第6話 薄衣を纏ったブラックホールを鑑賞する方法
『ブラックホールシャドーを求めて』 6/7
■前口上 6■
本編にぜんぜん関係ない前フリで、
しかもHPにアップしてあることの書き直しだけど、
最近読んだSF。
Kim Stanley Robinson "BLUE MARS"★
火星テラフォーミングSFの傑作、『レッドマーズ』『グリーンマーズ』そして
『ブルーマーズ』三部作。
数年前に、蔵書の整理や処分をした際、『レッドマーズ』『グリーンマーズ』
はあるのに、どうしても『ブルーマーズ』が見つからない。
どこに入り込んでしまったのか探したが、何のことはない、
『ブルーマーズ』だけ未翻訳だった。
『グリーンマーズ』の翻訳が2001年だから、
もう『ブルーマーズ』の訳出はないだろうなぁ。
そのころと違い、いまはAmazonで原書が入手できる。
こうなると、読みたくなるもんで、原書"BLUE MARS"をゲットしたけど、
原書を読むなんて何十年ぶりだか、読み通せるかなぁ。
まずは『レッドマーズ』の再読からはじめたけど、
新年度から1年ぐらいかけて読んでいきたいものだ。
2017年3月27日
JF
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第六章 薄衣を纏ったブラックホールを鑑賞する方法
図版URL
http://quasar.cc.osaka-kyoiku.ac.jp/~fukue/POPULAR/17kakuyomu/17kakuyomu06.htm
本章では、ブラックホールへ降り積もるガスの量が非常に少ない場合、いわばブラックホールがシースルーのネグリジェみたいなドレスを纏っている場合の鑑賞法を紹介します。なお、スタンダードドレスである標準降着円盤の場合におけるブラックホールの見え方を“ブラックホールシルエット”と呼びました。シースルードレスの場合は見え方の理屈が多少違う部分もあるので、ここでは“ブラックホールシャドー”と呼ぶことにします。
熱が下がらない-膨らむ理由
標準降着円盤と比べて、降り積もってくるガスの量が多いと膨らむなら、逆に非常に少なくなると円盤はさらに薄くなるような気がすると思います。しかし常識に反して、ガスが希薄になっても、やはり円盤は膨らむのです。その理由を簡単に説明しますが、ここも飛ばしても差し支えありません。
とりあえず一言で言えば、高温となったガスが冷えなくて熱が下がらないため、熱膨張で膨らみます。ブラックホールが光り輝く衣を纏えるのは、ブラックホールに落下していくガスが高温になって光り輝くためだという話は、すでに何度もしました。光はエネルギーももっているので、ガスから光が放射されるとガスからエネルギーも奪われて、ガスは冷却します。標準降着円盤では、摩擦によるガスの加熱と、放射によるガスの冷却が、ちょうどよい案配で釣り合っていたのです。たとえば、人間のような温血動物も、体内で発生した熱を体表から赤外線で放出して、体温を調節していますね。熱機関のシステムとしては似たような状況だといえます。
ここで問題になるのは、ガスが光を放射するためには、いろいろな方法はあるのですが、いまの場合は、ガスの粒子、具体的には電離した陽子や電子同士が適度にすれ違う必要があることです(直接に衝突するわけじゃないですが、電気的な力を及ぼし合うので、クーロン衝突といいます)。標準降着円盤や超臨界降着円盤では、ガスの密度が比較的高いために、ガスの粒子は十分な頻度で衝突して光を放つことができます。しかしガスの量が減り希薄になってくると、この衝突が非常に起こりにくくなります。ブラックホール周辺で高温となったガスの冷却が非常に悪くなると、ガスの温度は何と約一兆度から数十億度という超高温状態になります。
ここまで超高温になると、さすがにガスの圧力も非常に大きなものとなり、ガス円盤は膨れあがり、円盤状というよりは球状に近い状態でブラックホールに落下していくこととなります。逆に、光子の量は少ないので輻射圧はほとんど効きません。またガスの量が少ないため全体的に半透明な状態になっています。イメージ的には、ブラックホール周辺がボーと光る高温プラズマガスに取り囲まれたような状況です。
ちなみに、このような放射不良円盤は、天の川銀河の中心にあるブラックホール「いて座A*」や、巨大楕円銀河M87中心にある太陽の約三十億倍の超巨大ブラックホールなど、比較的暗いブラックホール周辺に存在していると考えられています。
最初に撮影されたブラックホールシャドー
ガスの量が少なく半透明な、いわば薄衣を纏った状態なので、ブラックホールは薄衣を透して見えそうです。このような薄衣を纏ったブラックホールの姿をはじめて示したのがファルケたちです(2000年)(図6-1)。図の上の列は、極度に自転しているカー・ブラックホールへ向かって高温プラズマガスが球状に降ってきている場合で,一番左が計算で得られたシャドーで、右の2つは電波で観測するとぼやけますよという予想図です。また図の下の列は、シュバルツシルト・ブラックホールのまわりを高温プラズマガスが回転している場合です。やはり右の2つは電波観測の予想図です。
