎて泡吹いて伸びちゃったから真似しないでね。



 ふ〜、少しスッキリした。

 と、俺は一口酒を煽る。

 酒精ばかりキツイ酒で風味も何も無いが、禁欲生活が長かった俺にはえらく美味く感じる。

 周囲の喧騒が遠い。

 ガラの悪い酒場だ。こうして正体を無くしていると、えらい目に会うことは間違いないだろうね。まわりじゃ堅気に見えない奴らばっかりで、下品な会話をしながら大声で笑っている。


 ・・・・・・羨ましく無いもん、下品な話題が無くても。


 あのメスガキ、攫っときゃ良かったかな。

 オツムはイかれてるみたいだったけど、見た目もエロさも満点だったよな。

「確か、名前は、」


 ドヤドヤと団体客が店に入ってくる。どうやら店の客ではなく、俺の客みたいだ。

 ぼんやりと目の前の男が自分に対してスゴむのを見ていたが、俺は全く違うことを考えていた。





「あなた、わたしの物になりなさい」


 一瞬、時間が止まった様に感じた。


 はぁ!? なんなのこの娘、いきなり俺の肢体目当てなの?

 普通ひくでしょう。ホラ、死体ゴロゴロ〜、ゴロゴロだよ。

 も、もしかして、死体を見て興奮するとか、高度過ぎるよ俺には!!


「えっと、そういう趣味は無いので、お金くれません?」

 ほら引いてるよ、俺が引いてるよ。

「棒録ですね、弾みます。

 今はそんなに用意出来ないですが、望むだけ約束します」

 ヤダ、俺って買われちゃうの? 飼われちゃうんですか?


「いやあ、お互いも知らずにそんな関係って、ね」

「これは無礼をいたしました。

 わたしは、アスセーナ=ユーリリオン伯の異母妹のリィリィと申します。

 あなたのお名前もよろしいでしょうか」

 何、誇大妄想? いや良いおべべ着てるし、本当?

 それに上流階級って性癖歪んでそう・・・だし・・・。


「・・・・・・クロウ、だよ。氏は無い」

 ヤなこと思い出した。偉そうな奴、偉い奴は嫌いだ。俺はサンドバッグじゃねぇぞ。


「悪いがあんたの性癖に付き合ってる趣味は無い」

「へ? 性癖ですか?」

 なんだ、ぽけっとした顔しやがって。死体なんか珍しくも無いってか、ほんと反吐がでる。


「あの、姫様。その、周りががですね。場所を変えた方が、匂いもキツイですし」

 ん、何だいきなりキョロキョロしだして、あれ固まった。

「ひ」

「・・・・・・ぶっ、あはは、ギャハハ!!」





(視点変更)


 あぅ、何かあったかいものが。

「って、見ましたか!? 笑うのをやめて下さい、やめなさい!!」

 信じられない、まさか、不覚。

 顔に血が上るのがわかる、情けない。

 でも、一番信じられないのは、目の前の大うつけ。

 普通、レディが恥ずかしい所を見せたら、見ないフリをしてフォローするのが紳士じゃないの!!

 あっ、コラ、指差すな。


「こいつを斬って、早く!! 隠滅よ命令よ!!」

「む、無茶言わんで下さい。わしらじゃ無理ですよ」

「あぁ!! 勝手にお金渡して、何してるの」

 そんなこと命令してない。ああ! もう! あなたもいい加減に笑うな」


「じゃあな、お漏らし姫さん。・・・・・・風邪引く前にパンツ替えとけよ。」

「ニヤニヤするな!? あん、もうヤダぁ・・・・・・」

 さらに、不覚。わたしは、こんな子供のイジワルみたいなものに負けて、泣き出してしまった。





(視点変更)


 思い出しただけで笑えてくる。最後に泣き出した所がツボにハマる。


 ニヤニヤしながら、俺は蹴散らした馬鹿どもが何か訴えているのを無視した。

 他の客は逃げ出し、店の主と給仕は震えて縮こまってやがる。


 そう考えると、気絶も嘔吐もしなかったあの姫さんは中々の胆力だったよな。

 単に、鈍いだけかもしれんが、ぷっ、くくく。



「お強いですね。お仕事、受けて見ませんか?」


 胡散臭い風体の商人風の男だ。ああ臭え。


「んだ、お前は?」

「斡旋業を営んでいます。近々、人が入り用なんです」


 ああ、この男から匂っているのは死臭か。

「もうすぐ戦が起こります。よろしければ、如何ですか?」

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