第4話 光り輝くブラックホールを鑑賞する方法
『ブラックホールシャドーを求めて』 4/7
■前口上 4■
本編にぜんぜん関係ない前フリで、
しかもHPにアップしてあることの書き直しだけど、
最近読んだノンフィクションについて。
ロン・ミラー『宇宙画の150年史』★
なかなか高価で立派な本だが、この種の本はめったに出ないので、
書店で見つけたとき即座にレジへ持参した;
ありがたいことに、再興なった丸善書店は5000円以上の購入で、
市内無料配送してくれるのだ。…
さてさて、昨年末ぐらいにゲットして、数ヶ月して、
ようよう新学期前に捲る時間ができた。
たしかに、150年史と銘打つだけあって、多くの画像が収集されており、
知らない絵も多く、知っている絵でも、
有名なスペースコロニーの絵の作者の話など、
それなりの出来映えではある。
一方で、残念ながら、Amazonのレビューでも同じ意見だったけど、
長岡秀星や岩崎一彰、そして最近ではKAGAYA(加賀谷穣)さんら、
著名な日本人宇宙画家の作品が皆無だった。
選者の勉強不足というよりは、
海外でも有名な作品が抜けているのも多いので、
かなり偏った視点で選ばれた感ではある。
Amazonのレビューは★4つだったけど、ぼくは★3つぐらいかな(笑)。
オリバー・ストーン
『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史 全3巻』★
雑食性でわりと雑多な本を読むが、現代史は少ないものの、たまに趣向を変えて、
ジョン・トーランド『大日本帝国の興亡 全5巻』と一緒にゲットしたものだ。
一言で言えば、アメリカ現代史のいわば黒歴史みたいな感じかな。
世界のリーダーや警察というのは、たんなる神話で、
実体は、大英帝国のつぎの帝国にすぎない、といった内容である。
アメリカ経済やあまりよくわからない話も多いが、
日本の教科書には載っていない内容が満載なので、
多面的にものごとをみるためにも一読の価値はあるだろう。
バトゥーシャク『ブラックホール』★
ブラックホールの理論的・観測的な歴史を、
そのアイデアの端緒から最先端の研究まで、
非常に丁寧に解説した一冊だ。
あらかた知っている内容ではあるが、細かなことも含め、
ここまできちんとまとめてあると、何かと便利で、手元に残すことにした。
マックス・テグマーク『数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて』★
しばらく前に丸善で原書があって、読みたいけど、原書だとなぁ、
と思っていたところが、思わず早くに翻訳が出た。
パラレルワールド理論のテグマークの本である。
テグマークの話は、論文や解説記事などで関心があって、
とりあえずは、上辺だけ理解したつもりになり、
いろいろなところで紹介もしてきたが、ちゃんとわかってはいなかった。
1冊になった書物で丁寧に説明してくれたので、予想外に深く面白かった。
しかし、最後の方は難しくて、ちゃんと理解できたとはいえない。
これも手元残しかなぁ。また何年か後に読み返してみよう。
斎藤貴男『『あしたのジョー』と梶原一騎の奇跡』★
稀代の漫画(劇画)原作者、梶原一騎の評伝である。
12月下旬、書店で見かけてノータイムで手に取り、
数日後には読み始めた、一気に読んでしまった。
『巨人の星』『あしたのジョー』『愛と誠』の三部作、
大ファンだったわけではないが、どれもリアルタイムで読んだ世代だ。
『愛と誠』は全巻もっていた。『夕やけ番長』ももってたなぁ。
『紅の挑戦者』ももっていた気がする。
スポーツマンガ系はほとんど関心がなかったけど、
梶原一騎原作の作品は案外と読んでいたんだ。
ま、とにかく、その評伝、予想外に骨太で書き込んであり、面白かった。
マンガがらみなこともあり、先に読んだスティーブ・ジョブズの評伝よりも、
ぐっと面白く、丁寧に読んでしまった。
ガイ・ヘイリー『SF大クロニクル』★
正直、とんでもない分厚さの本で、丸善で見つけてノータイムで手に取り、
レジへ持っていったが、市内配達無料の価格(合計5000円以上)を
単品で楽々超えていた。
一年ぐらい前に買ったものの、分厚さに手を出しかねていたが、
このままじゃ永久に読めないと思って、
年明けぐらいからチビチビと読み始めたものの、ぜんぜん進まん(泣)。
…
結局、海外のみで翻訳のない作品や、
あまり関心のない作品などは飛ばしながら、
なんとか読み終えたが、重たかった。
ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン
『国家はなぜ衰退するのか-権力・繁栄・貧困の起源-(上下)』★
(原題:Why Nations Fail: The Origin of Power, Prosperity, and Poverty)
経済学はあまり科学とは思っていないので、
この種の本を読むことはほとんどないが、
でも、この本は非常に秀逸で面白かった。
繁栄と貧困が生まれる理由は、従来の学説である、
温帯や熱帯などの地理的な要因(地理説)ではなく、
文化的な要因(文化説)でもなく、
裕福になるための方法を知らない(無知説)でもなく、
ひとえに、制度的なもの・人為的なものであることを、
非常に説得性をもって語られている。
支配者や組織が収奪的組織および収奪的(extractive)経済制度であるか、
あるいは包括的(inclusive)経済制度であるかが、
繁栄と貧困を分岐する最大の原因であることを、
ローマ時代から現代までの人類の歴史を紐解いて解き明かしている。
原題(Why Nations Fail:国々はなぜ失敗するか)の方が、
内容をよく表しているだろうと思う。
2017年3月19日
JF
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第四章 光り輝くブラックホールを鑑賞する方法
図版URL
http://quasar.cc.osaka-kyoiku.ac.jp/~fukue/POPULAR/17kakuyomu/17kakuyomu04.htm
ではいよいよ、光り輝くブラックホールの美しき眺めが、どのようにつまびらかにされてきたのか、本章で詳しく紹介していくことにしましょう。長年にわたる、ブラックホール研究者たちの、血と汗と涙の結晶、という一面もないではないですが、綺麗なモノが好きな人たちが思い思いに楽しんだストーリーという側面もあります。光り輝くドレスを纏ったブラックホールはどのように鑑賞するのでしょうか。
