第98話 本番
とうとう僕たち九組の出番がやってきた。
五組の女子生徒たちの半分が、僕のいる舞台裏へと捌けていく。もう半分の生徒は反対側だ。
こちらに向かってくる生徒の視線が、妙に僕に集まっているような気がしないでもない。
なにやらライバル視されているのだろうか……。
『さて、ではラストを飾るのは、九組です!』
五組の生徒が捌けていく間に打ち鳴らされる拍手が止まないうちに、司会者の生徒がマイク越しに声を張り上げる。
そして舞台から生徒がいなくなると。
『それでは登場していただきましょう!』
司会者のセリフと共に僕たちは舞台へと躍り出た。
予め決められていた並び順で舞台の前で整列する。四列になっていて、僕は前から三列目だったんだけれど。
「おい、黒塚。お前は前に出とけ」
後ろからそっと背中を押されて舞台前へと押し出される。
「――えっ?」
思わず振り返ってみたけれど、そこにいたのは早霧だ。
なんで前に出されたのかわからないでいると、周囲にいるクラスメイトたちが次々に僕を最前面へと押し出しはじめる。
「いやいや、ちょっと待って!?」
わけがわからず腰が引けているんだけれど、クラスメイトたちは待ってくれない。
「黒塚くんは前に出ておいたほうがいいよ」
「うちのクラスのメインだからな」
「優勝狙いだよ!」
「ほら、笑って笑って!」
いやだから何で僕が舞台前に出る必要があるのさ!?
普通に挨拶して伴奏するだけと思ってたのに!
「ふむ……、クラスメイトもちゃんと黒塚くんの使い方がわかってるみたいだね」
舞台の前まで押し出された状態で後ろをちらりと振り返ると、冴島が腕を組みながら口元をニヤリとさせていた。
えーっと、なんですかそれ……。僕の使い方って……。
納得できないまま観客席へと顔を戻すと、舞台にほど近い女の子のグループから思いっきり笑顔で手を振られた。
というか見覚えのない人たちなんだけど誰だろう……。あ、すずがアーチェリーやってたときに会った人もいるね。
……えーと、もしかして……、
「あはは……」
なんとなく僕が前に出された理由がわかった気がしたけれど、苦笑いしか出てこない。
一応小さく手を振り返しておいたけれど……、これでいいのかな?
でも観客の真ん中あたりにすずの姿を見つけた僕は、気を引き締めなおすことにした。
『ではよろしくお願いします!』
同時に司会者がセリフと共に舞台脇へと下がったので、僕はそれに合わせてお辞儀をする。
同じくクラスメイトも一緒にお辞儀をしたのを確認すると、下げていた頭を上げて、舞台の脇に設置されていたグランドピアノへと向かった。
会場はしんと静まり返っている。
最後の演奏が終わり、僕はピアノから手を離したところだ。
僕たち九組の合唱が終わったので、最後にお辞儀をすべくピアノの椅子から立ち上がる。
観客が大勢いる中でのこの静けさに椅子の音が響き、近くにいたクラスメイトが数人、僕の方を振り返る。
――と今度は無言で舞台の前へと押し出される。
憮然としながらも前へと出たところで、ようやく観客が我に返ったのだろうか。
まばらながら拍手が始まり――、気が付けばそれは会場全体へと広がっていた。
「きゃーーー!!」
「黒野くんカッコいい!!」
舞台の前にいた、僕を見に来てくれたと思われる人たちから、拍手にかき消されながらも黄色い声が上がっているのがかすかに聞こえてくる。
ちょっと恥ずかしいけれど、これはこれで嬉しいかも……。
クラスメイトと一緒に合唱をやり遂げた満足感と共に、観客へ向けてお辞儀をする。
さぁ、これで全部の合唱が終わった。あとは結果を待つだけかな。
高揚感とともにドキドキする胸を押さえながら、僕たち九組は体育館の舞台から退場していった。
『これですべてのクラスの合唱が終了いたしました! 果たしてどのクラスが優勝するのでしょうか!? 結果発表をお待ちください!!』
司会者の生徒が大興奮と言った様子で熱く語っている。
この合唱イベントの審査は、体育館に来ている先生と、三年生以外の生徒と、一般客の投票によって行われる。
学校の校門脇でも配っている出店一覧プリントに、この決勝戦の投票用紙もついているのだ。
イベント自体が自由参加となっているので、もちろん投票しない生徒もたくさんいるんだけれどね。
司会者によって、投票は三時半までの受付で、結果発表は四時に行われることが告げられた。
「おつかれー」
「黒塚くんお疲れ様」
「よお黒塚、お疲れさん」
舞台袖へと戻りながらも次々とクラスメイトから声を掛けられるので、僕も返事をしながらみんなと一緒に戻る。
あとはもう僕たちにできることはなく、結果発表を待つだけだ。
とりあえずすずと合流しようか。
そう思って、すずと別れた場所へと戻ってきたんだけれど……。
「あっ! こっちこっち! おかえり!」
「黒塚くん、こんにちは」
「黒塚先輩! ……演奏すごかったです!」
そこには興奮した様子のすずと野花さんと――、水沢さんが三人一緒に待ち構えていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます