ラッキーちゃんと黒沢くんと。
安南亭アプリコット
第1話 ラッキーちゃんと黒沢くんと春。
「春だねぇ……。」
窓の向こう側に咲き始めた、梅の木を見ながら若い女が呟く。
「ねえ、春だねぇ、って言ってるんだけど。」
女が振り返った先に居たのは黒い服に身を包んだ青年。
窓の外の春の兆しにも、声をかける女にも目を向けず、ノートパソコンに向き合っている。
「ねぇ、黒沢!聞いてる!?」
黒沢と呼ばれた青年——年は17くらいだろうか——はようやくパソコンから目を上げ、重い口を開いた。
「聞いてない。」
「聞けえええええ!」
「忙しいんだよ。俺はラッキーちゃんと違って仕事が沢山あるんだから。」
「なーっ!まるで私が暇人みたいな!」
ラッキーちゃんと呼ばれた女——こちらも年は17くらいだろうか——は体いっぱいを使って憤慨した素ぶりを見せる。
だが、黒沢の目は再びパソコンに釘付けになっていた。たまらずラッキーちゃんが口を開く。
「もう!人が怒ってるのに全然聞いてないじゃん!どういう態度なの!」
「えっ?何で怒ってるの?」
「デリカシー無し男はこれだから……。」
「ええっ?だって、ラッキーちゃんが暇なのは事実だし。俺が忙しいのも事実だし……何か悪いこと言った?」
「そういうところがデリカシー無し男なんだよ。全く……。」
ラッキーちゃんがまたむくれて見せる。
「何むくれてんだよ……。暇だって言われたの気にしてるのかよ。」
「気にするでしょうよそんな当てつけのように!確かにあたし、今は無職だけど!」
「今はってなんだよ今はって。もう無職になって1年だろ。就職活動もしてないだろ。」
「充電期間なんですー!この充電期間を乗り越えてあたしは羽ばたくんですー!」
「羽ばたく?羽根も無いのに?」
「羽根の話はするなー!!」
単なる比喩表現の様な黒沢の言葉に、ラッキーちゃんは一番怒った様に見えた。
「あれ?また怒ってない?」
「怒ってるに決まってるでしょー!あたしに羽根が無いことわかってて!」
「ただの比喩表現じゃん。」
「そうじゃ無いこと分かってる癖に……。」
「天使として天界で人々を幸せにするために働いてたけど、不真面目な態度で
クビになった上に羽根もリングも没収されてこの下界に堕とされた話?知らないなあ。」
「知ってるじゃん!全部言ってるじゃん!!」
「ぱっと見ただの人間なラッキーちゃんが元天使なわけ無いじゃん。」
「羽根とリングが無いからただの人間みたいになっちゃってるだけって言ってるじゃん!知ってるでしょ!!」
そう、このラッキーちゃんという女、実は元々天界で働く天使だったのだ。今は何の力も持っていないが。
天使の清廉なイメージからはかけ離れた——しかし幼稚な——罵詈雑言を並べ立てた後、さらに畳み掛ける。
「だいたい、あんただって普通の人間に見えるじゃん!あれ?クビになったんだっけ?悪魔。」
「なってませーん。めちゃくちゃ悪魔でーす。これは世を偲ぶ仮の姿でーす。」
「またまた強がっちゃって。」
「強がってませーん。今でも悪魔でーす。すごい悪の魔術使えまーす。」
「えー使ってみてー?使ってみてよー?」
「規則でむやみやたらに使っちゃいけないんですー。」
「規則を守る悪魔って、悪魔なんですか??」
「規則を守れなかった天使に言われたく無いですー。
大体、今時規則も守れないなんて、天使どころか人間としてもダメだと思うんですけど?」
そう、この黒沢という男は現役の悪魔なのだ。魔界出身で今でも強大な力を持った悪魔なのだ。
何故そんな悪魔がこんなワンルームのアパートで暮らしているのか。
それは彼の魔界での肩書き、「情報省下界管理局特殊情報課管理委員」と言う堅苦しい肩書きが関係している。
彼の仕事を簡単に言えば、下界、つまり普段我々が過ごしている世界に対するスパイ。スパイとして下界の情報を常に魔界に送るのが仕事なのだ。そのために世を偲び、普段は普通の人間たちに紛れて暮らしているのだ。
下界でもちゃんと手に職をつけ、その真面目な仕事ぶりは社内でも評判になっている。
この物語は、そんな真逆の様な、(でも同じレベルで言い争いをrしているから)似た者同士の様な、奇妙な二人の同棲生活を描いた物語である。
「はー?規則ぐらい守れるんですけどー?天使の規則はちょっと厳しすぎただけなんですけどー?」
「いやいや無理だね。ラッキーちゃんには無理。ラッキーちゃんは人間の規則も守れない。働けない。」
「はー?今に見てろ!今に就職して!規則を守るどころか大出世してやるんだから!!」
「就活もしてないのに?」
「明日から!!明日から就活する!!」
「はいはい、明日からね。はいはい。」
「あー!しないと思ってる!しないと思ってるでしょ!!」
「そりゃ、ね。」
果たしてラッキーちゃんは就職できるのか?次回に続く。
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