最初に“撮影”されたブラックホール画像
すべては約四十年前のルミネの論文(一九七九年)からはじまりました。その論文ではじめて光り輝くブラックホールの御姿が発表されたのです。ルミネの論文を読んだのは大学院修士課程の院生のころだったと思いますが、とても印象的で衝撃的だったことをよく覚えています。そっか、こんな研究してもいいんだ、などとも思った気がします。
図4-1 ブラックホール降着円盤の“白黒写真”。スペクトル全波長域の放射強度を点描で示したもの。この図ではわからないが、裏側から曲がって到来する“帰還放射”なども計算されている。
というのも、ぼく自身、理科は大好きですが、実は技術や美術なども好きでした。人物画や風景画は下手くそでダメですが、デザインとかは好きで、いまでも、論文に載せる説明図はもちろん、発表用の説明図なども自分でカラフルに作成します。一般向けの書籍の説明図も基本的には自分で作成します(多くはデザイナーさんがトレースし直しますが)。また飾り文字やレイアウトも好きで、中学生のころにレタリングの本で勉強したこともあり、本を書くようになってからも、フォント(字体)や図版の置き方のレイアウトなどはかなり凝る方です。一般の書籍では、もちろん専門のデザイナーさんがレイアウトを組みますが、ラテフ(LaTeX)と呼ばれる数式処理が得意な組み版ソフトで執筆する専門書では、自分ですべてのレイアウトを組んだこともあります。話がだんだん逸れました。ようは、自分が見たい知りたいと思っている“絵”を学術論文に載せてもいいんだとわかったわけです(後述するように、実際はそうでもないのですが)。
いったいどんな人がこんな面白い研究をしたのか、とても気になったものです。ずっと後になって、自分自身でも光り輝くブラックホールの姿を撮影した後に、一度だけ国際会議でルミネに会ったことがあります。別にエキセントリックでもマニアックでも変な人ではなく、とても気さくなフランス人でした。ぼくたちが発表したブラックホールの“カラー写真”についても、とても面白かったと褒めてくれたのは嬉しかったですね。半分リップサービスだとは思いますが、外国の研究者はとても褒め上手です。
図4-2 ルミネ(1988年、山田コンファレンス、東京にて)。写真写り(格好)もいい、めちゃイケメンさんですね。
図4-3 福江(同)。ルミネと並べると、しょぼい(泣)。
推敲中に昔の資料を調べてみたら、一九八八年の国際会議のときに撮影したルミネの写真が見つかりました。えらいイケメンさんでしたね(笑)。同じときのぼくの写真もありました。こっちは、、、とりあえず、若いです。後ろのポスターをみると、この研究会ではまさにブラックホールのカラー写真を発表したようです。
ルミネの論文には、(後の六章で紹介する)射影半径の解析的導出や、赤道面の射影、等赤方偏移線などなど、ブラックホール降着円盤の見え方に関する基礎的な事項がすべて述べられています。そして、それらの理論的法則にもとづいて、ブラックホール降着円盤の“リアル”イメージが撮影されたのです。ルミネが撮影したのは、シュバルツシルトブラックホール周辺の、幾何学的に薄く光学的に厚い、いわゆる「標準降着円盤」というものでした。
先を急ぎすぎました。まずは降着円盤について、下準備を少ししておきましょう。
光り輝くドレス-ブラックホール降着円盤
前章で紹介したように、ブラックホールには、太陽の三十倍以上ぐらいの大質量星が超新星爆発を起こした際に中心部が重力崩壊して形成される、典型的には太陽の十倍程度の質量をもつ「恒星質量ブラックホール」と、形成過程は未解明ながら、おそらくあらゆる銀河中心に存在する、典型的には太陽の数千万倍から数十億倍ぐらいの質量をもつ「超巨大ブラックホール」があります。恒星質量ブラックホールは、単独で存在していれば真っ黒で見えないでしょうが、連星の片割れとして存在している場合は、相手の星の外層大気を剥ぎ取り吸い込んで、光り輝くことができます。このとき、ブラックホールに吸い込まれるガスは、連星の回転の影響でブラックホール周辺を渦巻くことになって、高温ガス円盤を形成します。また超巨大ブラックホールの場合、天の川銀河中心のように周囲にガスや星がなければ黒い常識的なブラックホールのままですが、銀河中心領域のガスを吸い込んだり星を破壊してガスに変えたりして、やはりガスを吸い込んで光り輝くことがあります。このときも、たいていは超巨大ブラックホール周辺には高温ガス円盤が形成されます。これら、ブラックホール周辺に形成される光り輝くガス円盤を、専門的に「ブラックホール降着円盤」と呼ぶのです。この降着円盤が、いわば、ブラックホールが纏った光り輝くドレスなのです(図4-4)。
図4-4 ブラックホール降着円盤
ブラックホールと通常の恒星がお互いのまわりを回り合っているX線連星(上)や、超巨大なブラックホールが鎮座している活動銀河の中心核(下)などでは、中心部を拡大すると(矢印)、ブラックホールの周辺に、しばしば、光り輝くガスの円盤-降着円盤-が形成されている(中)。標準的な描像では、降着円盤は幾何学的に薄く光学的に厚くて、中心ほど高速で回転しており、表面温度も高い状態になっている。また、ブラックホールのごく近傍では、ブラックホールの重力が強すぎて回転運動を維持できなくなるため、シュバルツシルト・ブラックホールのまわりの標準降着円盤では、3シュバルツシルト半径のところに内縁が存在する。
ブラックホール降着円盤の主成分は電離した水素ガス(水素プラズマガス)ですが、ヘリウムや他の重元素も若干含まれています。標準降着円盤の場合、その形状は薄い平べったい円盤状で、またガスの密度が濃いために円盤ガスは太陽のように不透明になっています。直観的には平たい星をイメージすればいいでしょう(図4-4)。
図4-5 降着円盤の回転則。重力と遠心力が釣り合っている
星と大きく異なる点は、降着円盤はブラックホールのまわりを回転していることです。そして標準降着円盤の場合、ガスは降着円盤の中を、太陽系の惑星のように、中心ほど早い回転角速度で回っています。ガスの回転の仕方はケプラーの法則にしたがうので、「ケプラー回転」と呼ばれます(図4-5)。
ケプラー回転している降着円盤の場合、太陽系の惑星とは根本的に異なる点が一つあります。太陽系の惑星の場合、太陽のまわりを回る惑星の間には、重力以外には直接の相互作用はありません。しかし、ガス円盤の場合は、そのガスの粒子間に直接の相互作用が強く働きます。一般には、「粘性」とか「摩擦」と呼ばれている作用です。すなわちガスの隣接する各部分は、頻繁に衝突し合い、乱流渦などでまじり合い、さらに電磁場などを介在して遠方のもの同士が影響を及ぼし合います。これらの相互作用-広い意味での粘性のために、ブラックホールからいろいろな距離におけるガスの各部分は、ブラックホールの重力と回転による遠心力がほぼ釣り合った状態で、ほとんど円軌道を描きながらも、少しずつ回転の勢いを失いブラックホールへと落下していくことになります。
