リンネコ

理佐ちゃん

第1話

 そう、彼、あるいは彼女を表すのなら、「麗しい」この一言につきる。彼、いや、彼女、この際めんどくさいので彼は、まんまるの目に輝く金色の瞳、小柄ながらに堂々とした歩き方。光沢のあるグレーの毛並みに、きれいな三角の耳。とにかく、絵本の中からでてきた王子様みたいなのである。

彼を見たらその日はラッキーといわれるほどこの地域、雑司ヶ谷では有名な猫なのだ。そして、そんなラッキーな猫の隣の家に住んでいるのは、そう、私、さつきである。

 そんな彼に興味がわき始めたのは、小学校1年生の頃である。風景を描くことが好きだった私は、毎日のように、外に出ては家の周りを片っ端から描いていた。そんな時、たまに現れる王子様にこころを打たれてしまったのは、致し方のないことであると思う。それからというもの、私は彼を見つけては追いかけまわしたり、スケッチしたり、餌をやってみたりした。最初のころはいつ彼、王子様が現れるか見当がつかなかったので、外で待機することが多かったのだが、ある、法則を見つけてからは、その必要がなくなった。1.彼は夕方になると忽然と姿を消し、どこを探してもいなくなるということ。 2.おやつの時間、3時あたりになると、どこからか姿を現すということ。 3.満月前後の3日間は姿、形、存在もがこの世からいなくなるということ。3に至っては、その事実を認識するまでに6年はかかった。もともと、王子様は隣の小口さんの猫なのだが、どうも満月前後の3日間になると、小口さんは突然に、王子様のことを忘れてしまう。それは私のクラスメートも同様で、ラッキーな猫の話はその3日間なかったことになる。しかも、不思議なことに、私が描いた王子様のスケッチも王子様の部分だけきれいに消えてしまうのである。


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 今日は数学のテストであったため、午前中で下校となった。その日は、久しぶりの秋晴れで、実はこの一週間ずっと雨が降っていたのが、気分がのりにのっていた。空は青く澄んでいて、気温もまだ寒くはない。それに加えて、紅葉もちらほらはじまってきていることなんか、美術部の私には小躍りしそうなほどにうれしい。それに、なんていったって、久しぶりに王子様に会えるかもしれないしね。高校にあがってからというもの、5時前に帰宅するのは困難になり、私はまったく王子様に会っていないのである。

 コンクリートの一軒家に到着すると、玄関を抜けて自室にカバンをおく。私は、3時までには少し時間があるので、家の前のもみじでも、スケッチしようかな、なんて思いながら外にでた。

 「ミャオ」 

 すると、後ろから猫の鳴き声が聞こえる。この辺は野良が多いので、足だけが白い野良ちゃん、クツシタかな、と思いながら声がしたほうへ振り向く。と思っていたら、なんと王子様がいるのである。この10年間王子様が3時前に現れたことなんてなく、こんなの、例外中の例外である。しかも、王子様が私のことをじっと見る、なんてより例外だし、王子様が声をはっされることなんていうのは、例外なかの例外の中の例外なのである。

 「ミャオ」

 また、王子様が鳴いた。そして、ゆっくりと堂々とした歩きで私の前を通り、ついてこい、といっているような風貌で私を見上げる。そして、そのまま、軽やかな足どりで東のほうに歩いていった。なんだか、ついていかなければならないような、そんな気がして、気づいたら王子様を追いかけていた。

王子様は、音楽大学を超えて、鬼子母神を超えて、目白の方向へ向かっていった。すると、唐突に王子様は空き家の中に入っていった。そして、その空き家のドアをすり抜けると、なんと忽然と姿が消えてしまったのである。まるでアリスがうさぎを追いかけていたらうさぎがいなくなってしまったかのようなそんなかんじである。

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 塩のにおいがする。海の音がする。トンビの甲高い鳴き声までする。空は快晴ではあるが、秋の晴れではなく、夏の晴れである。私はもちろんあのあと王子様を追いかけたのだが、こんなとこについてしまった。それに、急に季節が戻ってしまったかのようなそんな暑さまでする。周りをみると、腐った木の壁に古くなった漁師網、ガラスのないまど、さびたいかり、トンカチが置いてある。どうやらここはどこかの海岸の古小屋の中のようだ。少し困ったことになった。先ほどまでは目白の空き家にいたのに、どうしてこうなったのだろうか。唯一の私の取柄はいつも冷静であるということ。とりあえず、夢であることを祈りながら、現在地を確認するために冒険にでることにした。

 なんというか南国系の海である。ヤシの木にハイビスカス。ココナッツの実がついてある木まである。人がいない無人島なのではないか、というくらい静かな場所。王子様もどこにもいない。


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 「{‘*+>*{‘{」

 とおじさまが言っている。

 私は今猛烈に困っている。なかなか人が見つからないので、ここ一時間色々な方法で帰る方法を試していた。瞑想もした、神様にお願いもした。高いところから飛び降りもした。寝て起きれば戻ってるかもと思って、お昼寝もした。でも、お昼寝をしたのが間違いだったみたいだ。起きると目の前にひげで顎が覆われたおじさまがいたのだ。目はアーモンド形をしていて、茶色い。そして、なんというか、とにかくでかいのだ。たぶん身長190cmはあると思う。