図6-1 ブラックホールシャドー(Falcke et al. 2000)。上がカー・ブラックホール+球状ガス、下がシュバルツシルト・ブラックホール+回転ガス。一番左が計算例、真ん中が0・6ミリの電波で観測した予想図、右が1・3ミリの電波の予想図。
ブラックホールを取り囲む希薄で淡く光るガスの中に、たしかにブラックホールシャドーが現れているのがわかります。ブラックホールのまわりのガスが淡く光っているわけですが、ブラックホールの向こう側にも拡がっている高温ガスからの光が、手前のブラックホールに遮られて届かないため、このようなシャドーが生じます。もっとも、ブラックホールの手前側のガスから出た光は観測者に届くので、シャドーが完全に真っ黒なわけではありません。露出を上げるとシャドー部分も淡く光ってみえます。そのような計算例も紹介しておきましょう(図6-2)。
図6-2 薄衣を纏ったブラックホール(http://www.tomakomai-ct.ac.jp/department/gene/am/gallery/bhs/bhs.html)。最大回転するカー・ブラックホールを想定し、観測者は自転の赤道面から俯角5°に位置している。輝度のレベルをいろいろ変えて、シャドーの見え方を変化させてある。
これらブラックホールシャドーでは、標準降着円盤のブラックホールシルエットと異なり、シャドーの形はほぼ円形です。そして内縁の縁が見えていたブラックホールシルエットと異なり、シャドーはほぼブラックホール領域に相当します。ただし、見かけの大きさはブラックホールよりも大きく、シュバルツシルト・ブラックホールの場合はブラックホールの2・6倍ほど大きいものとなっています。これは光線の曲がりと重力レンズ効果によるものですが、少し後で説明します。
その前に、やはり細かい話は後回しにして、当時のことを少し書いてみましょう。ファルケたちのブラックホールシャドーは有名になりました。こういうアプローチもあったんですね。ぼくもやられたと思いました。彼らの想定した薄衣-半透明な放射不良円盤のことは、ぼくもよく知っていたモデルなので、このアプローチは気づいてしかるべきでした。もっとも、シュバルツシルト・ブラックホールでの光線の計算はできるのですが、カー・ブラックホールでの光線の追跡はしたことがなかったので、ぼく自身にはできない計算だったかもしれません。まぁ、自分にできない計算ならば仕方ないでしょう。
逆に、自分が気づいて当然のテーマで、かつ自分で計算などもできる内容で、さらにそれがクールな研究だと、これは悔しいです、ほんとに。なんで自分でしなかったんだと、自分自身に腹が立ちますね。スポーツなどの競技だと六位ぐらいまでは入賞があるようですが、研究の世界では入賞というものはありません。二等さえありません。一等賞しかないのです。誰かが先を越せば同じ研究はもうできないのです。だから他の人も関心がある競争的なテーマだと、ときとして非常に厳しい競争になります。そういうのは精神上とても悪いので、最近はできるだけ競争的でないテーマを選ぶようにしています。よく言えば、誰もがしたことがないテーマであり、悪く言えば、誰もあまり興味をもたないテーマかもしれないですね。でも、自分が楽しめて、世界で一番最初に秘宝を見つけられるなら、それもまた佳しとしましょう。
シャドーの形を決める光子半径と射影半径
ブラックホールのまわりでは光線が曲げられ、しかも曲がる度合いはブラックホールに近いほど大きくなります(図6-3)。そこで、円周方向に光線を発射すると、発射位置がブラックホールに近づくにつれて光線はブラックホールの方に曲げられ、ついには、発射した光線がブラックホールのまわりをぐるりと回って発射位置まで戻ってくるという、とんでもない事態が起こります。円周方向を向いて立つと、自分の後ろ頭が見えるわけです。何とも不思議な感覚でしょう。
図6-3 ブラックホール周辺の光線の軌跡。いろいろな半径から円周方向に発射した場合(左)と光子半径からいろいろな方向に発射した場合(右)。
円周方向に発射した光線が時空の曲がりに沿って進み、ブラックホールをぐるりと一周してしまう半径を「光子半径」と呼んでいます。シュバルツシルト・ブラックホールでは、光子半径はシュバルツシルト半径の1・5倍になります。カー・ブラックホールでも光子半径は存在しますが、カー・ブラックホールの自転方向に光線を発射した場合と、自転と反対方向に発射した場合では、光子半径は違ってきます。