この“粘性”の働きについて、もう少し詳しくいうと、まず、半径の隣り合うガス層の間での相互作用は、角運動量の輸送を引き起こします。すなわち回転角速度の早い内側の層は、少し回転角速度の遅い外側の層と相互作用することによって、角運動量すなわち回転の勢いを少し失い、さらに内側の軌道に移るのです。角運動量を得た外側のガス層は、それをさらに外側へ伝えていきます。こうしてガスは降着円盤の中を回転しながら、次第に中心の天体へ向かって落下していき、一方、ガスの角運動量は降着円盤の内部を外側へ輸送されていくことになります。そのままだと降着円盤の内部のガスはすべてブラックホールに落ち込んでしまいますが、常に外部からガスが補給され続けることによって、定常的な状態が維持されるのです(図4-5)。
さらに、隣接する軌道のガス間で回転の仕方にズレがあるために、隣接する二つのリングの間では摩擦が働きます。そして、ブラックホール近傍では、このガスリング間の摩擦によって、おそるべき量の熱が発生するのです。ガスの回転は中心に近いほど大きいため、加熱の割合も中心ほど大きく、ガスの温度は中心に近いほど高くなります。実際、降着円盤のプラズマガスは数万度から一千万度あるいはそれ以上の高温になるのです(図4-6左)。太陽の表面でさえ六千度程度であることを思うと、降着円盤がいかに高温かということがわかるでしょう。
またガスは、その温度に応じた電磁波を放射するので、降着円盤の外部領域では赤外線が、中心に近くなると可視光線が、さらには紫外線やX線が放射されることになります。その結果、標準降着円盤から放射される光のスペクトルは、熱放射(黒体放射)のスペクトルを少し引き伸ばしたような形になります(図4-6右)。この降着円盤からの電磁放射が、近接連星やX線星そして活動銀河の明るさの根源なのです。
図4-6 降着円盤の温度分布とスペクトル。
(左)降着円盤の温度分布
横軸はシュバルツシルト半径を単位とした中心からの距離、縦軸はガスの温度(共に対数表示)。ごく中心近傍(シュバルツシルト半径の3倍の最終安定円軌道半径より内側)では降着円盤は回転が維持できなくなり、ガスの温度が下がっている。ブラックホールの質量は太陽の1億倍で、質量降着率は1年間に太陽1個分とした。
(右)降着円盤のスペクトル
横軸は放射される光の振動数、縦軸は光の強さ(共に対数表示)。
ところでガスをこれだけ加熱するためのエネルギーはどこから来るのでしょう。一章で述べましたが、そう、その源が重力エネルギーなのです。円盤のガスが回転の勢い(角運動量)を失って内側の軌道に移動すると、中心の天体による重力の勾配を少し落下するために、その落差だけ位置エネルギーが余ることになります。余った位置エネルギーの半分は回転を増すのに費やされますが(内側の軌道ほど早く回転しないと遠心力と重力が釣り合うことができない)、残りの半分が粘性(すなわち摩擦)を通じて降着円盤のガスを加熱することに使われるのです。そして最終的には光に変換されて降着円盤表面から放出されるのです。
世界最初の“ブラックホールカラー写真”
先にも述べたように、ルミネの論文はとても印象的で衝撃的で感動的でした。と同時に、いくつか不満もでてきます。まず、画像が点描だったことです。おそらく、当時のコンピュータの能力の範囲ギリギリで、点描というイメージにしたのでしょう。しかしもっとも不満だったのは白黒イメージだった点です。これも当時のコンピュータの能力としては、致し方ないことだったかと思います。いつの日にか、降着円盤をカラーで撮影したいと思った、ような気もします。
そして大阪教育大学に就職した後、2期目の学生だった横山卓史くんが関心をもったので、無謀にも卒論でチャレンジと相成りました(Fukue and Yokoyama 1988)。修士論文ならまだしも、大学の卒業論文ですからねぇ、コワイモノ知らずにもほどがあります。実際、かなりの暴挙でして、日本天文学会での発表前日に、“世界初、ブラックホールのカラー画像撮影”という見出しで、読売新聞の一面を飾った写真は、実は後にバグがあったことがわかったりします。さいわい、学術論文として投稿した際にはちゃんと直しましたが、間違い写真にはとても焦った覚えがあります。
後から思えば無謀なチャレンジだったかもしれないですが、やはり、やってみようという気概は大事なのかもしれません。とにもかくにも、最後には正しい結果を得ることができたのですから。最終的に学術論文に掲載された光り輝くブラックホール降着円盤の“カラー写真”が図4-7です。
図4-7 ブラックホール降着円盤の“カラー写真”。中心近傍の温度を10000Kとして、大まかに可視光の色合いを着色した。
細かい説明は後で行うとして、当時の話をもう少し書いておきましょう。
美麗な“絵”を学術論文に載せていいんだとしても、基礎計算はルミネが行っているものなので、さすがに絵一枚では論文が受理されないでしょう。そこで、いわばアリバイ作りみたいな感じで、電波からX線にいたる全波長域の画像だけでなく、可視光やX線領域(当時活躍していた日本のX線天文衛星ぎんがに合わせた波長域)などの画像や、「掩蔽光度曲線」など、一応、それなりにアカデミックなものも“おまけ”に計算して論文にまとめました。またこっちの本音は“カラー写真”にあるわけですが、建前上は、それらの“おまけ”を主題として、“カラー画像”の方を参考的に載せるようにしました。当時の編集部からもカラー画像は不要だろうなどという意見も出たぐらいですが、まぁ、そこは多少もめたものの載せてもらいました。
たしかに、天文学的(学術的)には掩蔽光度曲線などの方が意義があります。しかし、初の“ブラックホールカラー写真”はやはりインパクトが強く、新聞トップはもとより、数十の雑誌から写真をリクエストされ、そのつどカメラ屋さんでプリントして送ったものです。デジタル時代以前で、とても手間暇がかかり面倒でした。このときにはじめて知ったのですが、新聞とかはリクエストされて提供したものでも謝礼はなくて、手間暇はもちろん、プリント代などもすべて持ち出しなんですね。また国内だけではありません。論文が出版されて数年後には、アメリカの何冊かの大学教科書で使われたり、かの有名なネーチャー誌など海外の雑誌でも紹介されました。学術的に意味のある掩蔽光度曲線が引用されたことはほとんどないですが、歴史に名を刻んだのは(笑)カラー画像の方で、なかなか複雑な心境ではあります。
