第78話 返却

 翌日、僕は最後の夏期講習が終わってお昼ご飯を食べてから、秋田さんに持って行くおすそ分けを作っていた。

 元気が出る「料理」を考えたんだけれど、まったくもって浮かばなかった。

 カレーのときは喜んでもらえたとおもうけれど、あれは前日から準備しないといけないし……。


 そしてふと思いついたのは、女の子が好きそうな食べ物だ。

 つまりお菓子だ。

 そんなものは今まで作ったことなんてないけれど、秋田さんに元気になってもらうためにがんばろうと思う。

 余ったおかずのおすそ分け? そんなことは気にしない。だって秋田さんが元気がないって野花さんが言ってるんだ。


 昨日パソコンで調べて必要な材料はすでにそろえてある。

 作るのはホットケーキミックスを使ったチョコカップケーキだ。

 材料は……と、ホットケーキミックス、マーガリン、板チョコ、卵、牛乳、以上。

 調べたレシピ通りに作ってみたけれど……、どうかな……。


「……意外と美味しい」


 というか、いまいち量の加減がわからなくていっぱいできた……。

 作りすぎちゃったな……。さすがに二十個は……。秋田さんに持って行ったあとで野花さんにも持って行こう。


 ――よし。


 ……一応家にいるか確認取っておこうかな。

 僕はスマホで秋田さんにラインを送る。時間はお昼の三時過ぎだ。おやつにはちょうどいいかな。


『今家にいますか? ちょっと作りすぎたのでまた持って行こうかと』


 これでよし。


 ……。

 …………。

 ………………。


 留守なのかな……。いやいや、秋田さんは夏休みだし、遊びに出掛けて返事できない状況とか……、昼寝とかしてるかもしれないし……。

 悶々としながらスマホとにらめっこを十分ほどしたけれど返事は来ず。


「はぁ……」


 僕は大きくため息をつくと、胸の奥にもやもやとしたものを残したまま自分の部屋に戻り、受験勉強をすることにした。

 何もせずに待つよりは何かをやりながらのほうがいいはずだ……。

 机に向かって問題集を取り出して勉強開始だ。


「……」


 しばらく勉強してみたけれど……、正直ほとんど頭に入ってこない。……これは、何をやってもダメな気がする。


 はぁ……。


 心の中でもため息をつくとシャーペンを放り出して大きく伸びをする。

 椅子の背に体重を預けると、天井を見上げて模様を観察する。ベッドで寝ている時より天井が近い。

 右手を天井に向かって伸ばしてみるけれど、何が掴めるわけでもなく。


 秋田さんは今何してるのかなぁ……。


 なんて考えていると、スマホが着信を知らせる音を鳴らすと同時にブルブルとバイブ音を響かせる。

 慌てて机の上のスマホに手を伸ばして確認すると、そこには待ち焦がれていた相手の名前でラインが入っていた。


「――っ!?」


 やっと返事が来たという嬉しさと、元気がなかったと聞いて心配に思う気持ちとが混ざり合いながら、恐る恐るスマホをタップする。


『今家にいるよ』


 よかった。秋田さんは家にいるようだ。


『今から行きますね』


 すぐに返信すると、スマホをポケットに突っ込み、チョコカップケーキを五個くらい袋に詰めると、そのまま秋田さんの家に向かう。

 サンダルを履くのももどかしく感じるけれど、裸足で出るわけにもいかない。つんのめりながら玄関を出ると、隣の家のインターホンを押す。

 しばらく待つと玄関が静かに開いた。


「こんにちわ」


「……こんにちわ」


 玄関のドアノブを握りしめたままの秋田さんへと挨拶をすると、若干弱弱しい声が返ってきた。

 うーん……、やっぱり元気がない……のかなぁ?


 ……えっ?


 改めて秋田さんの顔を確認してみたけれど、泣き笑いのような表情になっていた。目がちょっと赤くなってる気もする。


「秋田さん……、大丈夫ですか……?」


「……えっ?」


 心配になって聞いてみるけれど、秋田さんは心外そうな反応だ。けっこうわかりやすいと思うんだけれど。


「野花さんから、実家から帰ってきてから元気がなさそうだって聞いて……」


 何があったか聞いてもいいものなのかな。元気がなさそうっていうのも、野花さんから聞いた話だけだったけれど……、やっぱり元気がなさそうに見える。


「そうなの……?」


「うん……。だからちょっと、元気が出そうなもの作ったのでどうぞ」


 僕はそう言うと袋ごと秋田さんへと渡す。

 受け取った秋田さんは袋の中身を覗き込むと、ちょっとだけ笑顔が漏れた。


「黒塚くん……ありがとう。……でも、大丈夫だから……」


 無理やり作ったような笑顔で言われても、はいそうですかと納得できるわけでもないけれど……、だけどやっぱり突っ込んで聞くのも憚られる。


「そうですか……、何かあったらいつでも言ってください。僕でよければ力になるので」


 もどかしい気持ちになりながらも、秋田さんにそう言うのが精いっぱいだった。

 だけど、僕の言葉を聞いた秋田さんの表情が少しだけ強張る。


「あ……、ちょっと……、待ってて」


 逃げるようにリビングへと秋田さんが戻っていく。でも「待ってて」と言っていたから、まだ何か僕に用事があるんだろう。

 すぐに戻ってきた秋田さんだったけれど、その右手に何かを握り締めているようだ。


「……ごめんね、黒塚くん。ずっと返すの忘れてたみたいで……」


 そうして僕の右手に渡されたのは、僕が風邪で寝込んだときに秋田さんに渡したはずの、僕の家のカギだった。

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