24時8分
カズキ
24時8分
彼女は、わがままを言わないひとだった。
それは、彼女が人に何かを求めないこと、期待しないことの、裏返しなんだろう。
24時8分。
彼女と別れて、いつもの最終電車に乗る。
「あんた、いいかげんにしなさいよ?」
僕と彼女のことを知る、たったひとりの友人・則子に呼び出され、開口一番、叱られた。
「久しぶりに会って、説教ですか」
「あんたのことはいいのよ。どうなろうと知らない。だけど、彼女がかわいそうだと思わないの?」
「おまえに言われなくたって、わかってるよ」
「わかってない!あんたがいる限り、彼女は本当の幸せを得ることはできないのよ?それに…」
「わかってる。俺だって、わかってはいるんだよ」
則子の言うことは、正しい、と思う。
でも、正しいか、正しくないか、では、割り切れないこともある。
本当の幸せって、なんだろうか…
「なーんか!今日は、変な顔!」
僕の頬をキュッとつねって、彼女が言った。
「ごめん。変な顔してた?」
「謝らなくてもいいけど」
「ちょっと、考えごとしてた」
「…仕事?」
「…まあ、いろいろとね」
24時8分。
最終電車の時間が近づき、僕が時計をちらっと見た時、その日、彼女が絞り出すように言った。
「…帰らないで」
初めてのことだった。
答えに惑った。
もし、帰らなければ、この最終電車に乗らなければ、どうなるんだろう…
「なーんて、嘘!早く帰って。間に合わないよ」
黙ったままの僕を、半ば強引に追い出す彼女が背中に抱きついて、言った。
「もう、会いに来ないで」
駅に向けて歩きながら、僕は泣いていた。
彼女は、人に、僕に、何も求めない、期待しない、ふりをしていただけだった。
僕はずっと、彼女を愛し、彼女を傷つけていた。
24時8分。
僕は、最後の、最終電車に乗った。
24時8分 カズキ @RaM-kazuki
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