でも、歌手の方とかが一発ヒット曲があると、地方回りで一生食っていけるという話は、いまはよくわかります。ぼくも“ブラックホールカラー写真”は、三十年近くにわたって、折に触れて使い倒し、ブラックホールをネタに何冊も本を書いているんですからねぇ。さすがにこいつで飯が食えるわけじゃないですが、このような研究者にとってのヒット曲を「キラー論文」ということがあります。そして一生に三本ぐらいはキラー論文を書けるとよいそうです。
図4-8 最近の美麗なカラー写真(Takahashi 2004)。
も一つ裏話ですが、一九八七年当時のパソコンのスペックだと、一枚の画像を計算するのに十七時間ぐらいかかっていました。しかも色数は十六色しか使えず、色の割り当てに苦労したものです。さらに計算精度もあまりよくなくて、画像をよくみると三角関数の精度が悪いのかモアレなども出ています。後年、大学院の後輩にあたる高橋労太くんが作成した美麗な写真(図4-8)を眺めると、感慨深いものがあります。
ブラックホールシルエットが歪む理由
では、ブラックホールカラー写真の細かい説明をしていきましょう。まず、光る衣-降着円盤-を纏ったブラックホールのシルエットですが、これはブラックホールそのものの影ではありません。
周囲からブラックホールへ向けて降り注ぐガスの量がほどほどの場合、ブラックホール周辺に形成されるガス円盤は、形状的には薄く光に対しては不透明で、ガスは中心ほど高速で回転しており、表面温度も中心ほど高い状態になっています(標準降着円盤)。標準降着円盤は、強いX線をはなつX線連星や明るく輝く活動銀河中心核にしばしば存在していますが、前者では、ブラックホール近傍での円盤の表面温度は数千万度にもなって、円盤ガスからは強いX線が放射されています。後者では、円盤中央域の表面温度は数十万度で、紫外線から可視光領域で光り輝くことになります。
さらに、ブラックホールのごく近傍では、ブラックホールの重力が強すぎて回転運動を維持できなくなることがわかっています。これはニュートン力学では起こらないことで、ブラックホール(一般相対論)特有の現象です。回転が維持できなくなる場所は「最終安定円軌道」と呼ばれますが、自転のないシュバルツシルト・ブラックホールの場合はシュバルツシルト半径の3倍になります(自転のあるカー・ブラックホールでは小さくなります)。そのため、シュバルツシルト・ブラックホールまわりの標準降着円盤では、3シュバルツシルト半径までは光り輝く円盤がありますが、それより内側では円盤ガスが即座にブラックホールに落ち込むため、光るガスはないと仮定します。ブラックホールのカラー写真で黒いシルエットとしてみえているものは、その光っていない空洞領域なのです。
さて、よくみると、そのシルエットは左右にも上下にも非常に歪んでいます。このシルエットのゆがみにも、さまざまな相対論的効果が関与しています。いろいろな効果を示したのが図4-9です。この図は、シュバルツシルト・ブラックホールを取り巻いて反時計回りに回っている標準降着円盤を、円盤面から俯角10°の方向から眺めた姿になっています。円盤のガスの温度は、活動銀河中心核の降着円盤を想定し、中心付近で十万度としてあります。
図4-9 標準的な光り輝くドレスを纏ったブラックホールのシルエット。幾何学的に薄く不透明な標準的な降着円盤を俯角10°から眺めたもの。(右上)相対論的効果のない状況での見え方、(左上)円盤ガスの回転に伴うドップラー効果だけを考慮したときの見え方、(左下)ブラックホールのまわりの光線の曲がりだけを考慮したときの見え方、(右下)相対論的効果をすべて考慮した場合の見え方。
斜め上から10°の角度で見おろすと、普通の感覚では、図右上のように見えるでしょう。ガスの温度が高い中心部ほど明るく、しかも中心に開いたシュバルツシルト半径の3倍の半径の穴は、斜めから見ているために横に平べったい楕円に見えるはずです。
しかし、円盤のガスはブラックホール近傍では亜光速で回転しています。いまの場合、円盤は観測者に対して反時計回りに回転しているので、円盤の向かって左側が撮影者に近づくように回っており、そちら側から放射された光は波長が短く青い方にドップラー偏移して、同時に(可視領域で)エネルギーが高くなって観測されます(図4-10上)。逆に右側からの光は、波長が長く赤い方に偏移して暗くなります。これらの特殊相対論的ドップラー効果の影響が左右の非対称性を生み出すのです(図左上)。
図4-10 2種類の相対論的効果
(上)特殊相対論的ドップラー効果と(下)一般相対論的な光線の曲がり
さらにブラックホールのまわりでは空間が曲がっており、光線の経路も曲げられます。そのため、ガス円盤の手前側(画像では下側)から出た光は、ほぼ一直線に進んで観測者に届きますが、向こう側(画像では上側)から来る光は、ブラックホールの近くを通ってくるためにその経路が大きく曲がります(図4-10下)。その結果、円盤の上半分が浮き上がって見えるのです。この「重力レンズ効果」が上下の非対称性を生み出すこととなります(図左下)。また円盤中心の穴も、この重力レンズ効果のために饅頭のように盛り上がった形になるわけです。
実際には、円盤の回転によるドップラー効果と、重力場中での光線の曲がりの影響が合わさって、図右下のように見えるでしょう。異様に歪んだガス円盤の像は、ブラックホールによって歪められた“時空のシルエット”を観ていたわけです。
なお、ここでは自転していないシュバルツシルト・ブラックホールの場合を中心に紹介しましたが、光り輝く標準降着円盤を纏ったカー・ブラックホールのシルエットも調べられています(図4-11)。
図4-11 シュバルツシルト・ブラックホール(左)と最大回転カー・ブラックホール(右)におけるシルエットの違い(Takahashi 2004)。
