第57話 メディア学科
この大学には一番大きい事務棟とは別に、学科ごとに小さい建物が敷地内に建っている。
僕たちがいるのはメディア学科棟と呼ばれる建物だ。
いくつか教室があるようだが、それぞれの教室で何が行われるか案内板が立っている。
「いろいろあるのねぇ」
秋田さんも案内板を見ながら感心しているようだ。
確かにいろいろある。
「進路相談」「作曲を学ぶ」「卒業生作品展示」「歌・ピアノレッスン」「音楽の先生になるために」「コンサート」「楽器展示」などなど。
僕は漠然と音楽に興味があるから……って考えていたけれど、いろいろな道があるんだなぁと気づかされた。
音楽の先生なんてものはまったく僕の選択肢に上がりもしなかったからだ。
「黒塚くんはどこに行きたい?」
隣で案内板を眺めていた秋田さんが興味深そうに話を振ってきた。
うーん、興味があるのは作曲と、卒業生の作品展示とかかなぁ。レッスンもちょっと興味があるけれど、歌と一緒になっているのがちょっと躊躇われる。
「作曲かな……?」
「そうなんだー。……あ、十時半からみたいね」
「はい。教室に入って待ってればいいのかな」
「それでいいと思うよ」
作曲を学ぶと銘打たれた教室へと向かって歩く。
秋田さんはオープンキャンパスを案内してくれるって言っていたけれど、どうやら一緒に来てくれるようだ。
他の学科も興味があるのかなぁ……?
僕自身は曲を作ったことがある。というのも、以前に音ゲーにハマったからだ。音楽に合わせてボタンやキーを叩くあのリズムゲームのことである。
アーケード版で出ていたゲームそっくりのものが、パソコンでの無料ゲームとして出回ったのだ。
当時はパクリってよく言われていたけれど、最終的にどうなったかは知らない。
で、そのゲームはプレイできるデータを自分たちで用意できた。
既存の音楽を使ってデータを用意する人が大量にいたけれど、中には音楽そのものから自作しようとする者まで現れたのだ。
かくいう僕もその一人である。音楽をかじっていたとは言え、素人の作曲だったけどね。
今ではキーボードを弾くだけになってしまったけれど、こうして大学の講義としてあるのであれば受けてみたい。
「思ったより……、少ない……?」
僕と一緒に教室に入った秋田さんがそんな感想を呟いている。
確かに部屋の広さに比べたらぽつぽつと人が座っているだけなので、少なく感じるけれど……。
それでも二十人くらいはいると思う。
「無駄に部屋が広いからかな?」
「……そうかも」
教室の真ん中より少し前に僕と秋田さんとで座る。
というところで、ふと気になったことを秋田さんに聞いてみた。
「秋田さんも……、音楽とかに興味があるんですか?」
僕を案内してくれるということだったけれど、やっぱり気になったので本人に聞いてしまった。
なんとなく付き合わせるのも悪い気がしてきたのだ。秋田さんはここに通う学生だし、どちらかと言えば参加者の僕と違って、デザイン学科でのオープンキャンパスのスタッフとして駆り出されている可能性があるんじゃないだろうか。
「んー……、音楽というか……」
顎に人差し指を当てて考え込んでいたようだが、ふとこちらに視線を向けると。
「……自分の学科以外が何やってるかは興味がある……かな?」
と小首をかしげて僕に告げた。
その可愛い仕草に僕はまたドキッとする。
「そうなんですね……」
目を逸らすことができずに小さく呟いた言葉だったけれど、秋田さんはしっかりと聞き取ったようで。
「うん。だから気にしなくていいよ」
と、さらに僕を落ち着かせなくする笑顔を向けてくれた。
「お昼までまだちょっと時間あるし、楽器展示に行かない?」
作曲を学ぶ講義が終わってすぐに、秋田さんが次の行き先を告げてきた。
講義そのものは面白かった。目から鱗の話もあったし、過去の自分を思い出してうんうんと頷けることもわずかながらあった。
「はい、いいですよ」
確かに今は十一時半だ。
ちょっとお昼には早いけれど、混むから早めに……という手段を取ってもと思ったけれど、秋田さんがそう言わないんであれば大丈夫なんだろう。
さっき受けた講義の話をしながら秋田さんと二人で楽器展示と表示された部屋へと向かう。
「「うわっ、すごい」」
部屋に入った瞬間、僕と秋田さんの言葉がハモった。
広い部屋には様々な楽器が並んでおり、中には『ご自由に演奏ください』と言った張り紙のついている楽器まである。
グランドピアノを含む鍵盤楽器から弦楽器、吹奏楽器など豊富だ。
見物人もそこそこ多く、中には興味半分でコントラバスを弾こうとしている男性もいる。
「あれ? もしかして秋田……?」
そんな楽器群の中を興味深そうにキョロキョロしながら歩いていると、後ろから男の声が掛かった。
振り向くとそこには、秋田さんよりも背が高い短髪の男が立っていた。
「ん?
「うおっ、すげー可愛いじゃん!」
その後ろにも男が二人ほどいるようだが、そのうちの一人が秋田さんを見て鼻息を荒げている。
「あ……、東原……先輩……」
そんな三人を見て、秋田さんが気まずそうに呟いた。
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