第112話 舞台裏
やっぱり倉坂さんは監督の同業者だそうだ。と言っても服飾店をやっているわけではなく、モデル事務所の社長さんだったけれど。
今日の文化祭では倉坂さんのところのモデルさんもステージに上がるらしい。
「まさか聡司ちゃんが来てるとは思わなかったわん」
「ええ、オレもビックリしましたよ」
シナを作りながら歩いてくる倉坂さんに、気持ち半歩ほど後ずさる三井。その額にはじんわりと汗が浮かんでいるように見える。
うん。やっぱり平気な顔をしてたのは慣れだったのかな。やっぱり近づかれると怖いよね。
三井も同類じゃなくてよかったよ……。
なんて思って安心していると、倉坂さんが僕の方へとにこやかな笑顔を浮かべて近づいてきた。
近くで見てわかったけれど、この人うっすらと化粧してるみたい……。
無精ひげに化粧ってどうなんだろう……。いやオネェだという前提があれば、それはそれで似合ってる化粧のやり方なんだろうけれど……。
「それにしても、この子が例の男の子なのねん?」
「ええそうよ」
興味深そうに僕を眺めたあと、監督に確認を取っている。
けどちょっと待って……! 三井には僕はスタッフとして来ているって適当な説明しかしてないから、バレると面倒なことになりそうな。
「あ、そうだ倉坂さん。オレが推薦した子はどうですか?」
内心で焦っていたけれど、会話は聞こえていなかったのか三井が違う話を振っている。話が切り替わったようで安心だ。
にしても推薦って……、モデルさんとして……ってことだよね?
「ええ、そうねぇ……、光るものはあるけど、まだまだってところかしら?」
「そう……なんですか」
微妙な答えにどう反応していいのかわからなかったからか、三井は複雑な表情だ。
「でも大丈夫よん。聡司ちゃんのお父様に
「そ、そうなんですね! それはよかったです!」
何がよかったのかわからないけれど、三井は答えを聞いて満足そうだ。笑顔でウインクを決めた倉坂さんにちょっと引き気味だったけれど。
なんというか、父親に自分の尻ぬぐいをしてもらっているとも解釈できそうなんだけれど、大丈夫なんだろうか……。
僕が心配することじゃないけれど、少なくとも三井の評価はダダ下がりする一方だ。
「ま、その子は今回登場しないけど、他の子たちは出演するから見ていってちょうだい」
「そうね。……何か参考になるかもしれないし、いい機会だから舞台裏から見学するといいわ」
「じゃ、あたしたちはまだ準備があるから行くわねん」
そう言葉を残すと、倉坂さんはクネクネしながら、監督は軽く手を振って舞台裏の楽屋へと去って行く。
「はい! ありがとうございます」
律儀にお礼を返しているのはすずだ。
「じゃあ私も一緒に見学させてもらっていいかな?」
「ああ、もちろんかまわないよ」
律儀に確認を取る野花さんに、三井は二つ返事で了承する。
こうして僕たち三人に野花さんを加えた四人で、後半のステージを舞台裏から見学することになったのだ。
次々と舞台裏からモデルさんがステージへと進んでは戻っていく。
その立ち居振る舞いは、前半の学生のステージとは比べ物にならない華やかさがあった。
ステージの上部にもスクリーンが設置され、映像効果も相まってステージに立つ人物を引き立てている。
もちろん僕たちは舞台裏から覗いているので、僕たちの横からステージへ出たり、退場するモデルさんもたくさんだ。こんな間近で見られる機会はそうそうないだろう。
僕自身もモデルをやらせてもらっているけれど、自分がステージに立って歩く姿はまったく想像ができなかった。
今までスタジオでの撮影ばかりで、ファッションショーで魅せるような練習はしていないのだ。
「あー、ちょっと悔しいなぁ……。オレが推薦した子が出てないってのは……」
ちょうど倉坂さんの事務所所属のモデルさんが出てきたところで、僕の後ろにいる三井がぽつりと漏らす。
「そういや
「最近出てきたヤツ?」
三井の言葉に反応したのは、同じく僕の後ろにいる野花さんだ。
「ああ、今はちょっとした人気になってるらしいけど、モデルであのちっさい身長じゃダメだな」
「……はい?」
同じく後ろにいるすずも反応している。若干その声がいつもより低い気がしたけど気のせいか。
というか僕も今はこの状況に憤慨しているところだ。
背が低いからって三人よりも前で見てていいよと押し出されたのだ。
それにしても身長の低い新人モデルって……、どこかで聞いたことあるんだけれど、もしかして……。
「背の低い新人さんですか?」
三井の言葉に益々機嫌が悪くなる僕だったけれど、せっかく目の前で参考になるステージが行われているので振り返るわけにもいかない。
が、気になることはすずが聞いてくれるようだ。
気になる疑問はすずに任せて意識を目の前に向ける。
こちらからステージを挟んだ反対側の舞台裏に、響さんと千尋さんの姿が見えた。もうすぐ出番なのかな。
「そうそう、なんて言ったかな……、確か……」
「――
すずの声は機嫌が悪そうに低い声になっている。やっぱり僕なのかどうかが気になるよね。
「あー、確かそんな名前だったね」
その三井の言葉で、僕の意識は完全に背後へと向けられる。
だけれども、その後に続く言葉は僕に対するダメ出しだ。
本人が目の前にいると気づいていないからか、それはもう酷いものだ。
しかもモデル事務所社長と顔見知りだからか、中途半端な知識なのに訳知り顔で披露する始末だ。本人はダメ出しのつもりなんだろうけれど、的外れな内容も多い。
なので話を聞いている僕自身としては、怒りよりも呆れのほうが占める割合が大きい。
というか身長が低いのは僕自身にもどうにもならないんだから、そこは触れないでいて欲しいところだけれど。
「まぁそんなことよりも、……キミたちもあのステージを歩きたいとは思わない?」
――え? いやいや、なんなのいきなり?
僕の文句からどうしてそういう話になるの?
さすがに気になった僕が恐る恐る振り返ると、冷ややかな視線を三井に送る二人がいた。
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