カー・ブラックホールの場合、ブラックホールの自転の度合いが増すとともに、ブラックホールの半径も小さくなり、極端に自転しているカー・ブラックホールの半径はシュバルツシルト半径の半分にまで小さくなります。また同時に、最終安定円軌道の半径、すなわち降着円盤の内縁も小さくなり、それに対応して、ブラックホールシルエットのサイズも小さくなります。そして極端に自転しているカー・ブラックホールでは、最終安定円軌道の半径はシュバルツシルト半径の半分にまで縮みます。その結果、自転していないシュバルツシルト・ブラックホールでは、ブラックホールの半径(シュバルツシルト半径)の3倍もあった最終安定円軌道ですが、極端に自転しているカー・ブラックホールになると、最終安定円軌道の半径はブラックホールの半径(シュバルツシルト半径の半分)と一致することになります。したがって、極端に自転しているカー・ブラックホールの場合、シルエットの上半分はほぼブラックホールの縁を見ていることになるでしょう(後で述べるように、光線の曲がりで見かけは大きく見えています)。一方、シルエットの下半分は、降着円盤の最内縁の縁ということになります。
光り輝くドレスのコスプレ画像
本書ではブラックホールの美しい姿を鑑賞する方法について、自分の仕事も交えながら紹介しているわけですが、ぼくもブラックホールの写真ばっかり撮っているわけじゃありません。常日頃は、ブラックホール周辺で起こるさまざまな活動現象、降着円盤の構造や振動現象、宇宙ジェットや降着円盤風の形成や加速機構などについて、比較的に地味で地道な研究をしています。数式以外にも、説明図や結果のグラフはありますが、なかなか新聞に載りそうな絵はないですね。さらにはブラックホールとは直接に関係ない宇宙流体現象や相対論的輻射輸送および相対論的輻射流体力学などという舌を噛みそうなテーマについて、数式を紡ぎ出し呪文のように編み上げて、宇宙の神秘を解きほぐそうとしているわけです(ちょっと格好いい言い方をしてみました)。
とはいっても、いろいろな研究が進むと、新しい知見が得られて、また異なった視点からブラックホールの見え方に立ち戻ることもあります。別の視点からのブラックホール鑑賞法は後の5章や6章でも紹介しますが、標準降着円盤がらみのものについて、もう少しここで紹介しておきましょう。
最初のころから気になっていた点の一つは、標準降着円盤の内縁問題です。
標準降着円盤を内縁でスパっと断ち切るのは、数学的なモデルを単純にするためで、実際には内縁より内側にもブラックホールへ落ち込むガスが存在しています。ただ、スッとブラックホールに吸い込まれるので、ガスの量は少ないだろうし、光る間もないだろうと(勝手に)想像しているだけなのです。
しかし、その後、降着円盤のより詳細なモデルが計算されていくと、外部から降り積もってくるガスの量が多い場合には、内縁より内側にも多少は光るガス円盤が広がっていくことがわかってきました。
ブラックホールの表面の部分は、「シュバルツシルトの喉」と呼ばれることもあります。シュバルツシルト・ブラックホールの場合には、喉の半径はシュバルツシルト半径になります。標準的な降着円盤、すなわち標準的なドレスの場合は、シュバルツシルト半径の3倍のところで断ち切られており、いわば襟ぐりが大きく開いたドレスだったわけです。しかし落下するガスの量によっては、3シュバルツシルト半径より内側にも光る落下ガスが存在していて、いわば、襟が喉元まで締まったドレスもあるわけですね。
このような最近の研究の進展を鑑みて、内縁半径の大きさと温度分布、すなわち襟ぐりのサイズやドレスの模様を変えて、いくつかのコスプレ(コスチュームプレイ)をしてみたことがあります(図4-12、図4-13)。二〇〇二年ぐらいのことです。
図の一番上の列の4枚の写真は、標準的なドレスのシルエットで、ドレスの襟は3シュバルツシルト半径です。左から、俯角が90°(真上から見たもの)、20°、10°、1°(ほぼ真横から)で、一つひとつの写真の差し渡しは20シュバルツシルト半径にしてあります。
真ん中の列の4枚の写真は、3シュバルツシルト半径まではほぼ標準的なドレスですが、それより内側にも光る襟が喉元まで続いている例です。3シュバルツシルト半径より内側にも光る襟はあるのですが、この例では、ブラックホールの重力場による重力赤方偏移が強く働いて、ドレスの輝きはあまり目立たちません。
一番下の列の4枚の写真は、遠方から喉元まで光り輝くドレスが続いている場合です。標準降着円盤よりも温度の変化の仕方を緩やかにしたモデルなので、ドレスの模様などが他のものとかなり違うのがわかるでしょうか。
さらにこれらのコスプレで、襟ぐりの見え方、とくに中央にできるシルエットの大きさと形状に注目してみましょう。中央部を拡大した写真が図です。先の図に対応して、一番上の列が標準ドレス、真ん中の列が喉元までそこそこに続いているドレス、一番下が喉元まで光り輝いているドレスになっています。また左側が上から撮った写真で、右側が俯角5°から撮った写真で、それぞれの写真の差し渡しは10シュバルツシルト半径です。
写真に重ねていくつかの円が描いてありますが、実線で描かれた3つの円は、それぞれ、1シュバルツシルト半径、2シュバルツシルト半径、3シュバルツシルト半径の円を表しています。また破線の円は、2・6シュバルツシルト半径の円を表しています。第六章で詳しく説明しますが、実は、単独で存在するシュバルツシルト・ブラックホールの形式的な見かけの半径が、2・6シュバルツシルト半径になります。
この図で強調したい点は、まず上方向から見たとき、3シュバルツシルト半径まで光っているはずの標準ドレスではシルエットの大きさは3シュバルツシルト半径よりいくぶん大きく、1シュバルツシルト半径の喉元までドレスがある場合もシルエットの大きさは1シュバルツシルト半径よりいくぶん大き目だという点です。シルエットが歪む理由のところで説明しましたが、これはブラックホールのまわりで光線が曲がる効果が働いているためです(図4-14もみてください)。
さらに横方向から見たとき、標準ドレスではやはり光線の曲がりの効果が効いてシルエットの大きさは3シュバルツシルト半径よりいくぶん大きい程度なのですが、喉元まで光っている場合は光線の曲がりの効果が強く働いてシルエットの大きさは2シュバルツシルト半径よりも大きくなっています。ブラックホールに近いほど光線が大きく曲げられるためです。
なお、真横方向から見たときは、シルエットの形は円形ではなくて半円形になっています。これは、先にも出てきたことですが、光り輝く円盤の手前側がブラックホールを隠すという射影効果のためです。
以上の様子は図4-14をみてもらうとよくわかるかと思います。
図4-12 ブラックホールのコスプレ
光るドレスを替えてみたとき。一番上の列は3シュバルツシルト半径に襟がある標準的なドレス、真ん中の列はシュバルツシルト半径の喉元までそこそこ光るドレスがある場合で、一番下の列はやはり喉元まで光り輝くドレスが続いている場合。左から右に、俯角が90°(真上から見たもの)、20°、10°、1°(ほぼ真横から)で、一つひとつの写真の差し渡しは20シュバルツシルト半径である。
