第18話 うわさ

 四月も終わりの平日。

 僕はいつものように住宅街の中を通って学校に向かっていた。

 この道を通ると同じ学校の生徒にはほぼ会うことがない。最寄駅から通じる大通りに出るまでは基本的に一人なのだ。


 あの時の僕のカレー料理は、秋田さんと野花さんにはとても好評だったようだ。

 そのおかげもあってか、あれから秋田さんとは二回ほどおかずのおすそ分けをしている。

 そして以前「自炊しようかなぁ」と漏らしていた野花さんは、結局あれから一度も自炊はしていないらしい。

 らしい、というのは秋田さんから聞いた話ではあるが……。


 校門を通り昇降口で靴を履き替えて校舎の階段を上がる。


「おはよう」


 教室に入ると自分の席へと向かうが、そこには見覚えのある以前に見た光景が広がっていた。


「ど……、どうしたの?」


 僕の席を囲むようにしている人たちに恐る恐る声を掛ける。

 早霧さぎり冴島さえじまたちばなと、もう一人羽柴はしば怜司れいじの四人がいた。

 前回より一人増えている。


 羽柴は比較的小柄で眼鏡をかけた男子高校生だ。といっても僕より背が高いのではあるが。

 ……この世に僕より小さい人間はいないのだろうかと思う時がある。そんなものは気のせいと思いたいが。


「黒塚ぁ。……ずいぶんとお隣さんと仲がよろしいようじゃないかね」


 早霧がドスの効いた声で僕を脅してくる。


「ええ……、そりゃお隣さんだから仲良くもなるけど、なっちゃダメなのかな?」


 理不尽な理由で責められている気がしないでもないが、とりあえず手に持っていた鞄を机に引っ掛ける。

 ――決して椅子には座らない。ただでさえ背が低い僕が椅子に座ったりすれば、完全に四方から見下ろされるだけだ。


「カレーが得意料理だそうじゃないか」


 冴島が事実を再確認するように断言してくる。というか別にカレーが得意と言うわけもないけれど、一体何のことを言ってるんだろうか。


「お姉さんに料理を手取り足取り教えているんだってな?」


「――へっ!?」


 おいおい橘よ、一体何を言い出すんだ! 誰が料理を手取り足取り教えてるだって!?

 むしろ即答で「無理!」だったよ!


「それだけは飽き足らず、お姉さんと料理を食べさせ合いっこをしてるってぼくは聞いたよ」


「「「なんだとっ!!?」」」


 なんだって!!?

 誰だよそんなこと言ったのは!

 カレーを二人に振る舞った日だって、秋田さんと野花さんはドリアを交換して食べてたけど、悲しいことにうどん頂戴とは言われなかったのに!

 そんな羨ましいイベントなんて起こらないんだよ! そんなのはただの夢だ!


「そんなことあるわけないじゃないか!」


 心の底から否定を表明するが、まったくもって信じてくれないのが僕の友人たちだ。


「黒塚っち、もうそんなとこまで……」


 ニヤニヤと笑いながら黒川までが口を出してきた。


「だから違うって……!」


 必死に否定しようとするけれど、無情にもチャイムが鳴り響き、先生が教室に入ってきたことでそれも叶わないのであった。




 ようやく昼休みだ。購買部で買って来たパンを教室で齧っているところである。

 授業の合間の休憩時間にうわさを否定しようと思っていたけれど、次々といわれのないうわさ話をねつ造され、驚きの余りそれどころではなかった。


「だから、僕と隣のお姉さんはただのお隣さんだって」


「ホントか~?」


 さっきから何度も説明しているけれど、まったく納得してくれない友人たち。


「よし、こうなったら黒塚の家に調査に行くしかないな」


「はい?」


「「「お、それいいね!」」」


 早霧の提案に冴島と橘と羽柴が賛成する。


「ええっ!?」


 そういえば今朝、前回と違って一人増えた羽柴だけれど、これまた帰宅中に駅前で早霧と一緒にいたところで秋田さんを見かけて声を掛けたらしい。

 そんな二人の共通の話題と言えば僕しかいないわけで、カレーの話になったというわけである。


「じゃあ次の土曜に遊びに行くか」


「えええっ!? 僕の家に!? 来たところで楽しいことなんてないよ!?」


 特にゲーム機があるわけでもなく皆で遊べるものは特にないと思う。

 いやまぁ、本当の目的はなんとなくわかるけれど、それは認められない。それを肯定してしまうと僕には否定する理由がなくなるからだ。


「おれたちにそんな気を使ってくれなくても大丈夫だ」


「そうそう」


 だけどそれは儚くも友人の言葉によって否定される。


「あ、一応確認するけど、土曜日って暇だよな?」


 なんとなく有無を言わせぬ圧力を感じる。

 と言っても特に用事はないので何も問題はないのだ。残念なことに。


「……用事は特にないよ」


 それでも最後の抵抗とばかりに『暇』だとは言わないでおく。


「おう、じゃあ昼過ぎに遊びに行くからよろしく」


「……わかった」


 結局なんだかんだ言って決まってしまうのだった。

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