魔法遺伝子と科学と破壊
アヲ
鬼
第1話:潜入と約束
深い群青の空に漂う雲の隙間から、欠けた月が煌々と輝いていた。
夜の空気と海の匂いが重厚な威圧感のコンテナターミナルに満ちている。
月明かりが無数に並び立つコンテナの輪郭を曖昧に照らして、それらは今にも襲いかからんとする怪物のようでさえあった。
規則的な潮騒の中で散発的にノイズが混じる。
複数人の走る音。少女の走る軽い音に覆いかぶさり打ち消そうとする大人達の走る音。
少女の心臓は早鐘を打つように鼓動している。
喉に綿を詰められたような息苦しさを感じながらも彼女は走るのを止めない。
身体は沸騰し思考は朦朧とする。唾を飲み込むのさえ苦しい。
背後から迫る敵意はその手を緩めること無く少女に銃口を向ける。
乾いた銃声がコンテナに反響し、一瞬の火花が藍色の暗闇に咲き乱れる。
しかし弾丸は少女の身体ではなく薄汚れたコンテナに不細工な穴を開けた。
少女は転がるようにしてコンテナの隙間に逃げ込み、またすぐに立ち上がり再び走り出す。
入り組んだコンテナターミナルの迷路をどれだけ縫うように走ろうと銃口はすぐに少女を捉える。
1つのグループを振り切ってもすぐに違うグループが少女の姿を発見し容赦なく引き金を引く。
左右が閉ざされた通路へ入った少女はそれでも構わず走り続ける。彼女を追う者達は背後の曲がり角の先にあり見えないが、彼らのライフルに装着されているライトがその接近を知らせている。
彼らが姿を現すと、少女はコンテナへ飛びかかり右足で側面を蹴りその上へ駆け上がる。
コンテナを蹴る瞬間、彼女の下に複雑な模様で白い輝きを放つ魔法円が出現した。追手の銃撃がコンテナを破壊すると既に消えて無くなっていが、その魔法円は彼女が魔法使いであることを証明していた。
少女は唯一の逃げ道を目指して低い金属音を響かせながらコンテナの上を走る。
彼女を追う男達もコンテナに這い上がり狙いを定める。
コンテナの端まで来た彼女は体を反転させながら飛び出す。銃が火を吹くと同時に少女は両手を前に、男達に向かって伸ばした。
銃口から弾き出された弾丸が少女の身体へと向かう。
彼女の人差し指の爪に刻まれた小さな魔法円が光る。すると彼女の前に白く輝く障壁が形成された。
そして弾丸は窓ガラスにぶつかる阿呆鳩のように勢い良くぶつかり、潰れ、地面へと落ちていく。
着地した少女はすぐさま走り出す。
海が見えてくるとより一層潮の香りが強まった。それでも鉄と火薬の臭いは消えずに少女にまとわり付いてい離さない。
ターミナルの端に来ると彼女は迷わず右に曲がりすぐに立ち止まる。
武装した男達が追いつくと少女はしゃがみ込み両の掌を地面に付けている。その地面には予めチョークのようなもので魔方円が描かれていた。
男達が逃げ道を塞ぐように少女を囲んだ。
降参するように少女へ持ち掛けると彼女は舌を出しておどけてみせる。
直後彼女は光りに包まれた。
白い閃光は辺りをくらませるほど激しく走った。
光は一瞬で消え、そこにいた少女の姿もなく虚しく構えられた銃口は標的を無くし下を向く。
男達の一人が無線で報告する。
「隊長、逃げられました」
そして淡々と退却命令が告げられた。
*
ターミナルから数十キロ程離れた森の中に建つ小さな一軒家。
その一室の窓から異様な輝きが突如発生した。
一秒も経たずに消えたその輝きの中心で少女シェイナがしゃがんでいた。彼女の髪は汗で頬に張り付き、服も銃撃を受けた際に破れて穴が空いている。
疲労困憊な身体の重さを感じながらゆっくりと立ち上がり紐の切れた人形ようにベッドに倒れ込む。
汗と鉄と火薬の臭いが、まだ彼女の身体に絡みついて離さない。
荒い呼吸も心臓の鼓動もまだ彼女を開放してはくれない。
ゆっくりと首を曲げ、机の方を見ると、一枚の手紙が変わらずにそこにあった。シェイナにとっての希望が彼女を支えてくれていた。
「お姉ちゃん……もう時間じゃないの……起きてよ……」
少女の小さな声はどこにも届かず、ただ暗い部屋を彷徨って溶けていく。
彼女は目を閉じ次第に意識が離れていった。
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