図4-13 シルエット領域の拡大
中央のシルエット付近を拡大してみたもの。一番上の列は標準ドレス、真ん中の列は喉元までドレスがあり、一番下は喉下まで光り輝くドレスが続いている。左側は真上から、右側が俯角5°から撮った写真で、それぞれの写真の差し渡しは10シュバルツシルト半径。実線で描かれた3つの円は、それぞれ、1シュバルツシルト半径、2シュバルツシルト半径、3シュバルツシルト半径の円を表し、破線の円は、2.6シュバルツシルト半径の円を表す。
図4-14 光線の曲がりの説明図
右上からブラックホール&降着円盤を観ているときの、標準円盤の内縁(3シュバルツシルト半径)から発した光線の軌跡と、ブラックホールの喉元まで光っている円盤の最内縁(1シュバルツシルト半径)から発した光線の軌跡を表したもの。破線は単独のブラックホールの見かけの大きさを表す、遠方で2.6シュバルツシルト半径となる光線の軌跡。目盛りなどの単位のrgはシュバルツシルト半径を表す。
余談ですが、これらのコスプレ、きちんとした英語の学術論文に掲載した図なのです。さすがにコスプレ(コスチュームプレイ)などの言葉は使わなかったですが、二〇〇三年に出版された論文のタイトルは「Silhouette of a Dressed Black Hole(ドレスを着たブラックホールのシルエット)」というものでした。“カラー写真”を載せることさえ嫌がられた時代と比べると、“カラー写真”だけの論文が掲載されるようになったのですから、日本の学術雑誌もずいぶんと開明的になったと思いました。
よりリアルな“ブラックホール写真”を目指して-ドレスの輝き具合
ぼく自身は小さいときからゲームが好きで、トランプや花札はもちろん、碁や将棋から麻雀まで一通りできます。当然、パソコンゲームは黎明期からしていましたし、もちろんTVゲームもファミコン以来のファンで、スーファミ、セガサターン、プレイステーション、ドリームキャスト、PS2、ゲームキューブ、PS3などの据え置き機や、DSやPSPなど携帯ゲーム機を楽しんできた口です。最近は据え置き機でじっくりするヒマはないのですが、主に京都から大阪までの通勤時間帯など、3DSやPSVITAなどの携帯ゲーム機で日々ゲームに勤しんでいます(ちょっと格好つけて嘘つきました、自宅でもしています)。
初期の粗いドット絵と比べると、いまでは携帯ゲーム機でも美麗なCG画像が見られるようになりましたね。据え置き機のCGだとホンモノと区別がつかないぐらいのものもあります。解像度も色数も動きも格段に向上したと思います。もちろんゲームの面白さは、シナリオやキャラクターや(ぼくの好きなRPGの場合)ゲームバランスなどにあるのですが、リアルで綺麗な絵がスムーズに動くのはもちろん大歓迎です。
ブラックホールの御姿も同様で、できるだけリアルなものに近づけたいわけです。
さて、最初にブラックホールを撮影した当初から気になっていた点としては、内縁問題(円盤のモデルの問題)以外にも、明るさ(輝度)の問題と、色味(着色)の問題がありました。
まず明るさ(輝度)の問題について説明しましょう。
高温で光っている物質の明るさ(輝度)は全波長域で考えると物質の温度の四乗に比例することが知られています。高校の物理だと「ステファン・ボルツマンの法則」という名前で学ぶものです。
たとえば、太陽の表面温度は絶対温度で六千度(摂氏温度でもほぼ六千度)ですが、身の回りの温度は気温や体温ぐらいを基準にすると絶対温度で三百度(摂氏で三十度)ぐらいでしょうか。太陽の温度の方がざっと二十倍ほど高いですね。ということは、身の回りの明るさに比べ、太陽の明るさ(輝度)は十六万倍ぐらい大きいことになります。波長を無視した粗い見積もりですが、それほど悪い見積もりではありません。実際、太陽の写真を撮るときには、明るさを十万分の一ぐらいに減光するフィルタをかぶせて撮ります。最近はデジタル一眼レフカメラの性能が向上したので、観測や実験が苦手なぼくでさえ、これぐらいの写真が撮影できるのです(図4-15)。楽しいですよ。
図4-15 太陽の写真
2002年6月6日に起こった金星の日面通過時に撮影したもの。左側の黒い円が金星で、その他の黒いシミは黒点。
そこで、ブラックホールのまわりの降着円盤の場合ですが、降着円盤の表面温度は場所によって大きく違います。X線連星の場合は中心付近で数千万度ですが、外側にいくにつれ、数百万度、さらには数万度と下がっていきます(活動銀河だと、中心付近の数十万度から、数万度、さらには数千度と下がります)。中心部と周辺部で、十倍、百倍と桁で温度が違うわけですから、明るさ(輝度)にすると、一万倍から一億倍と違っていきます。こんなに極端に明るさが違うモノを同じ写真に撮影することは不可能です。
したがって、明るさ(輝度)の問題は、当初からどうしようもないことがわかっていました。ちなみに、輝度をきちんと計算してみた例を図4-16に示します。
図4-16 ブラックホールシルエットのよりリアルな輝度分布
図4-16は中心部の輝度に合わせて作成したもので、周辺が急激に薄暗くなってしまいます。逆に、周辺部の光量に合わせると、中央部は白くトンでしまい、明るさの変化がわからなくなるでしょう。どうにもこうにもショボイですね。このリアルな明るさ分布でカラー写真を撮影しても、あまりインパクトのあるものにはならなかったでしょう。
リアルという観点からは、明るさのコントラストは、これはもうどうしようもないことなので、全体が綺麗にみえるように明るさの変化はリアルさをあきらめて、本当の変化よりもずっと緩やかなものにしました。
もっとリアルな“ブラックホール写真”を目指して-ドレスの色彩
もう一つのリアルさは、色の問題です。いまでこそ、光の三原色のRGB(赤緑青)とか、物体の三原色のCMY(シアン・マゼンタ・黄)など知っていますが、最初に撮影したころは単純に色に関する知識がありませんでした。そして、温度に合わせて、最高温部は青白く、高温部は白く、さらに黄白色から橙系へと、“それなりに”着色していました。“それなりに”というのは、このような色味にできるように、中央部が十万度ぐらいになる活動銀河中心の降着円盤という設定にしました(X線連星の場合だと、中央部が数千万度なので、可視光でみると真っ白で面白くないのです)。また星の温度と色の関係に合わせるようにもしました。ただし、いずれにせよ、先にも触れたように、当時のパソコンでは十六色しか表現できなかったので、細かな色変化はそもそも不可能な時代でした。
