第24話 裏ファッションショー

「どこかで見た覚えがあると思ったら、この間の……」


 僕に気が付いた店長さんがそう声を掛けてきた。向こうもしっかりと僕のことは覚えていたらしい。

 男物女物かまわずに友人に服を当てられた挙句、結局店長さんおススメの服しか買わなかった僕だ。印象に残っているのだろう。


「こんにちわ」


 軽く会釈をしていると、それを遮るように秋田さんが僕の前に出てきた。


「この間って……、黒塚くんが何かされてた・・・・んですか?」


 店長さんに、僕がいったい何をされていたのか聞いているようだけれど、なんだろう。……すごく違和感があるんだけど。

 懇願するように店長さんを見るけれど、その店長さんの顔がとてもいい表情になる。と同時に僕はとても嫌な予感に襲われた。


「ええ、それはもう大変素晴らしかったですよ」


「何があったんですか?」


 野花さんも興味津々のようで目を輝かせているように見える。

 店長さんに注意されていた気がするんだけど、全く着替えるそぶりはない。


「ええ、そちらのかわいらしいお客様が、ご友人たちに色々・・な服を当てられて、おもちゃ──いえ、楽しまれていらしたので」


 ちょっと店長さん? 今オモチャって言いかけたよね? 何を二人に吹き込んでるのかな。しかも『色々』ってセリフが強調されてたのは気のせいかな?


「「なるほど……」」


 何がなるほどなんですかね。

 秋田さんと野花さんが笑顔を僕に向けてくる。

 僕はちょっと怖くなって後ずさりするけれど、残念なことにそっちはお店の出口方向ではなかった。


「ふむ」


 じっくりと僕を見つめた後、何かを決めたのか秋田さんと野花さんがまた服選びを再開する。


「あ、茜ちゃんはちゃんと着替えてちょうだいね。買ってくれるならそのままタグ取って、着て帰ってもらってもかまわないけれど」


「じゃあ買いますね」


 その様子を見た店長さんが野花さんへと再び注意をするのだが、野花さんはあっさりと購入を決めてしまった。

 まさか着替えるのがめんどくさいからとかじゃないよね……。

 レジでさっそく会計をしている野花さんを尻目に、とりあえず僕も自分の服を物色してみることにする。

 前回はあんまり自分で選べなかったけれど、今日こそは……。


「はい、黒塚くん」


 一人で意気込んでいると、秋田さんから一組の上下の服を手渡される。

 思わず受け取ってしまったが、よく見ると男物の服だ。


「……はい?」


 僕は疑問に思って秋田さんへと視線を向けるが。


「ちょっと着てみてくれる?」


 と返されてしまった。

 問答無用で僕の体に当てないだけいいのかもしれないが、渡されてしまえばそれは試着しないといけない。

 自分ではなかなか決められないのでそれはそれでいいかなとも思ったけれどそこはスルーだ。

 僕は頷いて試着室へと向かう。

 サイズを秋田さんに教えた記憶はないけれど、たまたまなのかちょうどいいサイズの服だった。

 黒い細身のジーンズのパンツに、上はまた黒に近い紺色をしたシャツだ。


「おー、黒塚くんカッコいい!」


 着替えて試着室を出ると、僕の姿を頭からつま先まで眺めた秋田さんが褒めてくれた。

 ……はじめて『かわいい』以外の言葉を聞いた気がする。


「そ、そうかな……」


 普段聞かない誉め言葉に、頬をポリポリとかきながら俯き加減になる。


「さすが黒塚くんですね……」


 いつの間にか会計を済ませていた野花さんも僕を真剣に見つめながら褒めてくれる。

 と、商品棚から取って僕の頭に乗せたのは、黒いハンチングキャップだ。


「これも合うわね……」


「えっと……」




 気が付けば僕の服を選ぶ場と化していた。

 確か僕は、男の子の意見が欲しいと言ってこのモールに連れて来られたはずだ。

 ……はずだよね?


「どうしてこうなった……」


 あとは荷物持ちだっけか。

 隣の家に住んでるから、家まで荷物を運ぶのに寄り道になる心配もない。

 そういうことであれば僕は荷物持ちとしてはうってつけなんだろう。


 だけれど僕の意見を聞くというのは……、現時点で果たされていない気がする。

 ――もしかして、僕の意見って役に立ってないのかな。

 そういえば……、どれもかわいいとか素敵とかって言葉だけで、ロクに意見らしい意見が言えていない気がする。

 若干の不安に襲われながらも試着室から出る。


「いやーん。やっぱり黒塚くんかわいい」


 相変わらずの絶賛だけれど、やっぱり『かわいい』なんですね……。

 感覚が麻痺してきたのか、もう言われるのに慣れてきた気がする。


「これは……、予想外の逸材だね……」


 何度か着せ替え人形をしていると、不意に店長さんが呟いた。


「ですよね?」


 賛同するように野花さんが頷いているが、一体何のことだろう。

 それよりもさすがに疲れたかな……。ずっと着替えっぱなしだ。


「そろそろ休憩しよっか」


 思わず漏れたため息に気付いたのだろうか、秋田さんが提案してきた。


「そうですね。ちょっと甘いものでも食べに行きましょうか」


「そうしてくれるとありがたいです……」


 野花さんも賛同したので僕も乗っておく。いやほんと疲れた……。

 この際なんでもいいから休憩したいです。

 それにしても店長さんはずっと僕たちの様子を見ていたように思うんだけれど、ちゃんと仕事はしていたんだろうか。

 ……今は何やらブツブツと呟いているみたいだけど……大丈夫なのかな。

 ちょっと心配になったけど、きっと今後の展望とか考えているんだろう。うん、きっとそうだ。


「わたしパフェが食べたいっ!」


 結局僕は、一番最初に着た上下の服をセットで購入し、三人でカフェへと向かった。

 結局野花さんは着替えずにホットパンツのままで行くようだった。

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