第80話 大好き
「……うそっ」
両手を口元に当てて涙を流し続ける秋田さん。
頬を伝う雫が手元へと落ちる。
「えっ? ど、どうしたの? 秋田さん……、大丈夫?」
まさか秋田さんが泣くとは思いもしなかった。
僕はなんとかしようと一歩秋田さんへと近づくけれど、まったくもってどうしていいかわからない。
手を差し伸べようとしたけれど、僕のその手は宙をさまようのみだ。
「……あぁ、……そんな」
あふれる涙を拭いもせずに、僕の顔をじっと見つめながら唇を震わせている。
「……秋田さん?」
ふらふらと僕に近づいてきた秋田さんは、そのまま僕へと――。
「えっ?」
気が付けば僕は秋田さんに抱きしめられていた。
うわああぁぁぁっ! ええと……、秋田さん!? いきなりどうしちゃったの!?
僕はいきなりの出来事に混乱しつつも、ふわふわとさまよったままの自分の両手をどうするか考える。
ええーっと、これは秋田さんを僕も抱きしめたほうがいいのかな……?
あぁ……それにしても……、秋田さんいい匂いだなぁ……。
「――はっ!?」
混乱しつつもボーっとしそうになる頭を正気に戻して、改めてどうすべきか考える。
「黒塚くん……、黒塚くん……!」
秋田さんは僕の名前を呼びながら、力を込めてさらに抱きしめてくる。
あ、ああ、秋田さん……? ちょっと、その……、胸が……ですね……?
僕の方がちょっとだけ背が低くて、目線を少し下げるとそこに見えるのは、秋田さんの首元だ。
ダメだ……、こっちも、なんというか威力が高い。
真夏という事もあり、少し汗ばんだ秋田さんのいい匂いが僕の頭をボーっとさせる。
「わたしも……、黒塚くんが好き……。黒塚くんが大好き」
――えっ!?
「あぁ……、もうダメ。止められないよ……」
……えぇっ?
秋田さんも……、僕のことが好きだって……? 本当に? ……嘘じゃない?
じわじわと秋田さんの言葉が僕の胸にしみ込んでくる。
止められないのが何のことかわからないけれど、秋田さんが僕のことを好きなのは……、嘘じゃないよね。
何よりも、秋田さんに抱きしめられているこの現状が、嘘でないことの証拠じゃないだろうか。
「秋田さん……、大丈夫ですか?」
僕は秋田さんを落ち着かせるようにゆっくりと問いかけると、宙をさまよわせていた両手を秋田さんの背中へと回す。
「――あっ、う……うん。……ごめんね。……もう大丈夫だから」
僕の言葉に正気に戻ったのか、すぐ耳元で秋田さんの返事が聞こえた。……と同時に僕の背中に回されていた手が離される。
ちょっと残念な気持ちはあるけれど、秋田さんに合わせて僕も抱きしめていた両手を開放する。
少し離れて秋田さんの表情を見るけれど、どこか吹っ切れたような笑みを浮かべていた。
「はい。……気にしなくていいですよ」
むしろもっと抱きしめて欲しかったです。……などとは言えるはずもなく。
「う……、うん……」
僕の言葉に秋田さんが恥ずかしそうに顔を俯ける。
「……」
しばらく二人の間に沈黙が続く。
えーっと、何か言わないと……。
「あ、あの……!」
僕の慌てた声に、秋田さんも慌てて顔を上げる。もう涙は止まっているようだけれど、潤んだその瞳は真っ赤だ。
「あ、……うん。……そうだね。上がって、黒塚くん」
僕が何を言いたかったのか察してくれたんだろうか。秋田さんはそう言うと、僕を家の中に招いてくれた。
告白をした直後に家に招かれているという事実に気付いて、自分の心臓の音が大きくなったような気がしてくる。脈打つ速度も最速だ。
「……お邪魔します」
玄関を閉めてサンダルを玄関で脱ぐと、そのまま秋田さんの後をついてリビングへと向かう。
何度かお邪魔したことのある秋田さんの家だけれど、今日はいつもと違った雰囲気がある。……ような気がするのは、僕の頭の中がまだふわふわしているからだろうか。
リビングへと入ると、さすがに冷房が効いているようで涼しい。思ったより火照っていた僕の顔も冷やされて少し冷静になれた気がした。
「適当に座って」
「うん……」
秋田さんに言われるまま、ダイニングテーブルへと着く。秋田さんはそのまま座らずに、キッチンへと行くと冷蔵庫を開けてお茶を入れてくれた。
そしてコップを二つ持って、僕の向かいではなく隣へと座る秋田さん。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
お礼を言って、冷えたお茶を一気に喉へと流し込む。冷房の効いたリビングと相まって、一気に汗が引いてきた。
僕は軽く一息つくと、改めて隣の秋田さんへと顔を向ける。もうさっきまでの悲しそうな表情は見られない。
うーん……。本当に何があったんだろう……。すごく気になるけれど、元気になったのであれば蒸し返さなくてもいいような……。
「黒塚くん……。ありがとう。……ちょっとわたし変だったよね。……茜ちゃんにも心配されたみたいだし」
なんとも複雑な気持ちになっていると、秋田さんの方からポツリと話し始めた。
「はい……。僕もさっきまでの秋田さんを見て、心配になりましたけど……、今は大丈夫そうに見えますね」
「そう……かもね」
そう言って秋田さんが僕の頭に手を伸ばすと、そのまま嬉しそうに撫でてきた。
「ごめんね。心配かけて。……ちょっと実家で、嫌なことがあっただけだから……」
そしてそのまま秋田さんは、実家での出来事を僕に教えてくれた。
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