第123話 決意

 合格発表の通知が来た今日は盛大にお祝いだ。

 テンションの上がったすずが食材を多めに買い込み、野花さんの家にまで突撃して晩ご飯に誘ったのだ。もしかしたら泣いてしまった照れ隠しでの反動なのかもしれない。


「黒塚くん、合格おめでとう」


 いつもの丸眼鏡にぼさぼさ髪の姿ではあるが、そんなことを気にした風もなく野花さんが祝ってくれる。


「ありがとうございます」


「ふふ、これで黒塚くんは私たちの後輩になるわけだね」


「ホントだ。誠ちゃんが後輩だ」


 嬉しそうに笑うすずだけれど、先輩を付けて呼んで欲しいのかな?


「野花先輩と、……すず先輩?」


 野花さんはすごく違和感がなく先輩と呼べる気がする。モデルとしてはれっきとした先輩だし、今度は学校においても先輩になるわけだ。

 逆にすずは苗字じゃなくて名前だから何か違和感がある。呼ばれたすずも、何か不満があったのか微妙な表情に変わっている。


「あはは、よろしくね」


「……やっぱりわたしは今までどおりがいいかな」


「うん。僕もすずって呼びたいかな」


 すずは先輩ってつけると距離感が開く感じがする。僕もやっぱり今まで通りがいい。


「えへへ」


 僕たちのやりとりに、野花さんが微笑ましいものを見るような表情だ。だけど何かに気がついたようにハッとすると、ダイニングテーブルへ身を乗り出してきた。


「そう言えば黒塚くん、センター試験はもう受けないのよね?」


「あ……、はい、そうなりますね。ここに決めちゃいますので」


「じゃあモデル業も再開? 監督にも言っておかないとね」


「あ……、そういえばそうですね。わかりました」


 確かお仕事は、ひとまず推薦入試が終わるまでのお休みだったはず。でもそういえば次のお仕事の連絡はまだ来ていない。落ちてたらまだ受験は続くし、監督も気を使ってくれているのかもしれない。確かに言っておかないとダメだね。

 あ、そういえば父さんと母さんにも言っておかないと。入学金も払わないとダメだから、ちゃんと知らせないとね。そんなことで入学取り消しとかになれば目も当てられないし。


「……じゃあ誠ちゃんの受験勉強も終わりだね」


 すずがしみじみとした口調で呟く。なんだか寂しそうに見えるのは気のせいかな?

 僕としては受験勉強から解放されるのはすごく嬉しいんだけれど。


「どうしたの?」


 眉も下がり気味になっていてそれはそれで可愛かったんだけれど、そのまま眺めているわけにもいかない。


「ううん……、ちょっと、誠ちゃんのご飯、作らなくてよくなったんだなぁって思っただけだから……」


「ええっ!?」


「あははは!」


 いやいや、むしろ今まで作ってもらってたのが申し訳ないくらいなのに、そう言われるともう大丈夫だからとは言えないじゃない!?


「こ……、今度からは一緒にご飯作れるんだから大丈夫だよ!」


 咄嗟に思いついた言葉が口に出る。

 ほら、今日も一緒に作ったじゃない! 料理だけじゃなくて、これからは全部二人で一緒にやろうよ!


「……そこは『これからもずっと僕にご飯作ってください』じゃないのね」


 野花さんがボソッと呟く声が聞こえるけれどスルーだ。それって俗に言うプロポーズの言葉だよね!? すずは聞こえてなかったみたいで助かったけれど、ちょっとでも意識してしまった僕は体温が急上昇してくるのを抑えられない。


「……それに、すずはデザイナーになるんでしょ? 自分の時間も大切にしないと」


 誤魔化すために言葉を探していると、いつだったかすずが言っていたことを思い出した。夢は菜緒ちゃんの服をデザインすることだって。そのためにはますます、僕にだけ時間を使っていてはダメなんだ。


「……覚えててくれたんだ。……うん。そうだね。わたしもがんばらないと」


「すず……」


 潤んだ瞳で僕を見つめてくるすずをしっかりと見つめ返すけれど。


「ハイハイ。続きは私が帰ってからお願いね」


「「――っ!?」」


 冷静な野花さんの言葉に我に返る僕たち。二人そろって野花さんへと視線を向けるけれど、そこには呆れた表情があった。


「あはは……」


 なんだか前にもこんなことがあったような気がしないでもない。恥ずかしさの余り乾いた笑いが漏れるだけだった。




 翌日も学校だ。今日はホームルームで先生に合格したことを知らせないといけない。父さん母さんと監督には、昨日のうちにメールで連絡しておいた。なのであとは学校だけなんだけれど。

 もちろん授業はいつも通りに行われる。だけど内容がさっぱり入ってこない。昨日の野花さんがポツリと呟いた言葉が頭から離れないのだ。それに、すずのお父さんと会った日の出来事も頭に引っかかる。


 そりゃ僕はすずと結婚したいと思っているからして、野花さんが言ったようなプロポーズの言葉をすずに伝える必要があるのはわかってるんだ。うろ覚えだけれど、すずのお父さんにも挨拶に行くって言ったような気がするし……。あぁ、なんであのときそんな約束しちゃったんだろう。いつ行くかまでは言及してなかったとは思うけれど……。してないよね……? あれ? えーっと。


『だったら決まっちゃえば大丈夫だね!』


 記憶を掘り返していると、すずの言葉がフラッシュバックする。


「――あ」


「どうしたの? 黒塚くんも公募推薦受けたから並んでるのよね?」


 気がつけばホームルームの時間になっていた。そう言えば先生に報告しに来たんだっけ……。五人くらいが報告のために並んだんだっけか。僕は最後尾だったけれど、前に並んでた生徒は合格だったんだろうか。うーん、覚えてない……。


「あ、はい。合格しました」


「はい、黒塚くんは合格ね。おめでとう」


「マジか!」

「えっ? ホントに?」

「すげー」

「いいなぁ」


 周囲からいろいろな声が上がるけれど僕はそれどころじゃない。

 何が決まれば大丈夫なんだっけ。あー、うん。そうだ、大学だ。高校の卒業は問題ない。仕事も専属モデルをやらせてもらってる。大学も決まった。もう何も心配することなんてなくなった。だから大丈夫なんだ。

 自分の席に戻ってから何度も反芻するけれど、何度考えてもそれしか答えが出ない。……僕は何を迷っていたんだろう。すずの言葉を何度も思い返してみるけれど、すずもきっと僕の言葉を待っているに違いない。


「では解散」


 そして担任の先生が解散を告げた時、僕はひとつの決意をしたのだった。

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