少し専門的になりますが、ブラックホール周辺での重要な半径を図6-4に示してみました。図の横軸はカー・ブラックホールの自転の度合いを表す「スピンパラメータ」と呼ばれる量で、0が自転のないシュバルツシルト・ブラックホール、1が最大自転しているカー・ブラックホールになります。実線はブラックホールの半径で、スピンパラメータが大きくなるにしたがい、シュバルツシルト半径から、その半分まで小さくなっていきます。また破線は四章で出てきた最終安定円軌道の半径で、スピンパラメータの増加とともに、シュバルツシルト半径の3倍からシュバルツシルト半径の半分まで変化します。
さらに、一点鎖線が光子半径ですが、ブラックホールの自転と同じ方向に発射した光線の場合は、スピンパラメータの増加とともに、1・5シュバルツシルト半径から0・5シュバルツシルト半径へと小さくなっていきます。一方、自転と逆方向に発射した場合は、1・5シュバルツシルト半径から2シュバルツシルト半径へと大きくなります。
これは、カー・ブラックホール周辺の「時空のひきずり効果」と呼ばれるものが原因です。自転方向に光子を発射したときには、時空のひきずりによって光子が“落ちにくくなるので”、光子半径はスピンパラメータの増加と共に減少しますが、自転と逆方向だと、時空のひきずりが邪魔をして、光子半径は増加するのです。
図6-4 ブラックホールの重要な半径。横軸はスピンパラメータで、縦軸は事象の地平面の半径(実線)、最終安定円軌道の半径(破線)、光子半径(一点鎖線)。
つぎに、ブラックホールの“見かけの大きさ”である「射影半径」というものについて考えてみましょう(図6-5)。
半径Rの球を無限遠から見たときに、球の見た目の半径は、球の中心から発した光が無限遠に届く位置と、球の縁から発した光が無限遠に届く位置の差bで与えられます。この無限遠に射影した球の半径bは、光線を逆に辿れば、無限遠から球に向けて発した光線が球にぶつかるギリギリの半径なので、「衝突パラメータ」と呼びます。
図6-5 無限遠からみたブラックホールの射影サイズ。ブラックホールの見かけの大きさ(2・6シュバルツシルト半径)と光子半径(1・5シュバルツシルト半径)。
もし空間が平坦で光線の曲がりがなければ、無限遠に射影した球の半径bは、当然ながら、もとの球の半径Rに等しくなります。ところが、光線が曲がると話は違ってきます。衝突パラメータbが十分大きければ、光線はブラックホールを逸れていきますが、bが小さくなるにつれてブラックホール近傍での光線の曲がりは大きくなり、ついにはある値以下になると、光線はブラックホールの光子半径より内側に入り込むことになり、そのままブラックホールに吸い込まれることになります。このときのギリギリのbの値が、ブラックホールから発した光線(というものがあれば)が無限遠に届くときなので、無限遠から眺めたブラックホールの見かけの大きさということになるのです。
このときの衝突パラメータbの限界値は、シュバルツシルト・ブラックホールの場合、シュバルツシルト半径の約2・6倍になります。すなわち、無限遠に射影したブラックホールは、もとのサイズよりも、2・6倍も大きく見えるのです。そしてこれがブラックホールシャドーの大きさとなります。
ブラックホールシャドーは見えるのか!?
ブラックホールシャドーについては、ファルケたち以降も、ブラックホールが帯電していたり自転しているときや、ブラックホール周辺の高温プラズマ中を光るプラズマ雲が公転しているときなどについて、シャドーの形状や見え方が調べられています。興味深い点の一つは、ブラックホールの自転の度合いに寄らず、シャドーの形状がほぼ球形に近いことです(図6-6)。逆に言えば、もし将来の観測で、球形から大きくずれたシャドーが見つかったら、ブラックホールの土台である一般相対論を揺るがすことになりかねないという指摘もあります。ブラックホールシャドーの観測は、一般相対論の直接的な検証になるので、非常に重要視されているわけです。
図6-6 ブラックホールシャドー(提供:高橋労太)。
周辺のガスの光り方は違うものの、シャドーの形状はあまり違わない。
天の川銀河にあるブラックホール、いて座A*の場合、シャドーの見かけの差し渡しは40マイクロ秒角ぐらいになります。1度の角度の60分の1が1分角で、その60分の1が1秒角で、さらにマイクロ秒角は100万分の1秒角という非常に小さい角度になります。電波干渉計と呼ばれる高性能の電波望遠鏡を使うと、非常に小さな角度の天体でも解像できるので、もう少し機能が向上すれば、いよいよ最新の電波干渉計で分解できるぐらいになってきており、ブラックホールシャドーの姿を鑑賞できるのも間近いかもしれないのです。
とまぁ、ここでも煽りっぽく書きましたが、やっぱり、もうしばらくは掛かるかもしれません。でも、ぼくが生きている間には視ることはできると思います。
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ブラックホール可視化のサイドストーリーその2といったところだ。
次回は簡単なまとめで最終回としたい。
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