第133話 エピローグ
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「わたしも後から行くね」
「うん」
すずに見送られて家を出ると、外は快晴だった。
今日で御剣高校へと通うのも最後の日となってしまった。もはや慣れてしまったマンションの階段を駆け下り、住宅街の中を通って学校へと向かう。途中にある公園ではちらほらと桜の花が咲き始めている。
――そう、今日は卒業式だ。
だけれど仕事の都合で父さんと母さんは来られない。ちょっと寂しくもあるけれど、子どもじゃないんだし文句を言ったところで変わるわけではない。
「この道を通ることもなくなるのかなぁ……」
寂しさを紛らわすように周囲を見回していると、思わず言葉が漏れてしまう。散歩と称して歩こうと思えば歩けるけれど、在校生としては今日が最後になるのは間違いない。感傷に浸りながら歩いていると、気づけば学校に着いていた。
学校の生徒としてくぐるのが最後となる校門を通り抜ける。昇降口で靴を履き替えて、三年の自分の教室へと向かうと、すでにいつものメンバーは集まっていた。
「よう」
「おはよう、黒塚くん」
まずは男連中の早霧と冴島だ。
「おはよう」
「今日で最後だな」
いつものテンションはどこに行ったのか、しんみりした様子で呟く早霧。冴島も心なしか言葉に力強さがない気がする。
「おはよう、黒塚っち」
早霧の片腕に絡みついているのは黒川だ。いつの間にそこまで仲良くなっていたんだろうか。うん、別に羨ましくなんてないからね。
「黒塚くん、おはよう」
霧島は相変わらずだ。三年間僕と身長が変わらずいてくれてありがとう。実は霧島の方が背が高かったっぽいけれど、そんなものは誤差の範囲だ。
「おはよう」
全員ちゃんと大学には合格した。誰も地方の大学とかじゃなく、近場だからもう会えないというわけではない。だけれど全員が別々の学校なんだよね。
「そんなにしんみりしてどうしたの? せっかくの卒業式なのに」
珍しく霧島が皆を元気付けるようにして笑う。
「あー、そうだな」
早霧がポリポリと頭を掻きながら呟いて苦笑する。
「はーい、全員席についてー」
そこにタイミングよく現れたのは担任の久留米先生だ。あぁ、そういえば先生と会うのもこれが最後なんだなぁ。
「このあとみんなで体育館に移動だが――」
そしていくつか注意事項を述べた後、そのまま体育館へと移動して卒業式に臨むのだ。
卒業生が体育館へと吸い込まれていくけれど、それは僕も例外ではない。保護者席をちらりと見てみたけれど、手前にいる人の顔くらいしか判別できなかった。そして全員が着席すると、僕たちの卒業式が始まった。
開会が宣言され、滞りなく式は進んでいく。卒業証書授与式では全生徒の名前が呼ばれるけれど、実際の卒業証書の授与はまだ行われない。そして校長先生の式辞や来賓の祝辞などが行われ、送辞と答辞を経て卒業式が無事に終わった。
終わった後で教室に戻ると、担任の先生に名前を呼ばれて卒業証書を受け取る。
「黒塚、卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
全員に証書が行き渡れば、これで本当に最後だ。
先生が最後に、また注意事項をしゃべっている。ちょっと聞き飽きたかもしれないと思いつつも、ついにその時がきた。
「では……、解散!」
万感の思いを込めて先生が告げると、この場は解散となった。
「よーし、このあとパーっと遊びに行くか!」
早霧が勢いよく僕の肩に手を回して飛びついてきた。卒業式の前とは違って、やけにテンションが高い。
「いいね! どうせみんなもこのあとヒマでしょ?」
冴島も乗り気みたいだけれど、みんな親とか卒業式見に来てるんじゃないの? 放置でいいの?
「そうね……、ちょっと母さんに聞いてみないとわかんないけど」
黒川も行く気満々だ。
「あ、私も聞いてみる」
霧島、お前もか。
教室を出てそんなことを言い合いながら昇降口で靴を履き替える。
「そうなのか。俺のオカンは『先に帰ってる』ってさっきメール入ってたからなぁ」
意外そうに女性陣の反応を見る早霧だけれど、それはそれで切り替えの早い母親だな。
「あー、僕はちょっと寄るところがあるから無理かな」
「なんだってー?」
「ええー?」
予想外だったのか、僕の言葉に驚くいつものメンバーたち。まぁこういう状況なら、いつもの僕なら流されてたかもしれないね。
「あ、いたいた、誠ちゃん!」
昇降口を出たあたりで、僕を呼ぶ聞き慣れた声がした。
視線を向けると、黒いスカートスーツに身を包んだすずが、手を振ってこちらへと近づいてくる。ブラウスの胸元はフリルになっていてとても可愛らしい。どうも大学の入学式で去年着た服装らしい。実を言うと、仕事で来れない僕の両親に代わって、来てくれていたんだ。まぁ、それだけが理由じゃないんだけれどね。
「……あれ?」
「えーっと……」
戸惑う友人たちを尻目に、すずが僕へとするりと腕を絡めてくる。
「みんな揃ってるねー。卒業おめでとう!」
「「あ、ありがとうございます」」
みんなへのお祝いの言葉も忘れないすず。
「もちろん、誠ちゃんも卒業おめでとう」
「ありがとう」
「おいおい、もしかして……、これからデートとか言うんじゃねぇだろうな?」
早霧がまさかと言った表情で僕を指さしてくる。
「いや、デートってわけじゃないけれど……」
「じゃあなんなのさ?」
「どこ行くの?」
冴島と霧島のコンビにまで詰め寄られ。
「さあキリキリと白状しなさい!」
黒川にまで指を突きつけられてしまった。
「いや……、あの」
みんなから『さぁ吐け!』と詰め寄られる僕を見て、すずはずっとニコニコ笑っている。
「わかったって、わかったからちょっとストップ!」
ぐいぐいと詰め寄る友人たちを牽制して距離を取らせると、ゴホンとひとつ咳払いをする。
「で? どこ行くんだ?」
「えーっと、これからすずと二人で、市役所に行ってきます」
「「「「――はぁ?」」」」
「だから、また今度ね!」
「じゃあねー」
呆けたままの友人たちを放置して、僕はすずの手を取って校門へと向かう。昇降口から校門へと続く石畳を、音を立てて歩いて行く。道の両脇に広がる樹木は、僕たちを祝福するかのように風に吹かれて葉擦れの春らしい音を立てていた。
秋田すずは黒塚すずと名前が変わり、御剣高校を卒業した僕とすずの二人の生活が始まるのだった。
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