第76話 邪魔しちゃ悪いよね?
「いい子だったな」
隣にある自分の家へと帰る秋田さんを見送った後、父さんが優しい口調で呟いた。
「うん」
迷いなく即答するが、秋田さんは本当に優しい人だ。ただの隣人である僕の看病までしてくれるなんて。
「で、誠一郎はすずちゃんと付き合ってるのか?」
「――ええっ!?」
いきなり核心を突いてくる父さんに、思わず裏返った声が出てしまった。
えーっと、そりゃ秋田さんのことは好きだけど、まだそういう関係じゃないというか、告白すらしていないんだから……。
「……いや、そ、そんなわけないよ。……秋田さんは、ただのお隣さんだし……」
顔が熱くなってきているのを誤魔化すように父さんから視線をはずすと、ついたままになっているテレビへと顔を向ける。
「あれ……? 違ったのか……?」
視界の端に映る父さんが首を傾げてるんだけれど、むしろなんでそう思ったのか謎だよね。
「おかしいわねぇ」
その隣にいる母さんも、お茶を飲みながらニコニコしている。
一体父さんも母さんもなんでそんなに僕と秋田さんの仲を疑うんだろうか。
そうなったらいいなとは思うけれど、すごく複雑な気分だ。上げてから落としてるみたいで……、って自分たちで勝手に上がってるだけかもしれないけれど。
「だってなぁ……」
なぁ母さん……、そうねぇお父さん。
といった会話がなされていそうなアイコンタクトを交わす二人。
「お隣さんの野花さんがね……、夕飯に誘ったんだけど」
「ああ。すずちゃんもいるしどうかな? って誘ったんだがな」
野花さんを夕飯に誘うことが一体何に繋がっているのかさっぱりわからない。
というか初対面の人を夕飯に誘うというのもどうかと思うけれど、そういえば秋田さんは初対面で一緒にお寿司食べたなぁ……。
「『
「だなぁ。てっきりそうなのかと思ったんだが……」
てっきり……なんでしょう。そうなのってどうなの? 秋田さんがいることを知ってて
つまり……、秋田さんも……、僕たちの家族って言いたかったってこと!!?
野花さんうちの両親に何言ってるのっ!?
「いやいやいやいや……!!」
「なんだ……。やっぱり違うのか」
「残念ねぇ」
「うちに帰ってきた最初の紹介が『彼女』とか『婚約者』じゃなかったからおかしいと思ったんだよ」
……こ、こんやくしゃ!!? つまり、結婚を前提にしたお付き合いとかいうあれですか!
「何言ってるんだよ父さん! ……まだ付き合ってもいないのに!」
「……まだ、ねぇ」
「あらあら……、じゃあ今後はお付き合いするつもりなのね」
僕の言葉に父さんの口角がニヤリと上がり、母さんはいつもののほほんとした笑顔のままそんなことを告げてくる。
……そうなったら嬉しいけど! だけど両親にそんなことを言われると恥ずかしい。
「ははっ、まあがんばれよ。お前も来年で十八だろ? 父さんは学生結婚でも反対はしないぞー」
父さんが面白そうにニヤニヤしながら続けてくる。
確かに男は十八で結婚できるけどそういうことじゃない。なぜ途中の工程をスルーするんだろうか。いきなり結婚なんて。
「あ、そうだ父さん」
僕は話題を変えるためにも気になったことを父さんに尋ねてみる。
「ん?」
「いつまでこっちにいるの? ちょっと時間ができたから帰ってくるしか聞いてないんだけど」
「ああ、明後日の朝だな」
「……思ったより短いね」
「そうだな」
ちょっと寂しくなった僕は、それから父さんと母さんと学校の話をしたり、海外の話を聞いたりして過ごした。
「ねぇ、
翌日のお昼過ぎ、リビングでゴロゴロしているとダイニングテーブルから母さんに呼ばれた。
だから誠ちゃんって呼ぶのやめてと言おうと振り返るけれど、どうも雑誌を読んでいるようだ。……ってその雑誌!?
「もしかしてこれって誠ちゃんかしら?」
うわああぁぁ、速攻でバレたっ!?
内心焦りながら呼ばれた母さんの方へと近づいていくけれど、間違いない。
僕が写っている雑誌だ。
「……あー、うん……。たぶん僕だね……」
「へぇ……、
バイトがばれて怒られるとかそういうことはないけれど、なんとなく自分を魅せる仕事というのが親に見つかってすごく恥ずかしい。
それもそのはずで、母さんが興奮気味だからだ。
「お父さんお父さん!」
そんなわけで母さんは雑誌を持って、リビングのソファーでうつらうつらしていた父さんにまで広めようとしている。
正直止めて欲しいんだけれど、僕が止めたところで止まるはずもないことはわかっている。
僕は若干の諦めの籠ったため息をつきながら、ダイニングテーブルの椅子へと座る。
「……んぁ?」
父さんが変な声と共に母さんに返事をしている。半覚醒といったところか。
「……んー、どうしたー?」
「ほら、これ見て見て、誠ちゃんが写ってるわよ!」
「んん? うん? 確かに……、ってこれなんの写真だ? ……『サフラン』?」
父さんは何を見せられたのかよくわかっていないようである。写真を見て首をひねって、雑誌をひっくり返しては首をひねっている。
「ほらこれ、ファッション雑誌じゃないの!」
「……どういうことだ?」
やっぱり疑問形で首をひねっているが、その顔が僕の方を向いた。
観念した僕は恥ずかしく思っていることがバレないように、バイトを始めたことをカミングアウトするのだった。
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