しかし、その後、パソコンの性能は向上して、いまでは無数の色が表現できます。ぼくが使っている数値計算ソフトの制限で256色しか出せないのですが、それでも256色あれば、相当に微妙な色変化まで表現できます。さらにいろいろな研究や経験を積んで、ぼく自身のスペックも多少は向上して、RGB表色系での色表現ができるようになりました。すなわち、ある温度で光っている物質について、温度を与えると、R値G値B値のそれぞれを計算して、RGBでの色合成ができるようになったのです。RGB値をきちんと計算して色合成したものが図4-17です。
図4-17 ブラックホールシルエットのよりリアルなRGB色合成画像。
明るさ(輝度)まで考慮するとわからなくなるので、図4-17では色値(彩度)だけを表現してあります。標準降着円盤の表面温度に即した色にすると、中心領域はやや青白っぽい色が着いていることがわかるかと思います。一方、周辺では温度が急激に下がるので橙色から赤っぽくなっていきます。全体としては、色味のボンヤリとしたさえないカラー画像になってしまいました。最初のカラー画像にあった、白っぽい色や黄色や真っ赤な色合いは、どうも嘘っぽかったですね。
ちなみに、よくみると、中央部のシルエットを取り囲む内縁の縁がうっすらと赤くなっています。右側の方がより赤いですね。これはリアルなもので、ドップラー効果や重力赤方偏移が原因で、内縁からの光の波長が伸びた結果、色味が赤っぽくなっているのです。この効果は最初のカラー写真にも見られるのですが、きちんとRGB色を計算した場合でも、このような微妙な効果が現れたのは、ちょっと嬉しかったりしました。
余談ですが、このRGBカラー画像、さすがにこれだけでは学術論文にはできません。でも、ぼんやりとした色味ではあっても、一応はきちんとしたRGBカラー画像ができたので、できれば論文に残しておきたいものです。
図4-18 周縁減光効果のないRGBカラー写真(左)と効果を入れたRGBカラー写真(右)。ただし色値(彩度)だけを表現したもの。
そんな矢先、日本天文学会の二〇〇九年の春季年会で、ブラックホールシルエットのレビュー講演(招待講演)を頼まれました。ただレビューするだけでは少し物足りないので、“天体は見た目が10割”主義にしたがって、春の学会に向けて相対論的運動体の観測的な見え方についての計算も行ってみました。その内容は論文にまとめたのですが、その際おまけ的に、RGB値を各場所できちんと計算して着色した“カラー写真”を、周縁減光効果(すぐ後で説明します)というものを考慮することでそれなりに意義を与えて掲載することができました(図4-18)。何だか学術雑誌に趣味の写真を載せているみたいですが、あくまで、おまけ的な要素で、論文本体の方はそれなりに詳細な相対論的計算をしています。
図をみると、大昔に適当に色づけした場合とかなり違うのはもちろんですが、周縁減光効果のない場合とある場合とでも、青味や赤味の色合いが微妙に異なることがわかるでしょう(カラーならば)。
さらにリアルな“ブラックホール写真”を目指して-ドレスの質感
一番最初から気になっていた内縁問題や色の問題以外にも、いろいろな理解が進むと、初期の計算には他にも問題があることがわかってきました。光り輝くドレス(降着円盤)は半透明なガス体であることや、ドレス以外にもケープやスカーフなどいろいろ纏っていることなのです。まず前者について説明しましょう。
先にゲームのCGが綺麗になっていることを書きました。初期のCG画像は、人間の肌が金属のような光沢をしていました。覚えている人もいるかもしれません。これは人間の肌でも金属表面のように光を反射させて明るさや色を付けていたためです。中学校の実験なので口内粘膜の表皮細胞をみた人は、細胞がほとんど透明だったのを覚えていると思います。人間の皮膚はほとんど透明な表皮細胞が重なっているので、実際の人間の肌は半透明になっていて、皮膚の下にある血管なども少し透けてみえますね。これを「質感」といいます。最近のCG画像では、この質感をきちんと計算処理できるようになったので、ゲーム画面の人間がだんだんホンモノと区別ができないくらいになってきたわけです。
さて、ブラックホールが纏う光り輝くドレス-降着円盤も、ガスでできているので、空に浮かぶ雲や宇宙空間の星雲のように半透明です。しかし二〇〇三年ぐらいまでの計算では、金属と同じ扱いをしていました。すなわち、降着円盤には金属のようなはっきりとした表面があり、その“金属”面がある温度で光っていると考えて、カラー写真を撮影していたのです。金属人間のような絵になっていたわけですね。しかし光り輝くドレスは金属でできているわけじゃなく、半透明な高級生地でできているはずです。
質感を表現するための最初の入り口が、先に名前を出した、周縁減光効果というものです。
図4-19 周縁減光効果の説明図
観測者は右側から太陽をみている。表面近傍は半透明なので、少し内部までみえる。
太陽の拡大写真をみると周縁が暗く写っていますが、これを「周縁減光効果」といいます。先に出した太陽写真でも多少はわかるかと思います。この周縁減光効果は、太陽が光るガス体であること、内部ほど温度が高いこと、そして球状であることが原因で起こる現象です。
太陽はガス体なため、表面近傍は半透明で、やや内部から到来する光を観測することになります。ところが太陽が球体であるために、太陽面中央部で観測される場所の表面から測った深さに比べ、周縁部では(太陽面が曲がっているので)観測者から観測される場所の深さは表面からはもっと浅い場所になります(図4-19)。そして、太陽は内部に向かって温度が上昇しているので、表面中央付近に比べて周縁部では、見える場所の温度はより低くなり、暗くなって、周縁減光効果が生じます。同じ球状の天体でも、固体でできた月の場合、周縁減光効果は生じません。月の場合は、太陽から入射した光は月面の細かなチリであらゆる方向にほぼまんべんなく散乱されるため、月面の中央でも縁の方でも、明るい部分の輝度はあまり違わないのです(月の海のように暗い部分はあります)。
周縁減光効果は降着円盤でも生じます。降着円盤は球状ではなく平板状ですが、やはり半透明なガスからできており、そして表面から内部に向かって温度が上昇します。その結果、真上からみると温度の高い内部まで透けて見えて明るくみえますが、斜めからみると温度の低い上層部までしか透けて見えないので暗くなります。