 とやかく、言葉はわかなくてもどうも通じるもので、なんでここにいるんだ!というようなことをおっしゃっていることは伝わる。

 「日本!日本!JAPAN!」

 と、とりあえず言ってみた。

 「@;:;・。85。」

 やはり、よくわからない。


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 私はおじさま、ブライアンさんに連れられて、港に来ていた。どうやら、私がいたのは誰も普段はいかない海岸だったのだそう。そして、私がなぜここにいるのかというと、あのあとジェスチャーと私の得意な絵でコミュニケーションをとってなんとか、日本に帰りたい主旨を伝えることに成功した。しかも、今日たまたま日本行の船の出航日だったそうで、それにたまたまブライアンさんがその船の船長さんだったそうで、日本に帰してくれるそうなのだ。ワァットア、コインセでンス。(なんという偶然)。

 そんなこんなで、ブライアンさんの船に乗った私はあと、3か月あれば日本に帰れるそう。


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 一週間はたった。娯楽もなくてなにもない一週間はこれほどまでに辛いのね、と認識し始めた頃、私に友達ができた。彼女はマリーって言って、きれいなまんまるい金色の目をしいるのが印象的である。彼女は全体的にふわふわしていて、そんな彼女はいつもふわふわしたワンピースを着ている。しかも、こんな娯楽もないような船じゃなくて、豪華客船でも乗れるのではないかというほどのお嬢様オーラをだしている。それになんといおう、彼女は日本語が喋れるのだ!

「マリー。今日も暇だね」

船の甲板の上で晴天の青空を見ながら話しかけた。

「ええ、そうねぇ」

マリーが眠そうに答える。なんというか、マリーはどんな顔をしていてもかわいいのだ。

  「ねえ、マリー。マリーは何で日本にいくの?」

と、疑問に思っていたことを聞くと、おもむろに胸元のネックレスをぎゅっと握る。彼女はいつも、深い青色の楕円形のきれいな宝石を大事そうに首にかけている。

  「うーんと、大事な人に会いにいくために」

  と、どこか遠い寂しげな目をして答えた。きっと、マリーにこんなことを言わせるなんて相当のイケメンなんだろう。

  私とマリーは雑談をしたり、ゲームをしたりして時間を潰し、その日は寝た。


  そう、事件はその日に起こったのだ。夜、うとうとしていたら大きな雷の音が聞こえた。その後に、ゴゴゴゴゴコという、破壊音まで。私はあわてて飛び起きて、外にでた。すると、外は大雨の上に強風が吹いている。なにが起こっているのかさっぱりわからない。とにかく、この船に乗車している人が右往左往している。私はマリーを探すことにした。

  ゴゴゴゴゴコ。メシメシメシメシ。

嫌な音がする。足元を見ると船が沈み始めている。

 「さつきっ」

 という、叫び声が聞こえて、顔をあげるとマリーがいた。

  「マリー!」

  私がマリーがいるほうへ走った、その瞬間、私とマリーは強風で船から投げ出された。


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  いやに、視界がはっきりしている。息ができない。海の中でマリーが沈んでいくのがみえる。そっと上を見上げるとどうやら私もマリーとともに沈んでいるようだ。マリーがいるほうに手を伸ばす。やっとのことで、マリーの手を掴んだと思ったら、私はマリーのネックレスをつかんでいたみたいだ。すると、その瞬間海流が変わったようでマリーだけがすごい勢いで流されていく。

(マリー!)

 私はありったけの力で叫んだが、きっと彼女には届いていないのだろう。でも、一瞬マリーは私の方を見て、口を動かした。

 何故だかわからないけどしっかりとその言葉だけは聞こえた。


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 目を開けたら目白の空き家にいた。今、その瞬間、私の頭の中で壮大なストーリーが展開されていたようだ。でも、なんだかやけにリアルで今でも少し息苦しい。そして、なんだか、ここにいたらいけない気がして外にでた。外は秋晴れで涼しく、また、すがすがしいほどに平和だった。

 「あれ?」

 びっくり、し過ぎてつい声にだしてしまった。空き家の入口にマリーのネックレスがかかっていたのだ。さっき通ったときにあったのか無かったのか思い出せないが、どうみてもあれはマリーのネックレスだ。


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 家につくともう夕方になっていた。私の隣人である、小口さん、王子様の飼い主の家の引き戸をひいて、ドアをあける。昔の家だから、ピンポンがない。

  「小口さーん」

と呼ぶと家の中から、小口さんがでてきた。小口さんはダンディーなおじさまで、ほりのふかい日本人離れした顔をしている。しかも、こんなに大きな家に住んでいて、かっこいいし、やさしいのだがなぜか独り身なのだ。

  「あの、お」

と、すべて言い終わる前に小口さんはおもむろに私の手にあるネックレスを握った。その、小口さんの表情がマリーとなんだか似ていて、なぜだかあの、王子様のまんまるい金色の目を思い出した。


終わり











確かマリーは、はっきりと3丁目の小口さんと言っていた。私が唯一知っている小口さんは私の隣に住んでいる王子様の飼い主であるが、そんな偶然があっていいのだろうか。

でも、もし、王子様は実はマリーでその大切な人が王子様の飼い主だったら、なんて現実離れしたことを考えてしまう。

そんな事はないだろうが、でも、なんだかあの空想は必然で、マリーが私にネックレスのことを頼んだのかもしれない、という根拠の無い考えがぐるぐる頭をめぐる。

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リンネコ 理佐ちゃん @Risa-chan

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