第19話 尋問

 ついに土曜日がやってきてしまった。

 僕の家で何をするのかわからないが、少なくとも静かにしていられるとは思っていない。

 隣に住んでいる秋田さんにはラインで、友人が遊びに来るので騒がしくなったらごめんなさいと一報を入れてある。

 野花さんの家は間に空き部屋を挟んでいるので問題ない。


 ピンポーン


 などと考えていると我が家のインターホンが鳴った。

 とうとう来たかと身構えるも、玄関のカギは閉まっているので自分で迎え入れないといけない。

 自室を出るとリビングを通り玄関へと向かう。扉を開けるとそこには――。


「よう」


「相変わらず……、階段が……、しんどいね……」


「こんにちわ」


「ちゃんと首を洗ってたか?」


 若干一名ほど不穏なセリフが聞こえた気がしたけれど、ツッコミを入れる勇気はないのでスルーしておく。

 この若干一名はなんとなく部屋に入れたくないと思ったけれど、そういうわけにもいかない。

 表面上だけでも友人として迎え入れないと。


「いらっしゃい」


 スリッパを出そうとして、そういえば四足分もないことに気が付いて止める。

 家には両親二人分の予備しかなかったのだ。

 しかし玄関先にいる四人の人間が動こうとしない。一体何なのだ。スリッパの出ない家には入らないとでも言うのか。


「……何してるの?」


「……いや何でもない」


「ちょうどお隣さんが出かけるタイミングと鉢合わないかなんて思ってないぞ」


 濁した早霧の心情をあっけなく暴露する冴島。


「――おい!」


 おお、珍しく僕以外がいじられている。まぁ訪ねてきたメンバーだと、この二人が一番付き合いが長いだろうし。

 冴島がいじる相手となれば、僕の次は必然的に早霧になる。


「そんな偶然起こるわけないじゃない」


 呆れながら友人を招き入れるが、心なしか橘と羽柴も目を泳がせている気がしないでもない。

 ……結局全員が同じことを考えていたのかもしれないな。

 しかしそれも僕に家に入ればすぐに様子が変わる。二人は僕の家に来るのは初めてだろうから、キョロキョロしながらリビングへと続く短い廊下を歩いている。


「結構綺麗だね」


 感心したような羽柴の声がリビングに響き渡る。

 早霧と橘は、我が家にいるかのように早速ソファに座ってくつろいでいる。


「引っ越したばっかりだしね。……まあ適当に座って」


 いつまで『引っ越したばっかり』が通用するかわからないが、とりあえずそういうことにしておく。

 すでに一か月は経っているのだが気にしてはいけない。


「ふむ……、これと言って何も見当たらないな……」


 冴島がリビングの真ん中までやってきて周囲を見回しながらそう零す。

 ソファも実家のリビングにあったものなのでそれなりに大きい。L字型のソファに五人全員が座ると、みんなが真剣な表情で僕に顔を向ける。


「さて……、黒塚くん……」


「……なんでしょう?」


 みんなが真剣な表情になるもんだから、僕はソファに座りながらも後ずさる。


「で……、結局どこまでが本当の話なんだ?」


 重要事案でも発生したかのような雰囲気が漂っている。いくら友人とは言え、他人の近所づきあいくらい放っておいて欲しいと願うのはわがままだろうか。


「どこまでって……、ほとんどデタラメだったけど……」


 僕は先日の話の内容を思い出しながら返事をする。

 お互いに作った料理のおすそ分けはやっているし、料理の作り方を教えてと言われたことは事実ではある。

 だがそれだけだ。

 二人でデートなんてしたことないし、なぜあちこちで目撃情報が上がるのかも不思議でならない。


「料理を教えているというのは本当か?」


 横から橘も問いかけに加わってくる。


「教えてとは言われたけど……、僕が作ったカレーの作り方を教えようとしたら、最初の工程で無理って言われたから……」


 結局料理を教えるというのはそれっきりである。


「なんだと……。やはり料理のできる男というのは強みなのか……」


「で、もちろんおすそ分けしたんだよね?」


 考え込む早霧は放置して羽柴が興味深そうに尋ねてくる。

 ええっと、なんでみんなそんなに質問してくるのかな。ましてや隣には話題に上がっている秋田さん本人が住んでいるのだ。

 別に話声までは聞こえないと思うけれど、なんだか恥ずかしくなってくる……。


「いや……、まあ、そうだけど……」


「もしかして一緒に食べたのかっ!」


 橘が声を張り上げている。ちょっと声が大きい。秋田さんに聞こえたらどうするんだ。


「そうだよ。ここで三人で食べたよ」


 若干の不機嫌さも交えて答えるが。


「なん……だと?」


 余計に不機嫌になったのは早霧だった。

 だからなんでだよ!


「……三人?」


 羽柴がわからずに首を傾げたときだった。


 ピンポーン


 インターホンが鳴った。


「……はーい!」


 チャンスとばかりに僕はリビングを抜け出して玄関へと赴く。

 玄関を開けるとそこにはくだん人たち・・・がいた。


「えっ」


「やっほー」


「黒塚くん、こんにちわ」


 えええっ!?


「秋田さんと……、野花さん?」


 思わず訪ねてきた人物の名前を呟くと、背後のリビングへと続く扉の開く音がした。

 僕の声が聞こえたとは思わないが、もしかするとガラス越しにこちらを窺っていたのかもしれない。

 振り返ると雁首そろえた四つの顔が並んでいる。


「黒塚くん、よかったらこれ食べて」


 絶賛ニコニコ笑顔の秋田さんから大きめのタッパーを渡される。

 よりによってこんなときにおすそ分けをされるとは予想外だ。友人が遊びに来るってラインで連絡しておいたと思うんだけれど。


「あ、はい。……ありがとうございます」


 若干引き攣った顔になっている気がしないでもないが、なんとかお礼をする。


「あら、お友達が来てるのね。お邪魔・・・しちゃ悪いわね」


 野花さんが僕の後方を見て面白そうな表情で微笑む。


「えっと……、あの……」


 何か反応しようとするけれど、何も言葉が出ない。……こういう時はどうすればいいんだ。


「そうみたいだね。じゃあわたしたちは帰るね」


「バイバイ」


 笑顔で僕に手を振ると、二人揃って秋田さんの家方向へと帰っていった。

 ……リビングに戻ったらいろいろと突っ込まれそうだ。

 僕はため息とともに踵を返すのだった。

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