このような周縁減光効果は、ガス中の光線の伝播を調べる「輻射輸送」という手法を使えばきちんと計算することができます。さらには、ブラックホール周辺では、ガスが亜光速で運動していたり、空間が曲がっていたりするので、「相対論的輻射輸送」を使わないといけません。どっかで聞いたような言葉ですね。
ぼく自身は、二〇〇五年ぐらいから、(相対論的)輻射輸送に本格的に取り組んで少しずつ使えるようになったので、光り輝くドレスの質感が表現できるようになりました。ああ、先にも書きましたが、よりリアルなドレスを表現するためだけに(相対論的)輻射輸送に取り組んだわけじゃないですよ。また後でも書きますが、研究ダンジョンの奥深くに挑むために(相対論的)輻射輸送という武器を手に入れたもので、そのスピンオフ作品がドレスの質感というわけです。
図4-20 周縁減光効果のない場合(左)と効果を入れた場合(右)の撮像イメージ(Fukue and Akizuki 2006)。
ブラックホール降着円盤の輻射輸送については、二〇〇六年、当時、修士課程の大学院生だった秋月千鶴さんと計算して、その具体例として周縁減光効果の写真を掲載しました(図4-20)。
先にも書いたように、周縁減光効果を入れると、降着円盤を斜めから観測したときには、浅くて温度の低い層を観測するために、通常の周縁減光効果で全般的には暗くなります。一方、ブラックホール降着円盤の場合、実は、真上から観測しても暗くなる!、という意外な結論が得られました。その理由は、円盤ガスが亜光速で回転しているので、光行差というものによって、円盤ガスから出た光は真上ではなく斜め前方の放射されることになり、真上からみているのに、斜めからみているようなヘンテコな状況になっているためです。
も、ガスの共動系では斜めからみていることになるためだ。
周縁減光効果は質感へ向けてのほんの手始めで、ガス内部での散乱だとか、色(波長)による吸収の違いだとか、光り輝くドレスの質感を向上する点はまだ多数あるのですが、今後も検討していきたいと思っています。
もう一つのケープやスカーフ問題については、六章の終わりにまた考えてみましょう。
映画『インターステラー』のブラックホール画像
SF映画『インターステラー』(二〇一四年)は、相対論の大御所キップ・S・ソーンらが科学考証したという触れ込みで、リアルなブラックホール周辺のが話題になりました(ソーンは2016年に発表された重力波検出の中心3人組の一人で、理論面を担った人です)。ソーンらの論文はすぐにチェックしたのですが、映画自体は二〇一五年の盆休みにDVDを鑑賞しました。最近はすぐにDVDになるのがありがたいですね。
まぁ、予想通りというか、ブラックホール周辺の描写は、案の定、画面のインパクトを重視して、一部の相対論的効果しか考慮していない間違ったものでしたし、遠方での描写はともかく事象の地平面近傍では同じ絵にはならないよ、とか、 ワームホールの外観はさすがにリアルっぽいものの、通過時はたぶん違うだろうなぁ、とか、時間のずれもそんなにならないよ、とか、いろいろ突っ込み処は満載でした。画面的・ストーリー的には仕方ないのも理解できるけど、と思いつつも、後半はもう釘付けで、ラストは滂沱状態(笑)。よい映画だったかな、と思います。
図4-21 映画『インターステラー』に使われたのと同種のイメージ(James et al. 2015)
通常の降着円盤に比べて半径方向の幅が非常に小さいリング状の円盤が置いてあり、上側からの重力レンズ像(上側のリング)に加え、裏側からブラックホールを回り込んだ像(下側のリング)も見える。
ソーンらが光り輝くドレスとして置いたのは、温度が四五〇〇度ほどの幅が狭いガス円盤です(図4-21)。円盤が遠方まで広がっていないので、裾の長いドレスというより、ビキニみたいな感じでしょうか。まず、重力レンズ効果でブラックホールの上側から回り込んでくる光線による半円形のリング状の輝きがあります。また幅が狭い円盤にしたので、下半分が隠されておらず、下側から回り込んでくる光線による半円形のリング状の輝きがあります。上下合わせて円形のリング状の輝きと、ブラックホール手前のガス円盤の輝きからできているのがわかります。
さて、本書をここまで読んでこられた方は、『インターステラー』のブラックホール画像の間違いがわかるかと思います。まず回転に伴うドップラー効果が入っていませんね。また明るさ(輝度)のコントラストも入っていません。ソーンらの論文では、色のシフトや輝度のシフトなどを考慮したケースも計算されていて、それらを入れたイメージがtrueに近いとちゃんと書かれています。しかし、先にも書いたように、どうしても絵的にはしょぼくなってしまうので、映画の画像としては採用できなかったそうです。また同時に、輝度のシフトや色のシフトなど、相対論的なすべての効果は、従来の研究ですでに行われていると、きちんとフェアに書いてあります。彼らの研究で新しく取り入れた効果は、このようなブラックホールを写真撮影した際、強い光源にカメラレンズを向けた際に生じる、「レンズフレア」というレンズ光学系内での散乱を考慮したことで、よりリアルでインパクトのある画像に仕立てたようです。
ソーンは相対論の大家で、ぼくなど相対論をちょこっと使う人間からすると、文字通り、雲の上の人みたいなものです。しかし、そんな大研究者でも、やはりリアルなイメージにはこだわりがあるんですね。ちょっと同類の匂いを感じて嬉しいです。カール・セーガンのSF『コンタクト』(映画にもなっています)では、ワームホールタイムマシンのアイデアも出しています(こちらも学術論文になっています)。SFを楽しみながら学術論文に仕立てるあたりも、ちょっと同類の匂いがします(笑)。
ソーンには国際会議で二度ほど会ったことがありますが、こちらはかなりびびりながら話しかけたのに、とても気さくに受け答えしてくれたのを覚えています。エライ人ほど優しいですね。また遠慮がちに写真を撮らせて欲しいと頼んだら、気恥ずかしそうにポーズを撮ってくれました(図4-22)。
図4-22 キップ・S・ソーン(1999年、京都にて)。
とまぁ、四半世紀ぐらい、この「ブラックホールシルエット」で小文など書いていますが、内緒のところ、もう十年ぐらい、こんなに綺麗には見えないよな、と思っていたりします。そのことは、また六章の終わりで触れましょう。
+++
今回がブラックホールの可視化に挑んできた研究者たちの物語(本論)だ。
いかがだっただろうか。
第5章も近日中にアップしたい。
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