第三章

第37話 倉庫のバイト

 体育祭の間、秋田さんを探していたけれど、結局見つからなかった。

 残念だとは思うけれど、僕が勘違いしてうぬぼれていただけなので、当然の結果だとも言える。

 誰かに秋田さんを見なかったか聞いてみようかとも思ったけれど、それはそれで自分がみじめになりそうな気がしてやめておいた。

 僕をこんな気持ちにさせた元凶である冴島には聞いてみたけど、見ていないとのことだった。


「だからと言って、実際に隣に住んでる本人にも聞きづらいし……」


 僕は大きくため息をついて、もうすぐ来る中間試験のための勉強を始めた。

 そして日曜日も過ぎてその翌日。体育祭のための代休の日がきた。

 今日はバイトがある日である。モール裏にある倉庫にお昼一時半に集合と言われている。


「気持ちを切り替えて行くか」


 いつまでも答えの出ないことを考えていてもしょうがないね。

 気を取り直してバイトの現場へと向かうことにした。遅れるならまだしも、多少早く行くくらいは問題ないだろう。

 特に持ち物や服装は指定されていないので、動きやすい普段着で家を出る。

 電車に乗って駅へ着くと、モール方面へと歩いて行くけどモールはそのままスルーだ。

 裏手に向かっていると少し離れたところに大きな建物が見える。確かあれが秋田さんと野花さんが通ってる大学だったっけ……。

 そして、その反対側にあるのが今回の目的地の倉庫だ。


「……あれ?」


 僕はてっきりモールの敷地内を想像していたんだけれど、指定された場所は一軒の独立した倉庫のようだった。


「ここで合ってるよね……?」


 誰にともなく呟きながら倉庫の入口へと近づいていくが、そこには「スタジオ」と書かれた小さい看板があった。

 ……んん? スタジオ? 在庫置き場とかじゃないの……?

 僕は違和感を覚えながらも扉を開けて中に入る。そこは四畳半くらいのスペースで、奥へと続く扉がひとつあるだけだったが今はその扉は解放されていた。

 奥からはざわざわと話声や物音が聞こえてくる。すでに作業をしている人がいるのだろうか。早めに来たと思ったんだけれど。

 そう思いながらも扉をくぐると。


 ――本当にスタジオがあった。


 各種照明が天井や床に設置されており、スタジオの周囲にはカメラが数台と三脚が設置されている。

 なるほど、音楽ではなく撮影を主に行うスタジオというわけか……。

 荷物の搬入って言ってたけど、何をするんだろう……。機材とか撮影に必要なセットや小物とか……、何にしろ雑用に使われるのかな。


「あ、黒塚くんじゃない。早かったわね」


 普段見慣れない現場を見てドキドキしていたところに、僕を見つけた『サフラン』の店長さんが声を掛けてくれた。


「店長さん……、こんにちわ」


 見知った顔があることがわかると緊張感が少し和らぐ。

 と、さっそくこの場にいる人たちに僕が紹介された。


黒塚くろつか誠一郎せいいちろうです。よろしくお願いします」


 自己紹介をして軽くお辞儀をすると、みなさんからも「よろしくー」と声を掛けられた。

 順番に軽く自己紹介をされたけれど、そんなにすぐ覚えられません。

 カメラマンの神原かんばら孝志たかしさんは覚えたけど。


 ――そしてビックリしたことに、みなさんの中に野花さんがいたのだ。


「改めてよろしくね。黒塚くん」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 いつものボサボサ頭に丸眼鏡だ。どうやらさっきまでカメラマンさんと話をしていたみたい。


「茜ちゃんもそろそろ準備お願いね」


 店長さんがそう切り出すと、野花さんは頷いて奥の扉へと消えて行った。

 そして周りのみなさんもそれぞれの作業に戻って行く。

 僕は何をやればいいんだろうか……。


「さて、じゃあ黒塚くんは――」


 ちょうど辺りを見回して考えていたところに、店長さんがこれからの作業のことを説明してくれた。

 まあだいたい想像していた通りだ。

 そしてモデルさんが来れば撮影が始まるとのこと。

 ……ああ、そうか。撮影なんだから、モデルさんが来るんだよね。

 黙々と作業だけをするイメージでいたけれど、なんとなくモデルさんというフレーズに期待が膨らむ。


「あら、来たみたいね」


 店長さんが振り向くとそこには。

 どこかで見たことのある女性がいた。

 スタイルがよくセミロングのふんわりとした髪型が印象的だ。

 この時期は夏物なのか、ノースリーブワンピース姿でいたずらっぽい笑顔を浮かべている。


「よろしくお願いしますね」


 彼女は僕を見て、どこかで聞いたことのある声でお辞儀をした。

 ……あれ? ……この声は?


「あ……、えっと、はじめまして。僕は――」


「知ってますよ。――黒塚くんでしょ?」


「――えっ?」


 どういうこと? なんで僕の名前を知ってるの?

 助けを求めるようにして店長さんを見ると、もうこらえられないといった具合でお腹に手を当てて笑いをこらえていた。


「あっはははは!」


 もう我慢することをやめたのか大爆笑している。


「えーっと……」


 もう店長さんはダメだ。改めてモデルさんを眺めてみるけどやっぱり――。

 ……ああ、どこかで見たことあると思ったのは雑誌だ。

 確か仲羽なかはね菜緒なおちゃん。学校でも何度か話題に上ったモデルさんだ。

 ってそんな有名な人がここで撮影してるんだ……。

 すごいなぁと感心しつつ、ひとつ疑問が解けたけれどもうひとつは残ったままだ。

 だけどモデルさんの自己紹介でその疑問は衝撃の解決を迎えることとなる。


仲羽なかはね菜緒なおの名前でモデルをやってる、野花茜です。改めてよろしくね」


 そう言うと、野花さんはいたずらが成功したあとみたいに、左手を腰に当てて右手でピースサインを決めた。

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